▼ 変わり果てた想い人
「いや〜、ほんとにおまえ、急にいなくなるからさ、みんな寂しがってたよ?」
「……それはないだろ、みんなして俺のこと馬鹿にしてたくせに」
「いやいやほんとだって。おまえにちょっかいかけてたのも、みんなおまえと話したかっただけなんだからさ」
話すなら表で話せばいいじゃないかと言っても彼は何故か人目につかない場所に行きたがった。建物の外にでて裏の方に入るなり、テオはひたすらに話しかけてくる。妙に距離をつめながら話すテオにヘンゼルは辟易としながらも、久々に会う友人だからと、とくに跳ね除けたりはしなかった
「俺もさ、すごく寂しかったんだよ」
「ああ……心配かけてごめん、別に酷い事とかされてないから……大丈夫だよ」
「え、されてんじゃん? だってヘンゼル、おまえここで団員の性欲処理班なんでしょ? 毎日ヤられてんじゃないの?」
「せっ……はぁ、なんだそれ! どこぞのポルノ小説にでてくるような変な名前俺につけんじゃねーよ」
「え〜、だって聞いたことあるし。トロイメライはさ、ショーにはまだでれないような美少年をつかって団員が性欲を解消してるって」
「……、」
テオの下品な言葉の羅列に目眩がする。昔からテオは口が汚かったが、その言葉で自分を表現されると流石にヘンゼルも不快だった。……が、言い返すこともできない。
一瞬、ヴィクトールが自分をただの性欲処理用の人形としてしかみていない、という可能性を疑ってしまったからだ。あの男の性根の悪さを考えれば、甘い言葉で自分を騙していいように使っていたとしてもおかしくはない。こんな、酷い組織のトップなのだから。
「……ヘンゼル?」
「あ、いや……なんでもない。で、なんだっけ」
「だからさ、こんなとこから逃げて町に戻ろうよ? 俺、またヘンゼルから離れちゃうの、いやだ」
「逃げられるならとっくに逃げてるよ……こんな風に拘束もされないで受付係なんてさせられたらな。弟も一緒に捕まっているんだ、弟と一緒に確実にここをでるためには俺がなんとかしないと……」
「で、そのなんとかっていう方法が、団員をヌいてあげるってこと? そうやっていれば弟も助けられるんだ?」
「……だから、そういう言い方……」
「……ヘンゼル……弟のためだったらヤられてもいいんだ……へぇ、おまえってそういう奴だっけ。自己犠牲が嫌いなんじゃなかった……? それとも」
「……!」
テオがヘンゼルに詰め寄る。息がかかるくらいに顔を寄せられて、ぎょっとしてヘンゼルが後ずされば、背が壁にあたってしまう。両脇に手をつかれ、テオの腕の間に閉じ込められて、ようやくヘンゼルはテオの意図をつかんだ。
「実は抱かれることが大好きなビッチなの?」
「……テオ……っ!?」
「ああやって潔癖なフリをして……おかげで町のあいだでは、おまえは高嶺の花だ、少しの欲情でも見せれば嫌われる……でもそうしたツンとした態度がさ、……そそられるんだよ」
「……おまえ、何言ってんだ? 町の奴らなんて俺を嫌って……」
「知らないだろうね……影でおまえでヌいてる奴が何人もいた。おまえが今こんなことやってるって知ったら、あいつらどうなるだろうなぁ……興奮してチンコもげるくらいオナるかも」
「……冗談も程々にしろ……不愉快だ」
「冗談? 冗談だと思う? これで、わからない?」
テオがヘンゼルの手をとって、ゆっくりと下へ下へと誘導する。誘導されている先に目をやったヘンゼルは、不快感に眉をひそめた。そのまま手は、……テオの存在を主張した男根へ。
「毎日毎日、おまえと顔を合わせていたのに急におまえはいなくなって……俺さ、最近ずっとおまえのこと考えて抜いていた。今日おまえに会ってさ……なんかやたらエロくなっていてさ……そうしたら団員に抱かれていたんだって? 想像しただけで、俺もう……」
テオの瞳が欲情に濡れる。荒くなってゆく吐息、堅くなったもの、テオの言葉がからかいでも冗談でもないということはいやでもわかった。友人にそんな目で見られてしまったことのショックでヘンゼルは何も言葉がでてこない。髪を掴まれ、噛み付くように唇を奪われるそのときまで、動くことすらできなかった。
「んッ……!?」
足元に落ちていた空き瓶に脚がぶつかり、カラカラと地面を転がってゆく音でヘンゼルはハッと弾かれたように意識を引き戻す。テオを思い切り突き飛ばし、唾液に濡れた唇を拭う。
「……おまえっ……なんのつもりだよ!」
「今のでもわかんないのかよ! 俺はずっとおまえが好きだったんだよ!」
「なっ……」
「おまえがそういう目で見られることを嫌うからずっと耐えていたのに、気付けばおまえはこんなところでビッチに成り下がりやがって……! どんだけ長い間おまえを好きだったと思ってるんだよ、俺にもヤらせてくれよ!」
「……ふざけんな、誰がビッチだ! あとおまえに抱かれる気なんてさらさらないからな! 俺はおまえをそんな目では見れない」
「はあ? こんなところにいるおまえに拒否する権利なんてねえよ。ずーっとおまえを好きだった俺が可哀想だと思わないの? おまえに裏切られてさ。痛くしないからさ、おとなしくしていればすぐ終わらせてやるから」
テオがポケットからナイフと取り出す。その切っ先を向けられたヘンゼルは身動きがとれなくなってしまった。テオはナイフを脅しなんかでは使わない。相手に向けたなら、本当にそれで切りつけてしまう。ヘンゼルはそれを知っていた。何も武器を持っていない自分は抵抗でもすれば、それで傷つけられてしまう。怖くないわけがない。
「ま、まて……テオ、」
「ほら、じっとしてろって……」
あっさりと追い詰められ、肩を掴まれる。ナイフの腹を頬にあてられ、恐怖に呼吸すらも難しかった。ゆっくりとネクタイを解かれる。テオのじっとりと欲望を孕んだ瞳が気持ち悪かった。目を合わせたくなくて、ヘンゼルは瞼を伏せ、唇を噛み、静かに耐える。
「……随分としおらしいじゃん。抱かれるときはそういう顔するんだね〜以外。そうやって誰彼なく誑かしてんの?」
「……何、勘違いしているんだかしらないけど……俺はトロイメライの団員みんなに抱かれているわけじゃねえよ」
「あ? 嘘つくなよ、この淫乱」
「……嘘じゃない。……俺は、あの人にしか抱かれていない」
「――君、そこでなにしているの?」
ふと耳に飛び込んでくる、新たな登場人物の声。二人が視線を動かした先には――
「ヴィクトール……と、ドクター」
道化師の化粧を落としたヴィクトールと、触手のようなものが生えた生物を連れたドクターが立っていた。ヘンゼルはなぜだがホッとして肩の力が抜けてゆくと同時に、サッと顔を青ざめさせる。この状況をヴィクトールに見られるのは、マズイ。仕事をサボったということもあるが、何よりも……
「そこの君。受付の彼はトロイメライの所有物だって考えればわかるはずだけど……わかった上で手を出しているの?」
「ま、待ってくれヴィクトール……!」
ヘンゼルは呆然とするテオの手を抜けて、ヴィクトールの前に躍り出る。そう、トロイメライに買われたヘンゼルに手を出したテオは……ただでは済まない。散々トロイメライの残虐さを目にしてきたヘンゼルは、焦ってヴィクトールに掴みかかる勢いで言う。
「ち、違うんだ……テオは俺の友人で……えっと、ショーを見に来ていたから、久々に会えたのが嬉しくて……俺から誘ったんだ」
「ふぅん……ヘンゼルくんがね、だめでしょお仕事サボったりしちゃ」
「ご、ごめんなさい……」
「……悪い子にはお仕置きしないとね」
「え……」
ヴィクトールはヘンゼルの髪を撫で、さして怒っていないといった風に笑う。そして、ヘンゼルを引き寄せて抱きしめると、あやすように背中をさすった。友人に襲われて恐怖に強張っていた体から、力が抜けてゆく。安心はしたが……ヴィクトールの意図が掴めない。
「君……ヘンゼルくんの友人の君。せっかくだからみておいきよ。せっかくのショーを見れなかったんだろう? あんなものよりももっと淫靡で美しいものを見せてやろう」
蛇が這うように、邪で情念に溢れたヴィクトールの言葉がヘンゼルの脳内に入り込む。
決して声を荒らげいているわけでもないのに、ヴィクトールが赫怒(かくど)しているということはすぐにわかった。
ヴィクトールがヘンゼルのシャツの隙間から指を差し入れ、一気にボタンを引きちぎる。乱暴なその動きに、ヘンゼルは震えていることしかできなかった。
「テオくん……見えるかい、ヘンゼルくんの身体にいっぱいついた、僕の愛の刻印」
「……ッ」
テオが目を見開いた。ヘンゼルの身体に目を覆いたくなるほどについた、鬱血痕。白い肌に散るそれらは、ヘンゼルが何をされていたのか、ということをはっきりと証明している。
いままで性的なこととはほぼ無関係であった友人の胸元にそんなものが大量についていて、テオはショックと驚きと、……小さな興奮から目を逸らす。
「……ヴィクトール、まって……」
「ヘンゼルくん……これは君へのお仕置きだよ? 君に抵抗する権利はない」
「……、……あっ……」
ヴィクトールがヘンゼルの首筋に吸い付いた。
やっぱり、ヴィクトールは自分のことなんて玩具としてしか見ていないんじゃないか。テオに言われた言葉を思い出しながら、ヘンゼルは唇を噛んだ。ヴィクトールが何を考えているのかわからない、こんな風に人前で弄ぶなんて、ただ愉しくて身体を弄っているだけなのかもしれない。
「ヴィクトール……やめ、テオの前で……なに、考えて……」
「君が僕のものだってことを、あの愚かな男に教えてやるんだよ」
「……なにが、おまえのものだ……俺のことなんて、ドールの一人としてしかみていないくせに」
「……? 何、言ってるの? あんなに言ったのに、わかってくれていないの?」
「……!」
ヴィクトールの手が、痕をなぞる。そうすれば、ヴィクトールの唇から吐かれた言葉の数々を思い出す。抱かれながら囁かれた愛の言葉が蘇る。
「……僕は、君のことが好きだよ、愛している。だから、誰にも渡さない、君に触れる者は許さない、僕だけに独占させて……ヘンゼルくん、愛している、愛しているよ」
「……ぁあっ……!」
またひとつ、痕がつく。そこではじめて、ヘンゼルはヴィクトールの中の悍ましいほどの独占欲に気付いてしまう。胸に散る紅い花弁は、彼の独占欲と愛の証。またひとひら、ひとひら、増えてゆくそれに、なぜか身体は歓喜に燃え上がる。首筋に走る痛みから、あまりにも甘い熱が産声をあげる。
「あっ……あ、」
肩と腰を抱かれながら、いくつもの痕をつけられる。その度に胸のなかから湧き上がるような歓びが生まれ出る。見られている、ということがどうでもよくなるくらいに、気持ちいい。
「どうしたの? 何を不安に思っていたの? 君が不安に思うなら、何度でも言ってあげるよ、僕は君が好きだ。嘘じゃない、ヘンゼルくん……君を愛している」
「……ヴィクトール、……っん、」
ヴィクトールが食らうようにヘンゼルに口付ける。そのキスに蕩けてしまったように、ヘンゼルは甘い声を漏らした。吸い上げられるように舌を絡めとられ、歓びに震えるように涙を流す。
「……ヘンゼル、」
その様子に、テオとドクターはただただ驚いていた。ドクターは、ヘンゼルがヴィクトールに心を許しかけているということは知っていたが、ここまでだとは思っていなかったのだ。いつも不機嫌そうにしかめっ面をしているのに、ヴィクトールを相手にするとああも蕩けた表情をするのかと、息を呑む。
そして、テオは絶望に打ちひしがれていた。自分の知らないヘンゼルが、目の前にいる。知らない男に唇を奪われ、涙を流しながら歓び受け入れる……長い間想いを寄せていたヘンゼルのみたことのない姿は、あまりにも悩ましげで、妖艶で、見ているだけでも体中の熱が茹だるような興奮を覚えた。
しかし、ヘンゼルは自分を見ているのではなく――ヴィクトールしか眼中にない。胸の中を掻き毟られるような嫉妬が、テオを苛める。
「……随分と悔しそうな顔をしているじゃないか、テオくん。可愛らしいヘンゼルくんの姿を見ることができるんだ、喜べばいいだろう? ……君がどうかしたところで、ヘンゼルくんのこんな姿をみることなどできないんだから。今しか見れないよ?」
くす、とわざとらしくヴィクトールは嗤う。どうだ、僕の愛する者に手をだした愚か者、嫉妬に狂うがいい。紅い眼が、歪んだ嗜虐に揺れる。
「ヴィクトール……だめ、これ以上……みられたく、ない」
「だめだよ、まだ足りない……ヘンゼルくん、これは君へのお仕置きでもあるんだからね。君は自分の魅力を理解しなさすぎだ、もう二度と……僕以外の男についていくな」
「……でも、……ヴィクトール、まって、」
「君は僕だけに溺れていればいいんだよ」
「んっ……ん、ッ、」
ずる、とヴィクトールの指がヘンゼルの口へ入り込む。そして、もう方の手は胸元の小さな突起を摘んで、指先で転がした。
くたりとヴィクトールに身体を預けながら、咥内を犯されるままに掻き回されて、ヘンゼルの意識は朦朧としてゆく。唾液が唇から零れ、それを制御することも許されず、頭の中は真っ白になってゆく。弄くられる乳首は次第にじんじんと熱を持ってきて、触れられるたびにピクンと身体が震えるようになってしまう。
視線を感じる。昔からの悪友が、淫らな自分を見ている。二度と彼には顔を向けられないという絶望と、ヴィクトールの思うがままに感じてしまう自分への悦び、二つの感情が混ざり合っておかしくなってしまうそうだった。
見ないで欲しいと羞恥がはたらくのに、変わってしまった自分を見られることに心が震えてしまう。ヴィクトールへ堕ちてゆく、もう這い上がることのできない奈落へ……どこまでも。
「待てよ……もうやめろ、触るな、これ以上ヘンゼルを穢すな……!」
テオの叫び声が虚しく響く。知らない男に触られてまるで女のように甘い声を発するヘンゼルを、見たくないと思うのに目をそらせない。潤んだ瞳でヴィクトールを見上げているヘンゼルは、彼に触られることを心の底から歓んでいるようで、胸糞悪い。
しかし、身体をひくつかせ、よがり、乱れるヘンゼルのその姿に、情けなくもテオのものは勃起してしまっていた。あまりにも淫靡なその光景は、テオの目を引きつけて離さなかった。
「ヘンゼルくん……テオくんが、君をみてあんなに興奮しているよ。君のいやらしい姿、もっと見せてあげよう?」
「や、やだ……ヴィクトール……」
ヴィクトールがヘンゼルの服を脱がしにかかる。ヘンゼルは抵抗を示したが、ヴィクトールは手を止めることはない。シャツだけを残し、ほかの身体を纏う全てのものを剥いでしまうと、ぐ、とヘンゼルの太ももを掴んだ。
「あ、あぁ……」
「ほら、テオくん……ヘンゼルくんのここ、見たことないだろう? よく見ておきなよ。ここねぇ、すごく可愛いんだよ。僕のものを美味しそうに飲み込んできゅうきゅうに締め付けてくれる」
ヘンゼルの片脚を持ち上げ、後孔をテオに見せつける。ヘンゼルはあまりの恥ずかしさに顔をぐっとそらしたが、ソコはいやらしくピクピクとひくついて、釘付けになったテオの視線が突き刺さる。
「はっ……そんなに大きくして……ヘンゼルくんの声を聞いているだけでそんなになってしまったのかい? 挿れてみたいだろう……ほら、こんなにヘンゼルくんのここ、柔らかい」
「あ、っ……あぁ……」
拘束されたテオのものは、はちきれんばかりに大きくたちあがる。吐き出すこともできない熱の苦しさに、テオは苦痛に目を眇めた。
シャツだけを羽織った、白いヘンゼルの裸体はあまりにも目に毒だ。薔薇の花弁のように紅く散る鬱血痕、ヴィクトールに可愛がられ腫れ上がった胸の頂、たちあがったものの先端から哀しげに溢れ出る悦の蜜。ヴィクトールの指でぐっと広げられた後孔は、排泄器とは思えないほど綺麗で、男を欲しがっているようにぴくぴくと疼いている。
そこに熱く膨れたものを挿れたなら、その桃色の肉壁でぎゅうぎゅうと締め付けてくれるに違いない。
「見ていろ……いとも簡単に指を飲み込むよ……」
「あぁああ……」
「ヘンゼルくんがちゃんと指を舐めてくれたおかげでスムーズだ……いい子、ヘンゼルくん……ぐちゃぐちゃにしてあげるからね」
つぷ。ヴィクトールの指がそこに挿入される。まるで性器のようなそこは指を拒むことなく飲み込み、物欲しげにぎゅうっと指を締め付けた。
ヴィクトールに愛の痕を撫でられ、なかを弄られ、ヘンゼルは気持ちよさそうに熱い吐息を漏らしてうっとりと目を閉じている。
ヴィクトールにすっかり支配されたヘンゼルは、まるで悪魔に魅入られた姫のように、完全にヴィクトールに身体を預け、羞恥を熱に食われ、ただ、与えられる快楽に酔っていた。
「もう、やめろ、やめてくれ……」
恋焦がれていた人が知らない男に酔う姿に、怒りと虚しさを覚える。テオは悲痛な声をあげながら、それでも目の前で快楽に悶えるヘンゼルから目を離せなかった。
二本、三本、と指を増やされても、ヘンゼルは痛がるどころか一層その声に艷を増しながら身を捩る。くちゅくちゅと耳障りな水音はとても排泄器から出る音とは思えない。
ヴィクトールはヘンゼルが達しないような絶妙な力加減で指のピストンを繰り返し、ヘンゼルをギリギリのところで焦らして理性を溶かしてゆく。
「はは、無様だねぇ、テオくん……もうそれ、限界なんじゃない?」
「……クッソ、おまえ……!」
「特別サービスしてあげよう。もっと近くで声をきかせてあげる」
ふ、とヴィクトールは服の下で欲望を膨張させているテオを見下すように嗤った。そして、十分に後孔を慣らし終えたヘンゼルを、触手に拘束され動けないテオに抱きつかせるように寄りかからせる。
「……ッ!?」
「ヘンゼルくん、しっかり彼につかまっていて。後ろから突いてあげるからね」
ヴィクトールにされるがまま、テオにぐったりと抱きついたヘンゼルは、臀部を後ろから持ち上げられて小さく声を漏らす。正面から身体を火照らせたヘンゼルに抱きつかれ、テオは小さなパニックに陥ってしまったが、抱きつかれたということよりも目の前に広がる光景に目眩を覚えた。
シャツの裾からはみ出る、白い尻肉。それをヴィクトールががっしりと掴み、欲望を押し付ける。
「んっ……あぁっ……!」
「……ッ」
ヴィクトールの熱いものの先端が入り口に触れ、ヘンゼルはあられもない声をあげる。耳元でそんな声をだされたテオは、身体の内から熱が湧き上がるのを覚えた。
「……っ」
テオは二人の結合部を凝視する。ヴィクトールのものなど見たくはなかったが、同じ男として劣等感を覚えてしまうほどに大きいそれがヘンゼルの後孔に飲み込まれてゆく様子は目眩すらも覚えた。本当に、この男に抱かれていたのだとそう改めて思ってしまう。
「んっ……ん、ぁあッ……」
ヘンゼルの鼻から抜けるような声が耳を掠める。かあっと顔に血が昇る。
ヘンゼルはもはや自分が抱きついている相手がテオであるということなどどうでもよく、ヴィクトールから与えられる快楽に耐えようと、ぎっちりとテオにしがみついていた。かたかたと震えながら、歓喜に震えるような、嬉しそうな声をあげながら。
テオはどうしようもない苛立ちに苛まれながらも、オンナになってしまったヘンゼルの姿に高揚感すらも覚えていた。
「あぁっ……」
ヴィクトールのものが全て、ヘンゼルのなかに入ってしまう。最後まで入るそのとき、ヴィクトールがぐいっと押し出すように腰を突き出すと、ヘンゼルの全身が大きく揺れ、それに合わせてヘンゼルの口から悦びの声があがる。そのままぐりぐりと腰を押し付けるられているヘンゼルはびくびくとその細腰をくねらせながら、テオの背中を引っ掻いた。
「ヘンゼルくん……昨日よりも敏感だね。どうしたのかな? テオくんに見られて興奮してる? それとも、僕に好きって言われてそんなに嬉しかった?」
「……っ、」
「可愛い……ヘンゼルくん、すごく可愛い。好きだよ、ほら、僕のものもっと感じて。君を突いているもの、僕のものだよ。君は今、僕に犯されている」
「あっ……!」
ヴィクトールがピストンを始める。ヘンゼルの身体が揺さぶられると、その振動が伝わってきて、テオは居心地の悪さを感じた。
ヘンゼルはテオの肩口に顔を埋め、はしたない声がこれ以上出ないようにと、必死にこらえている。ただ、その耐えるような上擦った、「んっ、んっ」と秘めやかな声が余計にテオの興奮を煽った。
揺れる度に、ヘンゼルのうなじから漂うどことなくいい香りがテオの鼻をつく。耐え切れずテオはその匂いを嗅ぐようにヘンゼルの首筋に顔を埋めた。
「そうそう、テオくん……ちゃんとヘンゼルくんのこと支えてあげてね」
「ふっ……あ、……んんッ……」
いきりたったテオのものが、揺れるヘンゼルの下腹部に擦れる。服越しではあるが、微弱な刺激を与えられ、ますます熱は膨れ上がってゆく。触手に体を絡めとられて動けないのがもどかしい。ゆるやかな刺激が陰茎に与えられるばかりで苦しくて、手で擦って抜いてしまいたい。沸々と湧いてくる情欲がテオを苛める。
「……ひ、ぁッ……!」
我慢はあっという間に限界へ達してしまった。手を動かせないテオは、腰を突き上げて自分の上に乗るヘンゼルの体に陰茎の先をこすりつける。そうすればヘンゼルの声に色は増し、テオの腰の律動の速度を煽ってゆく。
「ヘンゼル……ヘンゼル……」
「あっ、あっ……」
後ろを突かれ、下から熱いものを擦り付けられ。二つの刺激を同時に与えられたヘンゼルは淫らな声を惜しみなくあげだした。
「……」
あまりにも淫らなその光景に、側で見ていたドクターは口元をひくつかせる。
二人の男の欲望を煽る、ヘンゼルの色香。初めて会ったときにはここまでこの青年が変貌するとは思っていなかった。それはきっと、頭ひとつ抜けた容姿のせいだけではない。ヴィクトールへの想いがヘンゼルのなかで抱かれることへの歓びを沸き起こし、あんなにも淫猥な表情と仕草をするようになってしまったのだ。
長い付き合いであるヴィクトールがあんなにも一人の人間に執着するのを初めて見たドクターは、ヘンゼルの痴態をみて、ここでようやく納得する。これは、欲しくなるのも仕方がないと。ゾッとするほどの独占欲を抱えてしまうのもおかしくないと。
「もう、だめ……いく、イク……」
涙で頬を濡らし、快楽にどろどろにとけたその表情で、ヘンゼルはヴィクトールに懇願するように言葉を絞り出す。びくびくと小刻みに身体を震わせるその身体は、もう限界に近い。
友人であるテオに見つめられながら絶頂を迎えるのが嫌だったのだろう、我慢していたようだが、もうダメのようだった。ゆるして、もうやめて、とでも言うように首を振っている。
「んん? そんなにイきたくない? ヘンゼルくん……イッちゃいなよ、そこで」
「い、や……やだ、……やだ、ヴィクトール……」
「何が嫌なの?」
ヴィクトールがにやりと嗤う。自身の体を揺らし欲望をヘンゼルの体に擦り付けている、テオを見下ろしながら。
「ヴィクトール……ヴィクトール……」
ヘンゼルがよろよろと振り返り、ヴィクトールを見つめる。訴えるように濡れた瞳でヴィクトールに視線を投げかけるが、言葉はでてこない。自分でも何が嫌なのか、わかっていないようだった。
「ああ、わかった……僕の腕のなかでイきたい?」
「……っ、……!」
ヴィクトールに問いを投げかけられ、ヘンゼルはこくこくと頷いた。自分では動けないほどに快楽に溶かされた体は、くたりとテオの体に寄りかかったまま。縋りつくような目線をヴィクトールに送れば、ヴィクトールが勝ち誇ったようにテオに笑いかける。
「ヘンゼルくん……さいっこうに可愛いね……そんなに僕のことが好き?」
ヴィクトールはヘンゼルをテオから引き剥がすと、後ろから抱きしめるようにして抱え込む。背面座位の状態でヘンゼルの表情がテオからも見えるようにしてやると、ちらりとテオを見て、冷たく言い放つ。
「……君はそこで憐れに一人でイッていればいい。ヘンゼルくんが僕に抱かれて達するのをみながら」
クッと吐き出すように嗤い、そしてヘンゼルの唇を奪う。歓びに震えるように目を閉じてヴィクトールのキスを受け入れるヘンゼルは、哀しいほどに美しかった。
そのまま腰を突き上げられれば、儚げな声を漏らし、たちあがったものの先からぴゅくぴゅくと白濁液を飛ばしながらあっという間に達してしまう。
くたりとヴィクトールに身を預け、はーはーと熱い吐息を吐くヘンゼルの姿はあまりにも淫靡で倒錯的。町の片隅で恐喝をしていた素行の悪い彼はもういない、悪の頭に抱かれ嬌声をあげよがる、そんな別人のようになってしまったヘンゼルの姿にショックを受けながら――テオは一人、布の下で精を吐き出してしまった。
「はは……無様だねぇ……好きな子を目の前で犯されて、それを見てイク気持ちってどんなものなの? 君みたいな凡人は一生ヘンゼルくんを手にすることができない……彼はもう、僕のものだ」
「……くそ、……くそ……」
「いいよ、その惨めな姿をみせてくれたんだし、今回はゆるしてあげる。……次はないと思え」
ドクターいくよ、と一言言って、ヴィクトールはヘンゼルを抱えたままお菓子の家へ向かってゆく。ひゅー、と小さく口笛を吹きながらドクターは震えながらうずくまるテオに手を振り、触手の生物を連れてヴィクトールについていった。
残されたテオは、自らの精液でシミになった服を見つめ、惨めさにぼろぼろと泣き出す。あの町で共に過ごした日々の映像をに思い浮かべることは、もうできなかった。そうすると、郷愁に胸が裂けてしまうくらいに傷んだから。
先にヘンゼルに手をだしたのは自分だが、ああして実際に男に犯されているヘンゼルを見せつけられて、思い出が穢されたような気がした。もう、わけがわからない。自分がどうしたかったのかもわからない。それくらいにテオはヘンゼルのことが好きで、大好きで、たまらなかった。
目の前にそびえるお菓子の家が、自分とヘンゼルを隔てる大きな壁のように思えた。
もう二度と、彼に会うことはできない。
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