アリスドラッグ | ナノ


▼ 猛禽3

 大広間から大分離れた、小さな部屋。音楽すらも届かないそこに連れてこられて、椛は緊張に肩を強ばらせる。物置のようなそこはごちゃごちゃと散らかっていて、少しだけ埃っぽい臭いがした。窓から月明かりが差し込んでくると、粉塵が可視化して不思議な雰囲気を漂わせる。


「ん……」


 部屋に入るなりジークは扉の鍵を閉め、椛を壁に押し付けるようにしてキスをした。舌で唇をなぞられて椛が恐る恐るその侵入を許すと、一気に咥内を侵食される。椛の舌は持っていかれるようにジークのものと絡まり、くちゅくちゅと小さな水音をたてながらまぐわった。

 キスがこんなにも気持ちいいものだとは思っていなかった。触れ合ったところは境界線が溶けたように、熱が交わってゆく。吐息すらも奪われるようで息が苦しかったが、その感覚もまた、いい。

 椛が夢中で舌を伸ばしていると、ジークが椛のネクタイに指を添わせる。どきりとしたが、椛は抵抗しなかった。そのままスルスルと音をたてて、ネクタイが解かれてゆく。とん、とネクタイが落ちてつま先に当たると、なんだかゾクッとした。


「肌を人に見せたことは……?」

「……ない、です」

「それなら俺が一番だな……いや、これから先も俺しかみれない」

「あっ……!」


 シャツのボタンを外され、首筋にキスをされる。ちゅ、と吸い上げられて椛はぴくりと身を捩った。次々とボタンを外されながら、何度も何度も首筋へのキスを繰り返される。

 全てのボタンを外され、ぐっと肩をはだけさせられると、椛もいよいよスイッチがはいる。こうした行為の勝手などわからないが、今はものすごくいやらしい気分だった。ジークに熱を植え付けられるたびにぴくんと淫らに反応してしまう自分に、酔い始めていた。


「あっ……だめ……」

「気持ちいいだろ? 声が上擦ってる」

「ん、あ……」


 ちゅ、と胸の頂きを吸われる。もう片方も指でくりくりと弄られて、椛の身体の火照りは強くなっていくばかり。

 経験のない椛はそこを弄られてもむずむずとするだけで快楽を感じなかったが、胸を弄られているという事実に興奮してしまっていた。

 ちらりと弄られているそこをみると、いつもよりもぷっくりと膨らんだ小さな突起を、ジークの太い指がこねくり回している。ひどく淫猥な光景。

 思い切ってはしたない声をこぼしてみれば、頭のなかが甘い痺れで満たされてゆく……理性を自ら壊してゆくのは、気持ちいい。


「あぁ……ん、あ、ぁあ……」


 しばらく胸を責められ続けて興奮が高まってくると、腰が勝手に揺れだした。布の上から局部を撫でられて、椛は思わず甲高い声をあげてしまう。


「もっと……いやらしくて気持ちいいことしようか」

「……は、い……」


 恥じらいながらも「したい」という気持ちを抑えられずに頷いた椛に、ジークは意地悪そうに微笑む。リードされている感じもまた、たまらない。身体の奥のほうが震えて、もっともっと大人の悦を教え込んでほしいと……体中が渇望する。

 下衣も剥がれ、椛ははだけた上着だけを纏った姿となった。僅かにたちあがったものを見られると恥ずかしかったが、その羞恥心もまた、心を煽る。


「ここを人に弄られたこともないだろ」

「……っ」


 ジークも自分のものをとりだし……初めてみた他人のペニスに椛はドキリとした。自分のものよりもずっと大きいそれはどこかグロテスクで、それでいて目を引きつけてやまない。赤黒いそれが自分のペニスに近づけられ――触れると、椛は大袈裟に声をあげる。


「なっ……なにを……」

「気持ちいいこと」


 ジークは自分のペニスを椛のものに擦りつけ、両方を握り締めると腰を振り始めた。とたんに襲い来る強烈な刺激に、椛は驚いてジークの手を掴む。


「やっ……やめて……!」

「ここ、自分で弄ったことは?」

「……っ、ない、ないです……だから……」

「すごいな。なら、こういう感覚は初めてか」

「あっ……ぁあッ……!」


 じわ、と生じた痺れとも熱ともつかない感覚に、椛は恐怖を覚えた。しかし、その感覚が強くなっていくほどに身体の力が抜けていって、腰が砕けそうになる。

 ジークが腰を振って微弱な刺激を与えてくると、椛の腰は逃げるように揺れてしまう。かくかくと震えだした自分の下半身に、椛の頭のなかは真っ白になる。


「やっ……! 変、なんか、……あッ……!」


 下腹部にどんどん熱が溜まってゆく。ジークがペニスをにぎる手を動かせば、未知の感覚が次々と迫ってくる。初めてのそれは怖くて、わからなくて、椛はパニックになってしまったが……もっと欲しい、もっと強くしてほしい……そんな欲望が内側から湧き出てくる。


「ぁん……や、あぁッ……!」


 甘い声が勝手に唇から落ちてゆく。なんてはしたない声をあげているのだろう……椛のなかにも自覚はあったがとまらない。ああ、これが快楽だ……それに気付くのには時間は必要なかった。初めて知った快楽を貪るように、椛も腰を振り始める。


「あっ、あっ、あっ……」


 しばらく、淫らに身体を揺らし続けて。弾けるような強い刺激が生まれたと思うと、先端からぴゅっと白い液体が飛び出した。そして同時に、椛の身体はずるずると壁にそって崩れ落ちていく。


「は……は……」

「大丈夫?」


 急な疲労感にぐったりと壁に身を預ける椛の目線に合わせてジークが座り込んだ。優しく微笑みかけられ、椛の胸のなかはじわりと温まっていく。椛がとろんとした視線を投げかければ、ジークは薄く開かれた椛の唇にキスを落とした。


「んっ……」


 ちゅ、ちゅ、とやわらかな口付けを繰り返す。射精の余韻のなかの甘いキスがあまりにも気持ちよくて、椛はうっとりとジークに身を任せていた。

 キスを重ねながら、ジークは椛のはだけた上着をなおしてやる。目を閉じながらボタンをかけるのはなかなかに難しく時間がかかったが、なんとかシャツをしめてやる。そして、ジャケットもしっかりと着せてやり――指に引っかかったものに何気なく、目を落とした。


「ん……これは」


 ジークの目に留まったのは、カイが椛にプレゼントした蒼い花のブローチだ。暗がりの物置でも不思議にきらきらと光るそれが気になったのだろう。


「これは……僕がつけているときだけ光るっていう……不思議なブローチなんです」

「へえ……そりゃすごい」


 ジークが興味深げにブローチを見つめた、そのとき。ゴーン、と鐘の音が響く。なんの音だろう……椛は一瞬考え、そして。


「――いかなきゃ!」

「え?」

「……ごめんなさい……僕、もういかないと」

「あ……シンデレラ……!」


 12時の鐘の音だ――それに気付いた椛は、さっと血の気が引くのを覚えた。脱いだ服を急いで着て、勢いよく立ち上がり、ジークの制止も聞かずに部屋を飛び出した。

 彼に会いたいなら――また、今度舞踏会にくればいい。いや、会いたいから、またカイに頼んでみよう――だから、みすぼらしい元の姿をみられるわけにはいかない――

 魔法がとけてしまう、椛は駆ける。

 ――ブローチを落としてしまったのにも、気付かずに。

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