アリスドラッグ | ナノ


▼ ただ、君の幸せを願う


「体調は? 昨日までは大変だったみたいだけど」


 地下二階の牢獄。冷たい石畳によってつくられたそこは、ひんやりとしていて肌寒かった。ジークフリートはゆっくりとひとつの牢まで歩み寄り、中にいる人物に話しかける。


「……容態落ち着いているな。よかったよ」

「……なに、言ってんだおまえは」

「今死んでもらったら困るからな」

「ああ……そういうこと」


 鉄格子のその奥。簡易ベッドの上に、カイは手錠をかけられた状態で横たわっていた。ジークフリートは錠をあけて中に入ると、カイの横たわるベッドの端に浅く腰掛ける。そして、その顔に指を這わせていき、唇を親指で撫でてやる。煩わしそうに睨みながらも、カイは抵抗しない。


「……顔だけは綺麗だよな。喋らなければ、おまえはなかなか可愛い」

「……死ね」

「明日、おまえは斬首刑だ。マスカレイドの最後の盛り上げ役になってもらう。伝説の『悪い魔法使い』の死刑だ、盛り上がるだろうな」

「……」

「……取り乱さないんだな」


 死刑宣告をされても、カイは表情ひとつ変えなかった。わかっていた、そういう表情だ。興味深げに見下ろしてくるジークフリートに、カイはぽつり、消え入るような声で言う。


「……椛が……シンデレラが、幸せなら俺はこの世に未練なんてない」

「……」


 その言葉にジークフリートは固まった。じっとカイの顔を覗き込みながら目を細めていき……やがて、


「……ふっ、」


 吐息を吐き出しくつくつと笑い出す。肩を震わせて声を殺すように笑い、ひとしきりそうしたあと、満足げにはー、と一呼吸。


「カイ……おまえはどこまでも……最高だな。可愛い奴」


 ジークフリートはベッドに乗り上げると、カイに馬乗りになった。流石にカイも怪訝に眉をひそめたが構いやしない。カイをベッドと自分の間に閉じ込めるように手をついて、ぐっと顔の距離をつめ、ジークフリートは低い声で囁く。


「なぁ……おまえ、俺の愛人になる気はないか? 斬首刑ナシにしてやる」

「……ッ」


 苦虫を噛み潰したような顔をして、カイは手錠で纏められた手でジークフリートを押し返した。屈辱だ、とでも言うようにじろりと強い眼光で睨みあげる。しかしジークフリートはそんな表情もたまらない、と笑うばかり。カイの手を掴んで頭上でシーツに縫い付け、地を這うような声で言う。


「なにもかもが、俺の好みだよ。おまえを俺の下に組み敷いて、暗いこの場所で一日中……嬲ってやりたい。そうやって生意気に睨まれながら、……ああ、ゾクゾクするな」

「……おまえ、何を言って……頭でも打ったか」

「はあ? 昔から思っていたことさ。この世界で俺と唯一、肩を並べられる存在。何をしても簡単にできて、褒められ讃えられ、天才魔術師だともてはやされ……つまらなくてしょうがなかった俺の前に現れた、もう一人の天才だ……俺が必死につくりあげた魔術を目の前で相殺してみせた、……ああ、あの時はショックだったよ、俺の魔術を破るものなんてこの世に存在しなかったはずなのにって……でも、それと同時に、高揚感を覚えた。初めての存在……俺と同じ、天才という孤独の丘に立つ男」

「……、」

「そいつがなぁ……は、また楽しいことを言い出した。シンデレラの幸せ。それが望めるなら、このまま逝ってもいいって? ああ、なるほどね、だから……あれを……いやあ、楽しい」


 ぐ、とジークフリートがカイの首元に顔を埋めた。その不快感にカイは身を捩ったが、自分よりも大きな体で押さえつけられて、それは全くの無意味となった。ぬる、と熱くぬめった舌感触が染み込んでくる。非難したい気持ちでいっぱいになったが、ここで喚くと下されたような気分になってしまうため、カイはぎゅっと目を瞑ってそれに耐えた。


「……甘いな」

「……ッ、気色悪い、おまえさっきから何を……!」

「外側は……甘い香りがして悪くない。中もどうだろうな……おまえに染み込んだ、悲劇の味……悪くなさそうだ」

「この……誰が……! 全部、おまえたちのせい……ひっ、う、」


 ぶちり。嫌な感触が頭の中に響く。首の肉を食い千切られた。強烈な熱とともに痛みが走って、カイは思わず息を詰めてしまった。


「はは……俺たちの、せいね……やっぱりそう思っていたのか、なんていじらしい……黙って何を考えているのかわかんないとばかり思っていたけど……やっぱり俺たちが憎かったんだろう、そのスカした仮面の下で醜い復讐心を燃やしていたんだろう……カイ……!」

「……っ、」

「なあ……どんな心境なんだ? 嫌いな男に愛している人を盗られる心境は」


 身体を起こし、ジークフリートはカイを見下ろした。痛みに脂汗が浮かんだその顔が、虚ろげに見上げてくる。


「……構わない……おまえがその腐った性根を隠して、椛に幸せを与えてくれるなら……それでいい」

「あくまでもシンデレラの幸せを第一って? まあそうだなぁ……シンデレラのことは幸せにしてやるよ、約束する」

「……そう、」

「……」


 安心したように僅かに表情を和らげたカイをみて、ジークフリートは一寸の間黙り込む。舌の根に残った血の味を堪能するように口の中で舌を転がし、にやにやと笑った。


「……カイ。もうひとつ、言わなきゃいけないことが」


 楽しげに上擦った声に、カイは息を呑んだ。

 ジークフリートという男は真人間とは程遠い男だ。それを知っていたカイは、椛がジークフリートと結ばれることにあまり賛同できなかったが……椛が彼を好きだと言う顔をみたら、引き剥がすことができなかった。話を聞いたところ椛はジークフリートに酷いことをされることもなく、幸せにやっているとのことだったため、ジークフリートは性悪なりに椛を愛しているのだと……そう思っていた。それなのに、


「……おまえがシンデレラにつけた、『魔除けの印』、消しておいたぜ」

「――ッ!?」


 それなのに……違っていた。


「……っ、出せ、ここから……! 椛が……!」

「おいおいふざけんなよ、そろそろ食事がはじまるんだ……誰がいかせるか」

「……やっぱり、あの『悪魔』たちはおまえが契約したものだな! おまえはマスカレイドをひらいて……自らが契約した悪魔に人間の生気を食わせて、そして魔力を……そうだろう!」


 マスカレイドがジークフリートの主催であるものと聞いたとき――カイはなんとなく、察していた。半年に一度のマスカレイド、ジークフリートはそこで魔力を得ているのだと。不安に思ってきてみれば案の定。ジークフリートは悪魔と契約し、その悪魔に人間の生気をとらせてその正気を得ていた。「マスカレイドに参加したものは夢心地で帰ってくる」というのは、ジークフリートが参加者の記憶を弄って悪魔の記憶を消したからだ。

 昨日の悪魔をみて、ジークフリートは椛も悪魔の捕食の対象にいれていると知った時、何が何でもこの城から連れ出さねばならないと思った。しかし、ジークフリートにみつかってしまう。逃走が無理だと悟ったカイは、藁にも縋る想いで、椛に『魔除けの印』をつけたのだった。悪魔に生気を食われることさえなければ、椛が辛い思いをすることもないだろうとそう思っていたのだ。


「おまえ残ってる魔力、全部あの魔除けの印に注ぎ込んだだろ。消すのに結構苦労した」

「……貴様」

「はは……まあ、あれをやったせいでもうおまえは魔術を使うことができない。可哀想にな、魔力を補給できない魔術師っていうのはよ」

「……ッあ、」


 ジークフリートがカイのシャツのボタンを引き千切る。そしてあらわになった白い肌に恍惚とした表情を浮かべ……鎖骨に噛み付いた。ぎりぎりと歯をたてられて、あっけなく肌が破れて血が流れ落ちる。


「ああ、いい顔だ。愛しい人ほど虐めてやりたい……カイ、その顔、綺麗だよ」


 首と噛まれていった部分から次々と血がこぼれ、もともと体力が極限まですり減っていたカイは貧血状態に陥っていた。瞳をぼんやりと開き、顔を青くし……荒い吐息を吐く。


「きっとシンデレラはおまえを相当恨んでいるだろうな。おまえは死ぬ間際に愛するシンデレラに罵声を浴びせられて絶望のうちに死んでゆく……最高だと思わないか。そのためにシンデレラの記憶だけ三日間残しているんだ。ああ〜、楽しみだなぁ、そうだろう、カイ」

「……」

「誰も……おまえの味方はいないよ。悲劇の『悪い魔法使い』カイ」


 シャツもベッドも血塗れだった。遠のいてゆく意識のなかカイは、椛の笑顔の幻をみた。


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