▼ 嫌悪
「ホール」というのは、大人数を収容することのできる、中央にステージを設置してある会場のことだ。ヴィクトールとヘンゼルが来た時には、すでに多くの人で賑わっていた。二人が訪れたのは、ホールの上部に設置してある特別席のあるところ。高い所に位置しており、ホール全体を見渡すことができる。
「そろそろ立てそうかな?」
「ん……」
ヴィクトールからおろされて、ヘンゼルは目の前の柵に捕まる。若干ふらついてはいるが、ちゃんと自らの力で立つことができた。ヴィクトールはそれを確認すると、するりとヘンゼルの首に首輪をつけて、柵と繋いでしまう。
「僕はここから離れるから、逃げたりしないように」
「え……」
「ねえ、ヘンゼルくん」
柵と繋がれてたじろぐヘンゼルに、ヴィクトールはにこりと笑いかける。そして、つ、と背中をなぞった。
「んっ……」
「からだ、まだ熱い?」
「……っ、」
ヘンゼルはかっと顔を赤らめて、弱々しくヴィクトールを睨みつける。しかし、全然迫力ないなぁ、とヴィクトールは笑うばかり。自分の腕と、柵の間にヘンゼルを閉じ込めるような体勢をとると、彼の耳元に唇を寄せて囁く。
「……今夜、セックスしよう」
「……は、」
「意味わかるよね? 昨日とは違う。君とひとつになりたいって言っているんだ」
「……、……えっ」
ヘンゼルは一瞬眉をひそめてジロリとヴィクトールを睨んだかと思うと、たちまち顔を真っ赤にした。言葉の意味を理解するのに時間がかかったという風だ。
咄嗟に拒絶の言葉を吐こうとしたヘンゼルだが、それはかなわなかった。ヴィクトールに、抱きしめられたのだ。
「……本当はもうちょっと先の予定だったんだけど、調教の計画的には」
「……」
「……でも、君のことを抱きたくて堪らない。ひとつになりたい、君と」
ヴィクトールの腕のなかで、ヘンゼルはただ目を白黒させるばかりであった。彼の言っていることの意味がさっぱりわからない。ただ欲情しているだけじゃないか、そう一蹴することもできた。しかし、それができない。
声に帯びている熱。掠れた吐息。熱い彼の肌。
ヴィクトールから感じるそれらに、なぜかヘンゼルは胸がぎゅっと締め付けられるような感覚を覚えた。手を拘束されているわけでもないから彼を突き飛ばそうと思えばそうできたのに、それすらもできなかった。
「……今まで……俺の意志なんて聞かなかったくせに……今更なんだよ」
「……いい? ダメ?」
「……だから、っ、」
嫌だ、って言えばいい。なぜ言えない。ヘンゼルのなかでぐるぐると、何かが回る。
「……なんで、聞くんだよ」
「どうして答えられないの」
「昨日みたいに無理矢理ヤればいいだろ! いちいち俺に聞くな!」
「無理矢理が嫌だから聞いているんだよ」
「はぁ……っ!?」
ヘンゼルは思わず顔をあげてしまった。そうすれば、バチリとヴィクトールと視線が交わってしまう。ああ、しまった……この目、苦手なのに。頬を撫でられ、そしてヴィクトールが目を細めた瞬間に、ヘンゼルは顔をあげてしまったことを激しく後悔した。
「……そんなに言いづらい?」
「……」
「……じゃあ、いいなら目を閉じて。嫌なら、僕を押しのけてくれて構わない」
「え……」
なんだよ、なんなんだ。わけがわからない。まるで、俺の心を尊重するかのような、
混乱するヘンゼルの顔に、影がかかる。
――いいなら目を閉じて。
――嫌なら押しのけて。
「――……」
あと数秒。数センチ。早く決断を。なんで迷う。はやく、押しのけろ……!
「……、」
唇が、重なる。
時が、とまる。ホールは騒がしいというのに、その音すらも聞こえてこない。触れるだけのキスに、全身の感覚が支配された。
自分の鼓動だけが聞こえてくる。触れた唇から、この鼓動の高鳴りがヴィクトールに伝わってしまうのではないかと、ひやひやした。ぎりぎりと、心臓のあたりが苦しいから……早く、離れてほしい。
「……ヘンゼルくん」
長い長い、そんな気がしたキスを終えてそっと離れていったヴィクトールは、どこかホッとしたように微笑んだ。
「あ……」
それをみた瞬間、ヘンゼルのなかで何かがストンと落ちる。
――抱かれても、いいかも。
「ちっ……違う!」
「うわっ」
一瞬浮かんだ恐ろしい考えに自分でビックリしたヘンゼルは、衝動的にヴィクトールを突き飛ばした。驚いたような表情を浮かべるヴィクトール、そんな彼の表情が珍しくてまた胸がズキリと痛む。
「い、まのは……ちょっと、判断が鈍っただけで……」
「……ふうん?」
「べ、べつに……抱かれてもいいかなとか、そんなこと思ってなくて、」
「……あっは、そうかそうか」
しどろもどろに言い訳を連ねるヘンゼルを、ヴィクトールはケラケラと笑ってみせる。全部見透かされたような気がして、ヘンゼルはもう何も言えなくなってしまった。じとっと彼を睨みあげることしかできなかった。
むすっとした顔。そんなヘンゼルを見つめるヴィクトールの表情はどこか優しげだった。耳をくすぐるような笑い声を漏らすと、そっとヘンゼルの髪を撫でる。
「今日の夜」
「……っ」
「……楽しみにしてる」
じゃあね、そう言ってヴィクトールは踵を返し、ホールから出て行ってしまった。
「……意味わかんねえ」
彼が完全に扉から出て行ったことを確認すると、ヘンゼルはその場にずるずると座り込んだ。
「楽しみにしてて」じゃなくて、「楽しみにしてる」なんて言って。嬉しそうに笑ったりなんてして。
「……なんなんだよ」
ヘンゼルは膝を抱えて塞ぎこむ。弟を見ていて、絶対に自分は男に抱かれる側の人間になんてなりたくないと思っていた。そういうことをしている人たちを、軽蔑すらもしていた。それなのに、今の自分はどうだろう。抱かれることを拒絶する権利を与えられたのに拒絶しなかった。まるで、抱かれてもいいと、むしろ抱かれたいと、そんなふうに。
いやだ。いやだ。
自分が壊れていく、堕ちてゆく。今までの人生がすべて、汚れていく。こうして自分が歪んでいくことを嫌だと思っているのに、今日の夜、ヴィクトールに抱かれてしまうのだということを考えると、どこか浮ついてしまう自分が恨めしい。
だって、気持ちいいから、飛んでいけそうになってしまうから、彼の体が熱いから。
「ヘンゼルく〜ん! どうしたのそんなところに座り込んじゃって」
「……ヴィク……じゃない、おまえ」
「ちょっと〜そんな露骨に嫌な顔しないでくれよ。私のこと嫌い?」
鬱々とヴィクトールのことを考えているヘンゼルの頭上から、ひょうきんな声が降り注ぐ。ヴィクトールが戻ってきたのかと思って弾かれたように顔をあげたヘンゼルは、ソコに立っていた人物に顔を思い切りしかめた。
へらへらと笑ってヘンゼルの隣に立った男は――ドクター。ヘンゼルがここに来て初めて出会った、改造人間を扱っていた人物。ろくな思い出がなかったため、ヘンゼルは彼との距離をとろうと人一人分ドクターから離れる。
「えっ、ひどくない、そんなにさけないでよ」
「……近寄るな気持ち悪い」
「傷つくなァ〜! まあ、いいや。団長からの言伝だ。キミにお菓子の家のルールを説明してあげよう!」
「……ルール?」
そのとき、ワッとホール全体が歓声で満ち溢れた。驚いて振り返ってみれば、ホールの中心にあるステージがライトに照らされ、その中心に人が立っている。
「Ladies and gentlemen! 今宵の僕たちのパーティーをどうぞ楽しんでいってネ!! 一緒に素敵な夜を過ごしましょう!」
「――ヴィクトール!?」
ステージに立っていたのは、少し前まで自分の側にいた、ヴィクトール。しかし、道化師の化粧済み。ヘンゼルは衝動のままに立ち上がって、柵から身を乗り出してステージを見下ろす。
「ヘンゼルくん、キミはこれからあのステージに立ってパフォーマンスをする「ドール」になる。だから、「ドール」というものが一体どういうものなのか、その目でみてもらうよ」
「……ここのステージでのパフォーマンスっていうのは……俺達の町で開いたサーカスとは全く違うんだろ」
「そう、このホール……っていうかお菓子の家自体が地下にあってね。結構アングラなショーで、大々的には告知されていない。キミが知っているサーカスとはまるで違うショーだ」
「……」
ホールに集まっている人々は、金持ち風の装いをした者や堅気ではなさそうな者ばかりだ。金を持て余してこんなところに来ているのかと思うと、あまりいい気分にはなれない。ヘンゼルは前から聞いていたトロイメライの催すショーについての悪評を思い出す。……見世物小屋、と言われているのだ、きっと奇異な姿をした者が「パフォーマンス」をするのだろう。
どこか冷めた気持ちで、騒ぎ立てる人々を見下ろす。自分と接するときとはあまりにも雰囲気の違うヴィクトールにも驚きっぱなしだ。あの甘ったるい声は嘘のように甲高い阿呆のようなものに変わり、動作もまさしく道化者。あそこまで演じることが上手いのかと、思わず感嘆してしまう。
「ほら、始まる。まずはオープニングアクト。……キミがはじめになる予定だったドールのパフォーマンスだ。メインのショーの前の前座として行われるヤツ。みてて……ほら、」
「……!」
ステージのわきから、ゾロゾロとバニーガールに連れられて「改造人間」が現れる。それを見た瞬間、ヘンゼルは思わず目を逸らしてしまった。
……あまりにも人間離れしたその姿。ムカデのようにたくさんの脚が生えた這うように歩いている者、だらりと足元垂れる長い首を持った者……あれが元々は自分と同じように五体満足だった人間で、無理な改造をされた末の姿だと思うと、あまりの不快感に吐き気すらも催した。
気持ち悪さにぐるぐると視界は回っているが、パフォーマンスは続いている。歓声に混じってチャリンチャリンと何か硬いものがぶつかり合うような音がしてハと顔をあげたヘンゼルは、呆然と目をみはる。
ステージの上で歪に蠢くドール達に向かって、観客が金を投げつけて笑っている。手を叩き、ばかにするように大笑いしながら、コインを投げるのだ。
「……あれは、なにを」
「素晴らしいと思った役者にはチップを。それがこの世界のルールさ」
「……どうみてもアレは違うだろ! ああやって……自分たちとは違うかたちをした人間を、笑って、バカにして……あんな、」
ヘンゼルはあまりの憤りに涙すらも出てきた。なりたくてあんな姿になったわけではないのに。それなのに、あんな風に見世物にされて、あげくお金を投げつけられて笑われて。隣にいるドクターにつかみかかりたい衝動を抑える。ドクターだけが悪いのではない。ここにいる人間すべて、あのステージに立つ人たちの人権を否定しているのだ。
「……あ」
「あちゃー!」
ギラギラとコインが光を反射するステージの上で、改造された人間が一人、いきなり痙攣を起こしたかと思うと血を吐いて倒れてしまった。脚が大量に生えた人間だ。バタバタと激しく脚をバタつかせて、脚と脚を絡めたりして、激しく暴れている。まるで壊れた人形のようなその様子に、ヘンゼルの背筋が凍りつく。
「おっとこれはこれは失礼! こちらのお人形は不良品だったみたいダ!」
そんな苦しげに暴れる改造人間にヴィクトールはひょこひょこと歩み寄ると、パチンと指を鳴らす。そうすると、トンカチをもった道化師が現れる。
「修理をしないといけませんネ! ではミンナで歌いましょう! リズムに合わせて修理していきマース! Now we dance looby, looby, looby Now we dance looby, looby, light.Now we dance looby, looby, looby,Now we dance looby, looby, as yesternight.〜♪」
ヴィクトールが陽気に歌い出す。そうすると、まずはステージに立っていたバニーガール達、トンカチをもった道化師が首をゆらゆらと振りながら一緒に歌う。そして、それを見た観客。音頭をとられ、つられたように笑いながら歌う。
そして、
「――やめろ!」
その歌に合わせて、道化師がトンカチを改造人間に振り下ろした。何度も、何度も。リズムに合わせて。
叩く場所によって、硬い音がしたり、柔らかい音がしたり。人を鉄で殴るとあんな音がするのかと、寒気が走る。思わず叫んでしまったあと、ヘンゼルはショックのあまりずるずるとしゃがみこんでしまった。
「人が殺される場面っていうのはあまりお目にかかれないからね。結構人気なんだよ」
「……頭おかしいんじゃねぇの」
「そう? 人ってそういうものでしょう? イケナイことが大好きだ」
なんで、誰も嫌な顔をしないで笑っていられるのか。そういう人が集まる所なのか。オカシイじゃないか、こんなの。様々な想いがこみ上げてきて、ただただ唇から嗚咽が漏れる。
「ハーイ! 不良品の処理は終了しました〜! お見苦しいところを見せちゃってゴメンネ!」
ヴィクトールの声は相変わらず陽気で。人殺しの命令をしたような男のものとは思えない。再び改造人間たちが踊りだせば、コインの音が鳴り響く。
耳を塞いで、目を閉じて、ただ、はやく終わってくれと祈ることしか、ヘンゼルにはできなかった。
「さてさてここからは、メインステージだヨ〜! 皆さんおまたせいたしました〜! なんと今日は新人のドールが!」
しばらく塞ぎ込んでいたヘンゼルの耳に、ヴィクトールの声が入ってくる。また、なにか悍ましいことをするのか。恐る恐る顔をあげてみれば、先程までいた改造人間は既にステージからはけていた。
「……!」
しばらくすると、ガラガラと音をたててステージの脇から何かがでてくる。
「うわ……」
それは、華美な装飾の椅子に拘束された、裸の少年だった。大きく開脚するようにして脚を固定されていて、上半身は紅い縄で縛り付けられている。腕だけは自由にされているが、少年はくたりと背もたれに頭を預けて動こうとしない。
「……悪趣味……あれ、何するつもりだよ」
「あれはねぇ、とても美しい二重奏を奏でてくれるんだ」
「は? デュエット?」
「もう一体、いる」
「……?」
もう一体、ドクターがそう言うと同時に、少年がでてきた方とは逆のステージの端からまた一台、椅子がひかれてくる。
「……あ、れは」
そこに括りつけられている少年をみたヘンゼルは、柵から身をのりだして叫んだ。
「――椛!」
――その少年は、間違いなくヘンゼルの弟・椛だった。椛も先にでてきた少年と同じように、全裸にされて椅子に括り付けられている。
「さぁこちらのグレーテルちゃんは、新人ドールです! 初回で勝つのは難しいカナ? でも皆さん応援してあげてくださいネ〜!」
「勝つ?」
「このショーは一種のゲームみたいなものだ。あの二人の少年で戦って、その勝敗を見守るのがまた面白くてな」
「戦うって……何をして?」
ヘンゼルがヴィクトールとドクターの言っている言葉の意味がわからずにいれば、二人の少年の間に一人のバニーガールが立つ。
「ハァイ! それでは注入〜!」
「ゲッ、なんだよアレ……」
バニーガールの手にあるものに、ヘンゼルは目を白黒させた。見覚えがあるようでないもの。一本のデコボコとした太い棒のようなものの両端に、亀頭がついている。……所謂、双頭バイブというものだった。今朝バイブで虐められたばかりのヘンゼルはそのグロテスクな物体をみて身震いをしてしまう。
二人の少年の距離が縮められる。無抵抗の二人は、大きく開いた秘部を向かい合わせにされても動こうとはしなかった。バイブの先端が、二人のアナルに近付けられる。
「あの二人で「イかせ合い」をするんだ。あのバイブと、あとフリーの手をつかって」
「……はぁ」
「ちなみにあれ、ステージにあがる前に強力な媚薬をいれられているから、相当敏感な体になっている。先に失神したほうが負けだ」
「……イって失神とかすんの?」
「私特製の媚薬をなめないで〜!」
「……へぇ」
ドクターの話を聞いているヘンゼルの様子は「ドン引き」といったものだった。全身の血がひいていくような悪寒を覚えて、口元もひきつってしまう。何が面白くてこんなものをここにいる客は見に来ているというのか。
「……っていうか、ステージにあがっている……ドール?もそんなこと本気でやったりするの?」
「もちろんさ。負ければペナルティ、勝てばポイントがもらえるからね」
「……は?」
「……ヘンゼルくん、私はこのことを説明するためにここにいる。ここからよく聞いて欲しい。キミも、あそこに立つことになるのだから」
ドクターはステージを指さして言う。
「あのショーに出るドールは特別だ。このショーで勝ちポイントと負けポイントを得ることができる。一回のショーにつき、勝ちか負けを1ポイント得ることができるんだけど……勝ちポイントを100点貯めればどんな願いでも私達が叶えてあげる、負けポイントが10点溜まってしまえば……殺処分だ」
「殺……処分!?」
「そういう条件でもつけなければ本気でやってくれないだろう? あ、ちなみに殺す方法は改造人間のエサになってもらうって形ね。まあでも、私が言いたいのは負けたときの話じゃなくてね」
「え……」
「君がドールになって、あの舞台で本気で戦って、100ポイントとれば……君はなんでも願いが叶う。グレーテルくんとここから逃げることができるんだよ」
「……っ!?」
誰がドールになんてなるか、あんな辱めをうけてたまるか、そう思っていたヘンゼルの心が、ここで一気に揺らいだ。椛を確実に救いたいのならば……早いところドールとして認めてもらい、あの舞台にたって、「ショー」をしなければいけない。
「……椛も、俺と同じようなことをされて、ドールとして認めてもらってあの舞台に立ったのか?」
「グレーテルくんは、もともと体を売って商売していたでしょう? 抱かれるための体はできあがっていたし、相手を悦ばせる術もある程度身についていた。結構すんなりドールになったかなぁ」
「……椛の、願いは?」
「君と同じだよ。君と一緒にここを逃げること……なんだけど、それは叶うかねぇ」
「?」
「ショーを見てみればわかるよ」
再びショーに目をやれば、二人の少年のアナルにバイブを挿しているところだった。ヘンゼルに使われたものとは比べものにならないくらいに太いそれは、ずぶずぶと躊躇いなく少年の中に入っていく。
「ひゃあぁあっ!」
「んっぁああっ!」
がたがたと身体をひくつかせながら弓なりに体を反らせる少年2人を気にもせず、少年の座る椅子をバニーガールたちが押していく。やがて、アナルはずっぽりとバイブを呑み込んで、2人は大きく開脚した秘部同士を密着させた。
「椛、あれ大丈夫なのか……?」
異常としか思えない光景に目眩すらも覚えながら、ヘンゼルは椛のただならぬ様子が気になった。天井を見ながらぼんやりと目を見開き、ビクンビクンと細かい痙攣を繰り返している。
「ハァイ! 準備は整いましたネ!? ではではいよいよショーのスタートです! Ready〜GO!!」
「ひゃあぁあッ!」
「ふぁっ、ぁあぁ!」
バニーガールがバイブのスイッチを入れると、二人が同時に啼きだす。身体を反らせれば股間が相手に強く当たってよけいにバイブが奥に入り込む。そして、また啼く。しばらく二人はもじもじと身体を動かしてくねらせて、バイブの刺激に耐えていた。
しかしやがて、椛ではないほうの少年が、ぐっと身体を起こす。
「はぅっ……!」
突然相手が身体を起こしたためにバイブが大きく動いてイイところに当たってしまった椛は、大きく身体を震わせて喘いだ。相手の少年は、快楽で涙目になりながら、身体を反らせている椛の両方の乳首をつまむ。そしてぎゅうっと強く引っ張りながらぐりぐりと指先をこすり合わせるように乳頭を刺激してやった。
「ふぁ、ぁああっ、やあッ……!」
椛はアナルと乳首両方に与えられる快楽に為す術もなく、ただひんひんと啼くことしかできない。そうしているうちに、相手の少年がゆっくりと腰を引いて行く。そしてある程度引いたところで、思い切り椛の尻に自分の股間を突き付けた。
「あぁッ!」
「んひゃあっ……!」
双頭バイブということで相手に腰を打ち付ければ自分にも快楽がかえってくる。相手の少年は椛を突いた瞬間に、自分も啼いた。
「あっ、ああっ、あ、あ、」
「ひぃ、んん、やぁっ……」
少年はかくかくと身体を揺らし、椛を責め続けて、そして自分も喘ぐ。椛は抵抗も出来ずにただ、大袈裟なくらいの嬌声をあげ続けている。
「……椛、なんでなにもしないんだよ? っていうか……なに、あれ?」
「だから言ったでしょう? 椛くんは100ポイントなんて到底とれっこない。あのとおり、勝つことなんてできないから」
「……勝てない?」
「身体が敏感すぎて、責められたらもう責め返せないんだよ。されるがまま。ありゃあ負けポイント10点もあっさりいっちゃうかもなぁ」
「えっ……10点ってたしか」
「そうだよ。負けが10点で殺処分。だからね、ヘンゼルくん。君はグレーテルくんが10回負ける前にドールになって100回勝たなきゃだめだよ」
「は、はぁ!? 無理に決まってるだろ! そもそも普通に考えて椛が10回負ける前に俺が100回あれに出ることすらできねぇだろ」
「それは団長が考慮してくれるって言ってたねぇ。君、団長のお気に入りだから」
「……っ」
ヘンゼルはぐっと押し黙る。ステージの上の常軌を逸した交わりをみつめ、目眩を覚える。
「あっ、あっ、あっ、あっ、」
賑わう観客、異常なステージ。今にも気絶しそうな椛を、ヘンゼルは震えながら見下ろす。椛が自分のためにあんな痴態を晒しているのだと思うと、胸が苦しくなった。そして同時に、自分もあれと同じことをしなければいけないのかと頭が痛くなる。
もともと自分に拒否する権利はない。しかし、椛を救いたいのならば、自ら積極的にドールとなりあのステージでパフォーマンスをしなければいけない。積極的に、やれと。男に抱かれ、身体がそれに慣れるように自ら性行為を悦んでやれと。
「……ッ」
唇を噛み締め、絶望感に打ちひしがれた、そのとき。ホール全体が歓声に満ちる。
「あ……」
「あー、あー、負けポイント1点、だね」
椛が、ぐったりと椅子の背もたれに身体を預け、細かく痙攣している。相手側の少年が目をひん剥いて喜びの声をあげる。
「勝者は〜マイケルくん〜! おめでとう! 皆様拍手!」
ショーが始まってから数分。あっさりと負けポイントを得てしまった椛。これは椛が10点獲得してしまうのは、時間の問題だと、ヘンゼルも理解する。
「今夜も団長に抱かれるんでしょう? もっと積極的にエッチに取り組みなよ? そうしないとドールにはなれないよ」
「団長……」
そうだ、今夜もヴィクトールと。ステージの上でおどける彼を見下ろす。
「……あいつに媚を売ってケツ振れってか。糞食らえだな」
「……?」
どこか陰鬱に吐き出したヘンゼルを、ドクターは不思議そうにみつめた。もっとキャンキャンと反抗すると思ったのに、思い悩んだようにそう言ったヘンゼル。
そう言ったきり塞ぎこみ、何も言葉を発さなくなってしまったヘンゼルは、ショーが終わるまで再度ステージをみることはなかった。
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