▼ 彼の残したもの
「今日も……舞踏会、あるんですか?」
次の日の朝、舞踏会が中止になることもなく「二日目」が開かれると知った椛は驚いてしまった。あんなことがあったなら、てっきり中止になると思っていたのだ。
「支援してくれた人がさ……どうしてもやれって。普通お開きにするよね、でも仕方ないさ」
「そう……なんですか。でも、人、くるんですか? あんな化物があらわれたなんて噂広まったら……」
「客の記憶は俺が消した。あんまり記憶いじるのは好きじゃないんだけど……うん、」
憂鬱げに語るジークフリートに、椛はどう声をかけようか迷ってしまった。大量の魔物を片付けて、そしてまた今日こうして舞踏会を開く……本人の疲労も相当なものじゃないだろうか。
「シンデレラは今日は参加……できないかな? ここで休んでいる?」
「はい……そうします」
「うん、わかった。食事とかは運ばせるから、ゆっくりしててね」
ジークフリートがベッドから立ち上がり、部屋をでていこうとしたそのとき。椛はあるものに気付いて思わず声をあげてしまう。
「なんか……変なものが……」
「変?」
顔をしかめ不安そうな声をあげた椛を心配に思ってか、ジークフリートが椛の側まで戻ってきた。椛はそっと手をジークフリートに差し出し、恐る恐るといった風に言う。
「……手首に、変な印が」
「変な印?」
ジークフリートが怪訝な顔つきで椛の手を掴み、示されたところをみつめた。たしかにそこには、赤黒い星印が。
「あの……たしか、ここ……カイに掴まれて」
「カイ……ああ、」
昨日の別れ際、カイが椛の手を掴みなにかをした。鋭い痛みが走ったため、なにをされたのだろうと思ったが……今日になって、その場所にこのような文様が浮かび上がってきたのだった。
ジークフリートはそれをみつめ、考えこむように黙っていた。……一瞬だけ、目を細め。やがて、ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「……これは、毒の魔術だ」
「え?」
「アイゼンシュミット……あいつ、シンデレラのこと随分と欲しそうにしていたじゃないか……自分のものにならないとわかったから……おまえを殺そうとしてるんだろう」
「え、いや……そんな、馬鹿な」
「まあ、俺の憶測だ。大丈夫、俺が消してやるからな」
そう言って、ジークフリートはその印に触れると、なにやら魔術を使って消してしまった。少し手間がかかっているようにも見えたが、なんとか無事に事を成し遂げる。しかし、椛は呆然と気が抜けたように呆けたまま。カイが自分に「毒の魔術」をかけたということがショックで仕方なかった。
「……シンデレラ」
「……」
「大丈夫、俺がいれば大丈夫だからな」
ジークフリートは椛に触れるだけのキスをすると、立ち上がり、部屋をでていった。
「……カイ」
椛は部屋をでていくジークフリートの背中を見ることもなかった。ただ――ぼうっと印を消された自分の手首をみつめていた。
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