アリスドラッグ | ナノ


▼ 堕天

 部屋に連れられて落ち着きを取り戻したヘンゼルは、ベッドの上でヴィクトールの腕に抱かれ、黙りこくっていた。昔からの友人に強姦されそうになったこと、その友人に痴態を晒してしまったこと。様々なショックに頭が真っ白だ。


「……ヴィクトール……」

「ん?」

「俺、どうすればいい?」

「なに?」

「……帰る場所、ない」


 ヴィクトールがテオの前でヘンゼルを抱いたことはただの決定打であり、ヘンゼルが住んでいた町に帰ることができない根本的な理由にはならなかった。

 だから、ヘンゼルはヴィクトールに恨みを抱くことはなかった。テオからヘンゼルがあの町でどのように見られていたのかという事実を告げられたときから、もうあの町には帰りたくないという思いがヘンゼルの中に生まれていたのだから。


「ここにいればいいじゃん。ずっと」

「……それは、だめだ。俺には弟がいる。俺の弟はここで暮らすことを望むことは絶対にない。……でも、俺の身勝手な理由だけど……あの町はもう……それに、親だって……あんな、俺達を売った親、」

「……まあ、トロイメライにはいくらでも金がある。君が望むなら、新しい町で暮らすことができるような援助はいくらでもできるけどね」

「本当に?」

「……うん」


 ヴィクトールに前髪を梳かれ、ヘンゼルはそっとヴィクトールの瞳を見つめた。その、ヘンゼルのどこか憂いを汲んだ瞳、震える睫毛にヴィクトールは静かに口を開く。


「……ヘンゼルくん。もしもグレーテルくんと一緒にここに来ていなかったら、君はずっとここにいたいって言った? ……これに君がどう答えるかによってグレーテルくんをどうにかするってことじゃなくて……ただ、純粋な僕の興味として知りたいんだけど」

「……。……そんな『もしも』の話に答えるつもりはない」


 ヴィクトールにくるりと背中を向けてヘンゼルは布団を頭まで被る。これ以上問い詰められたらあらぬことを言ってしまう、そんなヘンゼルの様子にヴィクトールは胸がざわつくのを覚えた。その口から、聞きたい。ヘンゼルの本当の想いを。


「……ねえ、どうして君はさっき、僕が君をドールの一人としてしか見ていないだなんて言ったの? なんであんなに傷ついた顔をして言ったの?」

「……うるさい。どうでもいいだろ」

「……ヘンゼルくん」


 がさ、布団が擦れる音にヘンゼルはびくりと身動ぐ。そして、そっと後ろからヴィクトールに抱きしめられ、あまりの緊張に小さな声を漏らしてしまった。静かに、優しく腕に力を込められて、心臓は馬鹿みたいに激しく高鳴ってゆく。呼吸をすることも難しいくらいに、激しく。


「……好きなんだ。僕は、ヘンゼルくんのことが好きで好きでたまらない。……聞かせて、ヘンゼルくんは、僕をどう思っているの」

「……っ」


 こく、自分の唾を呑む音がやけに響いた気がした。問われれば明確な答えが頭の中に浮かぶ、それはどんどん体内で膨らんでいって体を突き破りそうだった。

 でも、これは言ってはいけない。ヘンゼルに残された、最後の理性――ヴィクトールによって失われていったたくさんの命と心。この気持ちを言葉にし、認めてしまうということは、共犯者も同じ。

 言ってはいけない、言ってはいけない……この体は自分だけのものじゃない、弟を授かった体なんだ。痛い、胸が痛い。


「……ふ、」

「ヘンゼルくん……?」


 気付けば涙が零れていた。歯を食いしばり、目を閉じて……ヘンゼルは悲痛に染まった涙を流す。この男に惹かれてたまらない自分が憎い、抱きしめられて嬉しいと、好きだ愛していると言われて幸せを覚える自分が恨めしい。涙は鉄を腐食する硝酸のように、罪の意識を心に刻みつける。


「あ、あああ……」


 こぼれ落ちる嗚咽。彼の体に触れるところからこの体を侵食してゆく熱。

 無残に死んでいった体を弄ばれたドールたち。頭の中に浮かんでは、ヴィクトールの仄かな熱にすうっと消されてゆく。

 ……赦してください。ごめんなさい、赦して……


「……っ!」


 ずる、布団がずり落ちる。ヴィクトールが目を瞠る。

 体を起こしたヘンゼルが、静かにヴィクトールの体の上に乗った。泣きながら、枯れゆく花の花弁のような涙をはらはらと流しながら。


「……ヴィクトール……」

「……、」

「俺は……」


 罪悪感に蝕まれ喘ぐ吐息。ヘンゼルの口から続きがでてくることはなかった。その理性と本能に挟まれ葛藤する姿は息を呑むほどに美しく、ヴィクトールはいつものように催促することも、体を動かすこともできず、ただ自分の上で涙を流すヘンゼルを見上げていることしかできなかった。


「……ヴィクトール、おまえは、どうしようもない悪党で、赦されるべき人間じゃない」

「……」

「おまえは知らないだろ、自分がどれほど大きな罪を犯しているのかも理解していない……だから、俺がこうすることに、どれくらいの覚悟が必要なのか……知らない、」

「ヘンゼル、く……」


 震える声で、糾弾の眼差しで。ひとつひとつ、絞りだすように発された言葉に誘われるようにヘンゼルの名を呼ぼうとしたが、それはできなかった。ヴィクトールの唇は、……ヘンゼルの唇によって塞がれてしまったから。



「……ッ」



 息が止まったかと思った――ヴィクトールは一瞬思考が停止する。視界いっぱいに広がるヘンゼルの悩ましげな顔、唇に灯る仄かな熱。しゃくりをあげながら触れるだけのキスを繰り返すヘンゼルは、なにか間違いを起こしているのではないだろうか。それくらいに、ヴィクトールにとってヘンゼルからのキスは衝撃的だった。

 ヘンゼルが自分の悪へ抱いている嫌悪感は十分に理解している、だからヴィクトールはこれ以上ヘンゼルへ言葉を強要はできなかった。むしろこんなにも秘めやかで狂おしい想いを、キスという形でぶつけてきたことにとてつもない歓びを覚えた。彼にとって、この恋心を認めてしまうことは破滅への一歩となるのだろう。それでも彼はここへ堕ちてきた。ヴィクトールのなかでヘンゼルへの愛おしさは沸々と募っていき、恋情の炎は胸の内を焼きつくす。



「んんっ……」



 ヘンゼルの後頭部を掴みキスを深めると、ヘンゼルは嘆くような歓ぶような、そんな声をあげる。止まらない嗚咽のために荒い呼吸がヴィクトールをさらに煽る。このまま食らってしまうかのような勢いで、唾液が伝い落ちるのも気にせず舌を絡め激しくまぐわらせ、求め合う。お互いの熱が蒸気のようになって、顔全体が熱くてたまらない。ヘンゼルの瞳から落ちる涙、肌から吹き出る汗、唇から溢れる唾液、生々しいほどに湿っぽいキスにひどく長い間夢中になっていた。




「あっ……!」



 唇を重ねながらヘンゼルのシャツの中に手を差し入れ背中を撫でると、その身体がびくんと撓る。理性と純潔という白い羽が折れたそこは、いったいどんな心地なのだろう。堕天した天使は地獄へ堕ちて、闇を糧として生きてゆく。羽のもげた痕のような肩甲骨が性感帯だった彼は、きっとこの運命を歩むと啓示を受けていたのかもしれない。



「はっ……ぁ、」

「あッ……!」



 背中を撫でられ快楽に喘ぎながら、ヘンゼルはヴィクトールの下腹部へ手をのばす。それは予想外の攻撃で、全く構えていなかったヴィクトールは思わず声を漏らしてしまった。まさか、ヘンゼルからそうしたことをしてくるとは思っていなかった。驚きに息をつまらせてヘンゼルの手を凝視するヴィクトールを、ヘンゼルはどろりとした眼差しで睨み上げる。



「手、休めんなよ……」

「えっ……」

「もっと、俺の身体、触れ……」



 切羽詰まったように発せられたその言葉にヴィクトールはくらりと目眩を覚える。自分をどんどん暗がりへ追い詰めてゆくように積極的に誘いかけるヘンゼルは、どこか危うく、それでいて妖艶。もう戻れないのだと罪悪感に貫かれた心が、ヘンゼルをそうしているのだった。ヴィクトールのものをジッパーを下げて掴み、ゆるゆると手の平を上下させ刺激する。未だに涙を流しながらそうして男根をその手に掴んでいる姿は、倒錯的な卑猥さと美しさをもっていた。ヴィクトールはヘンゼルの言葉と色香に逆らうことができず、その背中をいやらしくなであげる。そうすればヘンゼルの身体は肌をヴィクトールに擦りつけるようにゆらゆらと揺れる。





「……ッ」



 息が止まったかと思った――ヴィクトールは一瞬思考が停止する。視界いっぱいに広がるヘンゼルの悩ましげな顔、唇に灯る仄かな熱。しゃくりをあげながら触れるだけのキスを繰り返すヘンゼルは、なにか間違いを起こしているのではないだろうか。それくらいに、ヴィクトールにとってヘンゼルからのキスは衝撃的だった。

 ヘンゼルが自分の悪へ抱いている嫌悪感は十分に理解している、だからヴィクトールはこれ以上ヘンゼルへ言葉を強要はできなかった。むしろこんなにも秘めやかで狂おしい想いを、キスという形でぶつけてきたことにとてつもない歓びを覚えた。彼にとって、この恋心を認めてしまうことは破滅への一歩となるのだろう。それでも彼はここへ堕ちてきた。ヴィクトールのなかでヘンゼルへの愛おしさは沸々と募っていき、恋情の炎は胸の内を焼きつくす。



「んんっ……」



 ヘンゼルの後頭部を掴みキスを深めると、ヘンゼルは嘆くような歓ぶような、そんな声をあげる。止まらない嗚咽のために荒い呼吸がヴィクトールをさらに煽る。このまま食らってしまうかのような勢いで、唾液が伝い落ちるのも気にせず舌を絡め激しくまぐわらせ、求め合う。お互いの熱が蒸気のようになって、顔全体が熱くてたまらない。ヘンゼルの瞳から落ちる涙、肌から吹き出る汗、唇から溢れる唾液、生々しいほどに湿っぽいキスにひどく長い間夢中になっていた。




「あっ……!」



 唇を重ねながらヘンゼルのシャツの中に手を差し入れ背中を撫でると、その身体がびくんと撓る。理性と純潔という白い羽が折れたそこは、いったいどんな心地なのだろう。堕天した天使は地獄へ堕ちて、闇を糧として生きてゆく。羽のもげた痕のような肩甲骨が性感帯だった彼は、きっとこの運命を歩むと啓示を受けていたのかもしれない。



「はっ……ぁ、」

「あッ……!」



 背中を撫でられ快楽に喘ぎながら、ヘンゼルはヴィクトールの下腹部へ手をのばす。それは予想外の攻撃で、全く構えていなかったヴィクトールは思わず声を漏らしてしまった。まさか、ヘンゼルからそうしたことをしてくるとは思っていなかった。驚きに息をつまらせてヘンゼルの手を凝視するヴィクトールを、ヘンゼルはどろりとした眼差しで睨み上げる。



「手、休めんなよ……」

「えっ……」

「もっと、俺の身体、触れ……」



 切羽詰まったように発せられたその言葉にヴィクトールはくらりと目眩を覚える。自分をどんどん暗がりへ追い詰めてゆくように積極的に誘いかけるヘンゼルは、どこか危うく、それでいて妖艶。もう戻れないのだと罪悪感に貫かれた心が、ヘンゼルをそうしているのだった。ヴィクトールのものをジッパーを下げて掴み、ゆるゆると手の平を上下させ刺激する。未だに涙を流しながらそうして男根をその手に掴んでいる姿は、倒錯的な卑猥さと美しさをもっていた。ヴィクトールはヘンゼルの言葉と色香に逆らうことができず、その背中をいやらしくなであげる。そうすればヘンゼルの身体は肌をヴィクトールに擦りつけるようにゆらゆらと揺れる。



「あっ……ヴィクトール……、ん、ぁッ……」

「ヘンゼルくん……」



 自分から責めてくるということがなかったヘンゼルの奉仕に、ヴィクトールのものは情けなくもあっさりと勃ってしまった。うつむき、伏し目がちにそれを確認するヘンゼルの睫毛は汗と涙に濡れ月光に反射しきらきらと光っている。上気した頬と濡れ額に張り付いた前髪の相乗効果でそれは壮絶な色気を放ち、ヴィクトールは目を白黒させヘンゼルの身体を撫でる手が止まってしまう。



「……早いじゃん、ヴィクトール」

「……おかげさまで」

「大して触ってもいないのに……ヴィクトール、そんなに俺のこと、好き?」

「……ヘンゼル、くん」



 はあ、とヘンゼルが熱い吐息を吐く。そして身体を起こすと、じっとヴィクトールを見下ろした。答えを煽るように静かに笑う。初めてみたその表情に、ヴィクトールは陥落した。全てを諦めたような、喪失感に満ちたその笑みは、砕け散った硝子のように綺麗だった。



「……好き、だよ……おかしくなっちゃうくらい」

「……そっか」



 引きずられるように出てきた告白に、ヘンゼルはヘラっと微笑む。そして、ゆっくりと自らの手を口元にもってきて、指を舐め、ぽろりと一言、言う。



「……悪党のくせに」



 おまえも一緒に堕ちていこうじゃないか、そんな口説き文句のようだった。蔑みのようでいて、そうじゃない。切なげに絶望的に、嬉しそうに言ったその言葉の歪みが、ヴィクトールにはひどく甘く感じた。

 口に含んだ指に、唾液を絡ませる。くちゅ、と響いた水音がやけに大きくきこえる。ヘンゼルの全ての動作が、ヴィクトールを魅了してやまなかった。



「……俺は、弟をここから連れだすよ。そのために、ここにいる」

「……」

「すべてが血に濡れて、真っ黒な、悪夢みたいなここから……弟は絶対に救い出す。たったひとりの家族なんだ、大切な弟だ……でも」



 あっ、と小さな声がヘンゼルの唇から漏れる。眉を寄せて、目を閉じて……ヘンゼルは自らの指を後孔へ挿入した。



「ここにいる間は……トロイメライをみせてくれよ。世間を忘れて、おまえに、堕ちていきたい」



 ゆらゆらと腰を揺らし自らヘンゼルは後孔を解してゆく。予想外の連続。理性の殻を破ったこの美しい青年の本性はこんなにも淫らなものだったのか、ヴィクトールは興奮と驚きで言葉がでてこない。彼をここまで育てたのが自分であるとわかっていても、ただただ驚愕するしかなかった。時折漏れるうめき声、自分の身体をわかっていないヘンゼルは、手探りでイイところを探し、ナカを掻き回してゆく。唇を噛み締め、ヴィクトールの腹部に手をついて必死に受け入れる準備をしている彼を見ていると、無理をするなと言いたくもなるが、同時に愛おしさがこみ上げてきてこのまま見ていたいと思ってしまう。



「あっ……!」



 ぴくん、と彼の身体が跳ねる。みつけた、とでも言うようにホッとした表情を一瞬浮かべると、ヘンゼルはそこを重点的に弄り、自らを追い詰める。



「あっ、あっ……!」

「ヘンゼルくん、僕が……」

「いいっ……いい、ヴィクトールは、みてろ……俺が、自分で……したい」



 そう言ってヘンゼルは後ろを弄りながら、乳首をつまみ上げた。ヴィクトールに穴を舐められながら触ったときを思い出すように。あのとき命令されたようにきゅっと細い指で引っ張り上げ、こりこりと転がして。胸を強調するように身体を反らせながら乳首と後孔を虐めるヘンゼルの姿はもはや昔の面影が消え去っていた。自分でもはしたないことをしている自覚はあるのだろう、顔を真っ赤にして閉じた瞼を震わせている。それでもヴィクトールにやってもらうのではなく、自分でやろうとしているのはきっと……自分が堕ちたのだと自分自身に思い知らせるため。どこか自虐的で破壊的な自慰は、悲哀な雰囲気を漂わせる。



「あっ、んっ……あ、あぁ……」



 自分の上で卑猥すぎる自慰をされるヴィクトールの心境といえばとてつもなく焦らされている気持ちであったが、嬌声のなかに「ヴィクトール、」と小さく名前を含まれるとそれだけで下半身が反応してしまう。今すぐにでもひとつになりたいとそう思うのに、ヘンゼルの涙がそれを赦してくれない。儚い声が、まるで痛々しすぎる懺悔のようで、ヴィクトールの胸をきりきりと締め付ける。

 ヘンゼルは、自分を「悪党」と呼ぶ。それは間違っていない。自分のしていることに罪悪感を覚えたこともない。何度も「下衆」「悪者」そう呼ばれてきた。そのたびに「だからなんだ」としか思っていなかった。ヴィクトールはここで初めて、この「悪党」という称号が恨めしいと思う。自分の行いを悔い改めるわけではないところがまたどうしようもない悪党であるのだが、この「悪党」という称号のせいでヘンゼルを苦しめている、それが辛かった。もうどうしようもないことなのに。



「はっ……、は、ぁ……」



 ヘンゼルがくたくたになって、ヴィクトールを見下ろす。挿れるよ、と目で言われてヴィクトールは心配そうに見上げながらも黙って頷いた。

 ヘンゼルがヴィクトールのすっかり大きくなったものを再び掴む。そして、その上にゆっくりと腰を落としていき……



「あ……」



 入り口に先端が触れたところで、ぴくりと身体を震わせた。ヴィクトールが「大丈夫?」と声をかければ黙ってろとでも言わんばかりに睨みつけてくる。こめかみから汗を流し、目を眇め、大きく息を吐き……先端から溢れる先走りを塗りつけるようにして入り口にそれを馴染ませ、埋め込ませてゆく。びく、びく、と小刻みに痙攣しながらそれでもヘンゼルは最後まで挿れようと必死になっていた。思わずヴィクトールがヘンゼルの手をとって指を絡めれば、ふ、と微笑む。



「んっ……あ、っ……」



 ようやく、奥まではいって、ヘンゼルは安心したようにヴィクトールの上に乗る。疲れたような、哀しんでいるような、嬉しそうな……そんな笑顔を向けられて、ヴィクトールの胸は貫かれたように傷んだ。



「ヴィクトール……」



 月光が青白く室内を照らす。白い肌は光に濡れ、ひとつの芸術品のように美しい。しかし、如何せん艶めかしすぎる。はあ、と吐息を吐き出した唇は物欲しげにはくはくと動き、胸は大量の鬱血痕が散り、黒髪が汗で額や頬に張り付いて。ヴィクトールを見下ろす瞳は熱に潤み、睫毛がふるふると揺れる。



「んっ……あぁっ……」



 静かに、ヘンゼルが前後に動いた。恥じらうように、淑やかに。中にはいったペニスを前立腺にこすりつけるように、ゆるゆる、ゆるゆると動く。何度も制止をかけられたヴィクトールは、ヘンゼルを突き上げたくとも気後れしてしまってできない。自分でしたい、といった彼の意思を尊重したい。しかし、ただ指を絡めてヘンゼルの痴態を眺めているというのは、あまりにも酷だった。ヘンゼルの肉壁はきゅうきゅうとヴィクトールのものを締め付けてくれているものの、やはりその穏やかな動きでは、刺激が足りない、もどかしい。じくじくと少しずつ、少しずつ膨れ上がってゆく快楽に、ヴィクトールは苦悶の表情を浮かべる。



「あっ……ん、ぁ、……あ」



 白い身体が、ゆらゆらと揺れる。羽織っている真っ白なシャツは清潔感を醸し出しているのに、結合部付近で先から蜜を零しながらゆれているヘンゼルのペニスは卑猥だった。次第にずり落ちてゆくシャツの下、曝け出した肩。中途半端にその身体を纏う布は、ヘンゼルを淫猥に飾る。月明かりによってくっきりと浮かび上がった首筋の影が、ヘンゼルが身体を捩るたびに形を変える。

 あんまりにも、残酷だ。視界に飛び込んでくるもの全て、ヴィクトールの欲を煽る。儚く喘ぐヘンゼルを今すぐにでも押し倒してぐちゃぐちゃにしたいという想いが溢れ出る。しかし、それは押さえ込まなければならない。



「ヴィクトール……もっと……」



 目を閉じ、独り事のようにヘンゼルが呟いた。そうして、自ら今度は身体を上下に動かす。記憶の中、ヴィクトールに激しく突かれていたときを思い出すように、自分の奥をヴィクトールのペニスに押し当てるように、ゆっくりと上下に。ベッドが小さな軋みをあげて揺れる。パサパサと揺れ動く黒髪を耳にかけてあげたいと思いながら、ヴィクトールは耐えるように歯を食いしばる。



「あっ、あっ……」



 溢れる声は部屋の中に溶けゆくように儚く。気持ちよさそうに表情を蕩けさせているのに、どこか上品なのは、夜の静寂さのせいなのだろうか。無音の空間に、ヘンゼルの声と布擦れの音だけ。神秘的で、淫靡に、自分に跨がり腰を振るヘンゼルを、ヴィクトールは呆けたように見上げていた。



「あぁっ……あ、ぁ……ん、」



 徐々に息があがってゆく。眉をひそめ、快楽が迫ってきたのだと、その顔が言っている。ぎゅうぎゅうと強くなってきた締め付けは、それを確信へと変える。ペニスが奥を貫くたびにびくびくと苦しそうに身体が震えるのに、もうとまらないとでも言うように律動の速度は上がってゆく。見上げたさきにゆらゆらと身体をくねらせながら必死に快楽を貪るヘンゼル、まるで白昼夢のなかにいるようだった。



「ヘンゼルくん、」

「あっ……もっと、名前を、……! あっ、」

「……っ、ヘンゼルくん」

「もっと……引っ張って、もっと、あ……」



 「んっ、」、唇をきゅっと閉じ、小さな声を漏らして、ヘンゼルは達してしまった。ぱたりとヴィクトールの上に倒れこみ、胸板に縋りつくようにして目を閉じる。

 はあはあと肌に汗を滲ませ自分の上に伏しているヘンゼルの髪を、ヴィクトールはそっと梳いてやる。ちらりと顔を見上げてきてはまた気持ちよさそうに目を閉じたヘンゼルに、たまらない愛おしさを覚えた。



「ヘンゼルくん、」



 ヘンゼルは達する直前に「引っ張って」と言った。ヴィクトールはどういう意味なんだろうと考えて、ああ、と小さくため息をつく。きっとヘンゼルは自分に闇を映し見ていたのだろうと。闇の中へ引っ張って、苦しい、……そう思っていたのだろうと。未だはいったままの後孔はきゅんきゅんと疼いている。まだ足りないだろうか、もっとしてもいいだろうか……



「……動いて、いい?」

「……、」



 一瞬の沈黙。そっと顔をあげ、ヘンゼルは濡れた瞳でヴィクトールを見上げる。そして、こくり、と頷く。



「……でも、ヘンゼルくん、一回イっちゃったもんね、そんなに激しくはしないから……」

「……なんで」

「えっ」

「……そんなんじゃ、だめなんだよ……ヴィクトール、」



 そろり、ヴィクトールの身体を這って、ヘンゼルはヴィクトールの顔を覗きこむ。黒い瞳は、恐ろしく美しく、磁石に吸い寄せられた鉄屑のように、ヴィクトールは目を離せない。



「めちゃくちゃに犯してよ、……わけわかんなくなるくらい、……俺が、壊れるくらい……」

「……――」



 ヘンゼルの肩を乱暴に掴み、身体を反転させる。噛み付くようにキスをして、身体を弄った。腰をひき、一気に奥を突き上げる。突いて、突いて、細い身体が崩れてしまうくらいに、突いた。ぼろぼろと涙を流しながらヘンゼルが発した今までにないくらいの甘い声は、まるで悲鳴のようだった。

 合意のないセックスのように乱暴なものだったと思う。それでもヘンゼルは幸せそうに微笑んだ。ヘンゼルの手が伸びてきて、その指に自分の瞼を優しく撫でられたとき、ヴィクトールは初めて気付く。自分も泣いていたことに。何が悲しくて、どんな理由で泣いたのかもわからない。ただ、気付けば次々に溢れだしてきた。「おまえまで泣いちゃだめじゃん、」そう言ってヘンゼルは笑って――意識を飛ばしてしまった。

 中に精を吐き出して、そして、ぐったりとしたヘンゼルの身体を掻き抱く。「愛しているんだ、」そううわ言のように呟きながら。

 ヴィクトールは自分の罪の重さに、初めて気付く。




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