▼ 猛禽1
大広間では舞踏会の真っ最中だった。こうした場が初めてだった椛は勝手がわからずキョロキョロとしていたが、その間にもたくさんの人が椛に手を差し伸べてきた。誰かと出逢いたい……そうは思っていたものの、いざそうして話しかけられると緊張してしまう。しばらくの間、椛は愛想笑いをして誘いをあしらっていた。
「……!」
少し離れたところに、皆の注目を集めている青年がいる。周囲の女性が彼の名を呼んでいたことから、椛も彼の正体を知った。国の第一王子・シルヴィオ王子だ。
少し長めの整った金髪、グリーンの瞳、優しそうな顔。彼は非常に気品があり、その華やかな容姿に椛も思わず見惚れていた。しかし彼のすぐ側に姉・ジェシカの姿があったことと……そしてなによりカイの言葉を思い出し……椛はシルヴィオから逃げるように離れてゆく。
自分とシルヴィオは世界の違う人間だ……そもそも男の自分が世継ぎを必要とする王子と結ばれるわけがない。少しくらい話してみたいという気持ちもあったが、あっさりと心のなかで諦めがつく。もう少しこの雰囲気になれたら違う人と踊ってみようか……椛がそう思って、近くにあったぶどうジュースのグラスを手にとった、そのとき。
「君、ひとり?」
「……え、は、はい……」
ひとりの男が声をかけてくる。椛がはっとして振り返ると……そこには、長身の青年が立っていた。茶色い短髪と鋭い翠色の瞳、そしてしっかりとした体つきが逞しそうな雰囲気をもつ、美丈夫。ぱりっとした燕尾服がよく似合っていて椛は思わず彼の全身をまじまじと見つめてしまう。
「こういうところにくるの、もしかして初めてか?」
「えっ……どうしてわかるんですか?」
「居心地悪そうにしていたからな。慣れていないんだろう?」
「うっ……」
舞踏会に慣れていないということ、華やかすぎるこの雰囲気に苦手意識を感じていたこと……それをズバリ言い当てられてしまった椛は彼から目を逸し、どもってしまった。ここに来ている人たちが社交的で華やかな人を好んでいるのだと思っていた椛は、恥を感じたのだ。しかし、男は気にしていないように笑って、椛の手をとった。
「少し、ここから離れよう。静かな場所にいかないか?」
「えっと……でも、貴方が……」
「俺が君と一緒にいたいんだ」
男にまっすぐに見つめられそんなことを言われた椛は、かあっと顔を赤らめた。そんなうぶな反応をみせた椛をみて、男は目を細める。……余裕そうなその表情に、くらくらした。
「さあ、いこう」
「あ、あの……」
しどろもどろに戸惑う椛の手を、男はかまわずに掴む。全身が茹だるように熱かった。自分よりも一回り大きな筋張った手に、どきどきした。――どこに連れて行かれてしまうのだろうと……胸が高鳴った。
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