▼ 帰路
「舞踏会、楽しかった?」
なんとか城外にでてくることができた椛は、外で待っていたカイをみてほっとため息をつく。不思議な力を操る彼のそばにいると、何が起こっても大丈夫なような気がして、安心するのだった。
「はい……楽しかったです」
「いい人とは出逢えた?」
「……はい」
頬を赤らめて頷いた椛をみて、カイは目を細める。良かったね、と優しい声で言うと椛の頭をそっと撫でた。
「……あ」
「ん?」
「ブローチ……カイからもらったブローチがない……」
ふと、元の姿に戻った椛は、蒼い花のブローチがなくなってしまっていることに気付く。ほんの少し前、魔法の奇跡の美しさを知ったあのときにカイからもらったブローチ。あんまりにも綺麗で、貰ったときはすごく嬉しかったのに。
「ごめんなさい……ごめんなさい、カイ。せっかくくれたのに……」
なんだか心の中にぽっかりと穴が空いたような哀しみに苛まれて、椛はぽろぽろと涙をこぼしてしまう。突然泣き出した椛にカイはびっくりしたようにその顔を覗き込んで、指で瞳に浮かぶ雫を拭ってやった。
「いいんだよ、今日仲良くなった人と付き合えたらもっと素敵なプレゼントをもらうといい。それに、きっと他の男にもらったものなんてもっていたらその人も嫉妬しちゃうんじゃない?」
「でも……」
「ほら……家に帰ろう。家族が戻ってくる前に」
至極気にしていないという風にカイは笑って、椛の手を引いた。椛は手の甲で涙をぬぐいながらも、大人しく馬車に乗り込む。
椛は素敵な人と出逢えた喜びとカイから貰ったブローチをなくしてしまった哀しみが混ぜこぜになった、複雑な気持ちを抱えて、夜空を駆ける馬車に揺られていた。
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