アリスドラッグ | ナノ


▼ 闇夜に花は咲く



「椛、無事なんだろうな。変な薬使ってあんなことになってたけど」



 夜になり、部屋で待機を命じられていたヘンゼルは、ヴィクトールが入ってくるなり目も合わせることなく問う。抑揚のないその声からは、明確な拒絶の意思が現れていた。その理由を察した――いや、そうなることを予想していたヴィクトールは、動じることなく答える。



「無事さ。さっき目を覚ましたと報告をうけた。しばらくショーにはでない」

「そう」



 ヴィクトールがベッドに座るヘンゼルの隣についても、ヘンゼルは顔を合わせようとしない。



「さっさとしろよ」

「え?」

「セックスするんじゃないの」

「……っ!」



 俯きながらヘンゼルが発した言葉に、ヴィクトールは酷く動揺した。初めてヘンゼルから誘ってきたというのに、彼との距離は今までで一番遠いような気がした。……当たり前だ。彼はあのサーカスをみたのだから。

 ヘンゼルはサーカスをみて、ヴィクトールがこのトロイメライ――見世物小屋の団長だということを、改めて知った。それまでトロイメライが見世物小屋だということは知っていても、あのような下劣なショーをする組織だとは知らなかった。改造人間をみた時点では、ただ自分へ降りかかる脅威に怯えるばかりでその組織の卑劣さを感じることはあまりなかった。だから、ヴィクトールをそこまで嫌悪することはなかった。むしろ、強い恐怖を感じたあとにあそこまで優しくされて、心を開きかけてしまった。



「ヘンゼルくん、」

「ドールになるには? どうすればいい? 俺が自分から誘えばいいか、俺がノリノリでケツ振ればいいか、どんなセックスすれば満足する! 言えよ、その通りにやってやるよ!」



 こんな下衆に、心を開こうとしてしまった自分が憎たらしい。

 しかし、どんなにヴィクトールへの嫌悪が募っても、ドールにならなければ椛は救えない。ヴィクトールに抱かれることは避けられない。状況は変わらない。ヘンゼルはもはやヤケになってヴィクトールに迫ったのだった。



「……ヘンゼルくん、君は、」



 ……こうなることはわかっていたが。ハッキリと拒絶の意思をみせられて、どこか、胸が痛んだのを感じ、ヴィクトールは戸惑う。ドールから恨みを買うことなんて、日常茶飯事、今更傷つくことなんてないはずなのに。



「君はなにもしないで」



 それなのに、これ以上ヘンゼルから拒絶されるのは怖かった。そんな自分の心を知ってゆくのも怖かった。ならば、



(僕の気持ちを、ただ受け止めてくれよ)



 拒絶の隙なんて、あたえない。



「……っ」

「ヘンゼルくん、まずは挿れられることだけに慣れればいいから」

「あっ……」



 ヴィクトールはヘンゼルをうつ伏せに押し倒す。そして、服を脱がせてやると、臀部を持ち上げた。ヘンゼルは抵抗もせず、ただシーツを握りしめてこの行為の終わりを待っている。



「……もうちょっと、力を抜いて。痛いことはしないから」

「……」

「うん、そう……いい子」



 手の甲が白くなるほどに力をこめてシーツを握りしめていた手から、力が抜ける。それを確認すると、ヴィクトールはヘンゼルの全身を撫で始めた。手のひらをつかって、腹部から鳩尾を辿り、胸元へ。ゆっくりと胸部を円を描くように撫で回すと、わずかにヘンゼルの身体が跳ねる。



「ここも……感じるようにならなくちゃね」

「……どうやって」

「覚えるんだよ、ここが気持ちいいところだって」



 そう言ってヴィクトールはヘンゼルの背中に唇を寄せた。ヘンゼルの性感帯である、肩甲骨にキスを落とす。音を立てながらキスを繰り返し、指先で乳首を弄んだ。



「あっ……、ん、……ッ、は、」



 やはりヘンゼルは肩甲骨がだいぶ弱いらしく、ヴィクトールがそこにキスを始めると早々に身体を揺らし始めた。吐息を徐々に荒げていき、時折甘い声が漏れ出してしまう。



「……う、ッ」



 背中にヴィクトールの唇を感じるたびに、ゾクゾクと甘い電流のようなものが全身に走る。微かな彼の吐息が耳を掠めるたびに、身体の芯が熱くなってゆく。

 ああ、煩わしい。

 たしかにトロイメライの悪行には吐き気を催す程の嫌悪感を覚えていて、その頭であるヴィクトールは許せないと思っているのに。こうして触れられると、どうにも心が揺らぐ。もっと触れて欲しいと思う。相反する二つの感情が放つ火花が、鬱陶しい。



「……は、ぁッ、」

「ヘンゼルくん、」

「……呼ぶな! 俺の名前、呼ぶな……」

「……っ」

「おまえは、ただ……俺の身体弄ってればいいんだよ、名前を呼ぶ必要なんてないだろ!」



 これ以上、心を揺らさないで。



「……あっ……!」



 ゾク、頭の中が真っ白になる。シーツに額を押し付け、歯を食いしばり、与えられる刺激に必死に耐え、そうしている間にも全身が熱くなってくる。そうだ、こうして無理やり快楽を与えられているから心も引っ張られているだけ、ただの人間としての本能だ、ヴィクトールに触れてほしいなんて、そんなわけがない……誰が相手だって、きっと……



「……ヘンゼルくん」

「……っ、呼ぶなって……」

「どうして」

「不快だからだよ! おまえに名前を呼ばれると……胸が苦しくなる」

「……ヘンゼルくん」

「うっ、」

「こっちを見て言って……僕の目をみて」



 ぐい、と頭を掴まれて無理やり振り向かされた。首が痛い、そんな文句を与える隙も与えてくれない。……いや、隙があったとしても、そんな言葉はでてこない。その紅い瞳と目が合った瞬間――ヘンゼルは何も考えられなくなってしまったから。



「……ヘンゼルくん、僕に名前を呼ばれるのが不快なんだって? じゃあ、言ってみてよ、僕のことが嫌いだって、僕の目をみて」

「……っ、」

「……言えない? ……じゃあ、僕から言ってやろう――目を、逸らすなよ」



 後頭部を鷲掴みされ、吐息がかかるほどに詰め寄られる。息をすることすらも忘れてしまいそうになった。まばたきも、できない。



「――ヘンゼルくん、僕は……君が欲しい」



 ガツン、一瞬何かに殴られたのかと思ったが錯覚のようだ。何も言葉が浮かばない、糾弾してやろうと思っていたのにその言葉すらもでてこない。胸のなかで湧き上がる想いは、彼への嫌悪感とは程遠く。

 そのまま唇を奪われて、抵抗できなかった。自然と目を閉じてしまって、彼の口付けを受け入れる体勢に入ってしまったのはなぜか。ねじ込まれた舌に咥内を犯されることを心地好いと思ってしまったのはなぜか。頭のなかがまるで麻痺したように思考は停止する。舌を引き抜かれる瞬間に思わずそれを追いそうになってしまって、ハと目が醒める。



「……ヘンゼルくん、答えは?」

「……ならねえよ……俺は……おまえのものなんかにならない。こうしておまえに組み伏せられているのは、ここを抜け出すためだ……おまえに心を許したわけじゃない……」

「……そう。……じゃあ続きしようか……今日は最後までだよ、君は僕とひとつになる」

「……っ」



 ひとつになる、そう言われてくらりと目眩がする。彼の熱をなかに挿れられて、身体を揺さぶられて、抱きしめられることを瞬時に想像してしまったから。ああ、本当に抱かれてしまうんだ、ヴィクトールに……ヴィクトールに、この身体を女にされてしまう。

 あるはずのない子宮から蜜が溢れだすような。女のように抱かれることに屈辱を感じていたのに、背徳感を覚えていたのに、今、そうされてしまうことを期待してしまうこの身体は。



「あっ……、ちょ、っと……! やめ、」



 後孔にぬめりを感じる。ヴィクトールが今から自身を挿れる穴をなめているのだ。ヘンゼルが羞恥を覚え抵抗したのは一瞬だけ。太ももを伝う唾液を愛液と錯覚してしまうほどに、すっかり思考を支配されてしまっていた。男であるプライドも、抱かれることへの嫌悪も、すべて壊れてしまっていた。なにが自分をそうさせたのかはわからない。しかし、「欲しい」と言われたそのとき、自分がヴィクトールのものになってしまうという未来に、違和感を覚えなかった。



「ん、……ん、」



 きゅんきゅんと穴が動いているのが自分でもわかる。いやらしい気持ちになってきて、ヘンゼルは目を閉じて自ら腰をヴィクトールに押し付けるように揺らした。

 焦らさないで、もっと奥を、奥のほうを触って……



「あぁっ……」



 まるで心を読まれたように、絶妙なタイミングでヴィクトールの舌が中に入り込んでくる。身体は歓喜に震え、唇からは惜しみなく甘い声が漏れ。そうすると、もう、止まらない。



「……ぁ、ッ、あ……」



 ヘンゼルの揺れる腰にヴィクトールの心が高揚する。もっと淫らに、もっといやらしく。身体を開いてゆくことの快楽。もっともっと変身させてやる、堕としてやる。わざと激しく音をたててなかを抉るように舌を動かし、徐々にヘンゼルの理性が壊れてゆく様子を感じては、たまらない幸福感を覚えた。



「……ヘンゼルくん……自分で、胸、触って」

「……ッ!?」

「僕はここを責めてあげるから……ヘンゼルくんは自分で胸を虐めるんだよ」

「な、にを……」



 あまりにもはしたない要求に、ヘンゼルは固まった。しかし迷っている間にもヴィクトールはすぐにまた後孔を責めだし、やらざるを得ないのだとヘンゼルは唇を噛む。



「……胸で感じるようになってよ」

「……そんな、……ッ、あ、」

「女の子みたいに……そこを弄られていやらしい声をあげるようになって。そうしたら僕がそこをいっぱい触ってあげる。いっぱいしゃぶってあげる。男の子なのにそこでイケる淫らな身体になって、僕に毎日毎日抱かれて僕とのセックスのことしか考えられなくなって」

「……っ、」



 快楽に犯された身体に、ヴィクトールの言葉。これ以上の快楽を、ずっとずっとヴィクトールに与えられて、彼の腕のなかでイき続ける日々。考えただけでおかしくなりそうだ。

 ぎゅっと目を閉じて、その妄想を振り切るように大きく息を吐く。くちゅくちゅと自分の穴から聞こえてくる音に耳が犯される。余計な雑念はもう生まれない、ただヴィクトールによって与えられる悦のみが脳内を支配する。恥ずかしい、その思いは被虐心へ掛け算となって、恐る恐る指で胸でツンと強調されるところに触れれば、溜息のような熱い吐息が溢れてしまう。



「……は、ァっ……」



 なんて滑稽なことをしているのだろう。沸々と湧き上がる羞恥心は、なぜか指を止めようとしてくれない。指先でくりくりと乳首を刺激すれば、じわりと頭のなかがなにかで満たされる。刺激自体は大きなものではないのに、胸を触っているという状況に興奮してしまう。



「……ヘンゼルくん……今の君、すごくいやらしくて、可愛い……」

「あ、ぁっ……しゃべん、な……」

「ほら……もっと、自分の身体を虐めてごらん。そんな遠慮がちに触ってないで……もっと強く摘んで、引っ張って」



 じわりと瞳に涙が溜まる。自分で乳首を触るなんて、惨めな気持ちになる。それでも、ヴィクトールに穴を責められていると、そんな自慰への嫌悪感が薄れていく。ヘンゼルは言われたとおりに、ぎゅっと乳首を引っ張りあげ、ぐりぐりと指先をこすり合わせるように強めに刺激した。自分は何をやっているんだろうと思いながらも、指が止まらない。ヴィクトールに与えられる刺激に身悶えながら腰を揺らし、こうして自分で乳首を慰めて……ひどくいやらしいことをしているという意識が甘美な痺れと変わってゆく。



「すごい……ヘンゼルくんのここ、女の子みたいになっている。すっごく欲しそうに疼いているし、僕が舐めたからとろとろ」

「言うな……」

「……はやく挿れたい、はやく、ヘンゼルくんのなかにはいりたい」

「……ッ、」



 ヴィクトールの声に混じる熱。僅か冷静を欠いたように、欲望のままに後孔を責め出す舌。もう限界に近いヘンゼルの理性を煽ったのは、彼が自分を求める欲望。



「……じゃあ、さっさと挿れればいいだろ……!」

「……だめだよ、そうしたらヘンゼルくんが辛い」

「知らねぇよ! 俺に気なんてつかうな!」

「……だめ、ヘンゼルくんも気持ちよくならないと」



 そう言ってヴィクトールはしつこく舌でそこを解す。もう、それはいいから……そんな入り口のほうばっかり責めないで、奥が熱いから……ふつふつとこみ上げてくる想いは、言えない、言えるわけがない。快楽でぐずぐすになった瞳をシーツでぬぐいながら、耐えるしかない、待つしかない。



「ヴィクトール……!」

「……!」

「……ヴィク、トール……」



 ただ名前を呼んで、彼が気付いてくれるまで。



「んんっ……!」

「……、」



 急に強く舌を押し付けられて、ヘンゼルの身体はビクンと跳ねる。そのまま乱暴にぐりぐりと舌をねじ込まれて、ヘンゼルの口からは壊れたように嬌声が漏れてしまう。



「……あのね、ヘンゼルくん」

「あっ、あぁああ……!」

「……あんまり、煽らないで」



 ぐちゅぐちゅと激しい水音が厄介。この音と共に聞こえてくる甘い声をもっと奏でたくて、ずっとこうしていたいという気持ちが湧いてくる。しかし、それよりも勝るのは、すっかり主張した欲望を、この中にぶち込んでやりたいという気持ち。ヴィクトールは起き上がると、ヘンゼルの身体を反転させる。ぐったりと横たわりながらヴィクトールを見上げるヘンゼルの顔はすっかり蕩けていて、淫靡な薫りをはなっていた。



「……ヴィクトール……?」

「けっこう、我慢していたつもりなんだけど」

「え……」

「みてよ」



 ヘンゼルは促され、ゆっくりと身体を起こすと、ハッと顔を赤らめる。ヴィクトールのそそり立ったものが視界に入ったから。これから自分の中に入ってくるものに、ドキリとしてしまったから。



「ヘンゼルくんの声聞いてるだけでこれ」

「……、」

「あんな風に名前を呼ぶのは、卑怯だよ……もう、僕も限界」



 細められた赤い瞳は汗に濡れ。理性によって押さえつけられた欲が放つのは、あまりにも目に毒な色香。それが自分に向けられたものなのだと思うと、全身がゾクゾクとしてくる。



「あ……」



 覆いかぶさるようにヴィクトールがヘンゼルの身体の両脇に手をついた。ヘンゼルのヴィクトールの悪行への嫌悪感などいつの間にか吹っ飛んでしまった。これから抱かれることへの期待で頭はいっぱいだ。熱を汲んだ瞳に見下ろされ、心臓の鼓動がバクバクと高鳴ってしまう。あがってくる息のせいで苦しくて、くらくらと視界が歪んでくる。



「だめ、」

「……今更、どうしたの?」

「待って、……やっぱ、むり、」



 胸が苦しい、痛い、このまま抱かれてしまったらどうなるのだろう。こうして見下ろされただけでも、こんな状態だというのに。



「……緊張してるの?」

「……ちが、」

「心臓、すごいね……どうしよう、僕までドキドキしてきた」



 ヴィクトールがヘンゼルの胸に手をあてて、笑う。……ああ、もうだめだ。抱かれたい、この人に抱かれたい。ヴィクトールのその笑顔は、ヘンゼルの全てを決壊させてしまう。。

 ヴィクトールのものの先端が、すっかり柔らかくなった入り口に触れる。ぴくりと身動いだヘンゼルの頬を、ヴィクトールは優しく撫でた。乱れた髪を整えて、耳にかけてやる。それは心地好いようなもどかしいような。不思議なむず痒さにヘンゼルはまた息苦しさを覚える。



「……は、」

「すごい、僕を中に誘っているみたい。先が触れているだけなのに、ヘンゼルくんのここ……きゅうきゅう動いている」

「……だから、いちいち、言うな……」

「恥ずかしい? ヘンゼルくんも言ってみて? 僕の、どんな感じ?」

「えっ……」



 ぐ、とヴィクトールはヘンゼルと顔の距離を縮め、意地悪に笑った。何を聞いているんだと睨みつけても、濡れた瞳では迫力はでない。そうして羞恥に黙りこんでいる間にも奥のほうはますます熱くなってきて、もう直前まできているソレが欲しくて堪らない。



「……い、」

「ん?」

「あつ、い……すごく、あつい……今までの道具なんかと違って、……大きくて、あつい」

「……、挿れて欲しい?」

「……」



 ヴィクトールの熱っぽい吐息がヘンゼルにかかる。沈黙に逃げることも、嘘をつくこともゆるさないという嗜虐に満ちた視線が、降り注ぐ。ヘンゼルは瞳を震わせ、唇を噛み、……そしてやがて屈服したように静かに吐息を吐き出すと、静かに頷いた。



「……っ、ヘンゼルくん」



 込み上げる愛おしさに、ヴィクトールはヘンゼルの首元に顔をうずめて笑った。もう少し意地悪して焦らして、堕として堕として辱めてやろうと思っていたのに、そんな余裕なんてない。むしろそんな風に壊してやるよりも、ただ一緒に気持ち良くなりたいという想いが湧いてくる。



「ヴィクトール……はやく、」

「……うん、」



 ヴィクトールは今すぐにでも挿れたい気持ちを一旦おさえ、ソレを入り口から離す。焦ってはいけない、落ち着いて。

 具合を確かめるように指を挿れられ、ヘンゼルは一瞬残念に思ったが、さらに加速するばかりの焦燥にヴィクトールの背中を掻き抱いた。これが彼の意地悪ではないことは、わかっている。

 ヴィクトールの体温を全身で感じ、彼の吐息を首に受けながら深く呼吸をすると、まるで一つになったような心地になる。汗ばむ身体は二人の熱で溶け出た欲望のよう。緩やかになかを掻き回され、じわじわと熱くなってゆくそこは、早く彼を欲しいと言っている。そんな焦ったさにすらに酔い、ヘンゼルはうっとりと目を閉じる。



「あ……あ……」

「……気持ちいい?」

「……きもち、い……」

「……もうすぐ、挿れるからね」

「……ん、」



 指を呑み込むそこは、すっかり全てを受け入れるべく柔らかく蕩けていた。それでもしつこく指で解し、そのときを今か今かと待ちわびる心をなんとか押さえつける。初めて一緒になるときを、幸福感のみで満たすために。



「……ヴィク、……ちょっ、とめ、て」

「……でも、」

「イ、く……から、それ以上、されると……いく……」



 弄られ続け、ゆるゆるとした刺激を受け続け、達してしまいそうになったヘンゼルは静かにヴィクトールを制した。イクなら、指じゃなくてもっと熱いものでイキたい。だから止めて。そんなヘンゼルの気持ちは伝わったのだろうか、ヴィクトールはヘンゼルの言葉の可愛らしさにたじろぐばかり。はやる気持ちと高揚に、汗がふきでてくる。



「……待って、僕は、急ぎたくないから、」

「……俺が、いいって言ってんだよ……! はやく、……はやく……」

「……っ」

「お願いだから……ヴィクトール……」



 はあはあと息を荒げ、いっぱいいっぱいにヘンゼルは懇願する。切羽詰まった表情をしたヴィクトールの手を掴み、ぎゅっと握りしめ、涙に濡れた瞳で訴えかける。



「……ッ」



 もう、限界だった。しっかりとそこを慣らすことができたのかはわからない。でも、とにかく早く一つになりたい。

 ヴィクトールは身体を起こし、ヘンゼルの太ももを掴んだ。そして、腹のほうへ脚を倒して、そこを丸見えの状態にしてやる。しかしそんな恥ずかしい格好をとらされてもヘンゼルは抵抗するどころか期待の色を顔に浮かばせた。シーツをつかみ、ヴィクトールを見上げ、頬を紅潮させ、唾をのみこむ。



「あっ……」



 先端が入ると、ヘンゼルの唇から上擦った声が零れる。はやく全部欲しいと言わんばかりに結合部を見つめるその瞳は、じっとりとした熱を孕む。少しずつなかに入り込んできて肉壁を押し広げられる感覚が、じわじわとヴィクトールの欲望に侵されてゆくようで……たまらない。



「きつ……痛くない?」

「だいじょうぶ……」



 十分に慣らしたからか、それとも「ソシツ」があるからか。最後まで、奥まで入るまでにヘンゼルが痛がることはなかった。腰と腰がぶつかって全部入ったことを感じ取ったヘンゼルは、安堵したようにため息を吐く。



「……ヘンゼルくん、やっと、」

「……へんなかお」

「えっ」

「……まぬけづら」



 焦らして焦らして、苦しかったのはヴィクトールのほうだった。限界まで押さえつけたヘンゼルを求める想いがようやく叶ったヴィクトールの顔は、達成感、開放感、幸福感……いろんなものが混ざり合ったものだった。今まで余裕ヅラで自分を責めてきた彼の腑抜けたようなその顔に思わずふきだしたヘンゼル。それをみたヴィクトールが思わず呟いてしまったのは、



「……好き」



 今まで輪郭をあらわすことなくもやもやと胸の中で滞留し続けた感情の名前だった。



「……え、」



 驚いたのは、言った本人であるヴィクトール。ヘンゼルはわけがわからないとでも言うようにぱちくりと瞬いている。ヴィクトールはそんなヘンゼルの頬を撫で、その表情を覗き込むように顔を近づけた。

 ああ、そうか、僕は彼が好きだったのか。

 一度自覚してしまえば爆発したように溢れでる想い。出会った時に美しいと思い、触れ合うたびに心が焼きつき、自分のものにしてしまいたいというこの欲望は、ヘンゼルへの恋情だったんだ。決して難しくはないその答えは、ヴィクトールの心を大きく震わせる。



「ヘンゼルくん、好きだ」

「……はぁっ!? 何言って、」

「好きなんだ、君のことが好きでたまらない、好きだ、ヘンゼルくん……」

「おまえっ、俺と自分の立場、……ンッ……!」



 口にすればするほど、愛おしさは増してゆく。情念の炎は燃え広がりもう止まらない。慌てふためくヘンゼルに噛み付くようにキスをする。困惑に抵抗を示すヘンゼルの手をとってシーツに縫い付け、中に入り込んだものを押し込めるように腰を進めれば、ヘンゼルの身体が仰け反る。震えた舌を絡め取って、そのまま食らってしまうような勢いでヘンゼルの唇を貪った。



「んんッ……!」



 激しいキスに狂いそうになる。ヴィクトールの言葉を反芻すれば、余計にわけがわからなくなる。好き? 好きってなんだっけ? だって、ヴィクトールとの関係はただのドールとその調教師。悪党と被害者。その間に、何が生まれてしまったというの。

 唇を奪われながらヘンゼルのなかにはごちゃごちゃといろんな想いが渦巻いていた。この男のせいで全てが狂ったのに。この男がどんなに卑劣な行いをしているのか知っているのに。この男とのセックスにこんなに感じて、もっと欲しいなんて思ってしまう自分はいったいなんなんだろう。



「ヘンゼルくん、ヘンゼルくん……」

「ざっけんな、……なまえ、よぶな……ひ、ァッ……!」

「ごめん、好きなんだ、ヘンゼルくん、好きだ、好きだよ」

「やめっ……あっ、あ……ん、……ッ、ぁあっ……!」



 ヴィクトールのことは嫌い、絶対にこの男のやっていることは許さない。それなのに。さっきと同じように、また、名前を呼ばれた瞬間に胸がきりきりと痛む。恋する乙女じゃないんだから。こんな男を好きになんてなってたまるか。そう思っているのに、彼の自分の名前を呼ぶ声はその決心を溶かしてしまう。彼を求める心を、生んでしまう。

 少しずつ速度が上がってゆく律動。ヴィクトールの告白を一身に受けながら快楽の渦に引きずり込まれてゆく。「好き」という言葉ひとつひとつ、彼の声で奏でられる自分の名前がヘンゼルの心を掴んで、理性の崩壊へ引っ張ってゆく。身体を揺さぶられ、頭のなかを侵食され。熱の波紋が胸のなかでじわじわと広がってゆく。



「あっ、あ、……ッ、く、」

「はっ……、」

「……ッ、ヴィク、トール、……もっと、」

「……ばか、」

「あッ……! あぁっ、あ! ん、……ッ!」



 ヘンゼルの無意識の煽りがヴィクトールを苦しめる。このまま自分の欲望全てをぶつけたらヘンゼルの身体が壊れてしまうだろうと必死に抑えているのに、ヘンゼルはそんなヴィクトールの気持ちを無下にするような言葉をぽろぽろとこぼしてゆく。その煽りに完敗して思い切り突いてやれば、ヘンゼルの声は艶を増す。堪えるような吐息混じりのその声は、あまりにも色っぽい。本人は声をあげるのを恥ずかしがって抑えているのだが、それが余計に声に色気を添えていた。突いて、突いて、奥を抉るようにして、何度も何度も腰を打ち付けて、もっとその声を聞きたいとヴィクトールは無我夢中でヘンゼルを抱く。



「……ッ、はぁっ……ぁ、……いく……イクッ……」



 激しいピストンに、ヘンゼルの限界もあっという間にやってきてしまう。ヘンゼルはヴィクトールの背に爪をたてるようにしてキツく抱きしめ、絶頂に耐えようとした。その様子は可愛らしいながらもいじらしくて、でもどこか辛そうで。ヴィクトールはヘンゼルの頭を撫でながら優しく囁く。



「いいよ……イッて、ヘンゼルくん」

「……や、だ……」

「なんで、イってるところ見せてよ」

「……だ、って……おまえ、まだ……イかない……」

「……!」



 ヴィクトールの首元に顔をうずめながら、ヘンゼルは途切れ途切れにヴィクトールの問いに答えた。その答えにヴィクトールは目眩を覚える。だって、まるで「一緒にイキたい」とでも言っているようじゃないか。



「まって……まってね、ヘンゼルくん……一緒にイこうね」

「……う、ん……うん、」



 胸を締め付けられるような愛おしさ。ヴィクトールはヘンゼルの身体にあまり激しい刺激を与えないように勢いを落としてゆっくりと突いてやる。しかし、穏やかな刺激はそれはそれでヘンゼルにとって苦しくて。延々と続く、イキそうでイケない、そんな甘い責め苦にヘンゼルはどろどろになってしまう。抑えていたはずの声もとめどなく溢れて突かれる度に甲高い声が口から飛び出して、あまりの気持ちよさに目は涙でぐずぐずになって。



「あぁっ、あッ、ん、ぁあ、あっ……!」

(しめつけ、すごい)

「ヴィクトール……ヴィクトール、」

「……ッ、」



 朦朧とする意識のなかヘンゼルの口からはヴィクトールの名前。今、彼のなかは自分だけが満たしているのだと思うと、ヴィクトールはあまりの嬉しさに泣いてしまいそうになった。溢れんばかりの想いをキスの雨にしてヘンゼルへ降らす。額、瞼、鼻先、頬……どこもかしこも愛おしくて顔の隅々まで唇で愛撫しようとすれば、ヘンゼルはそこじゃないとでも言うように、自らヴィクトールの唇に自分のものを重ねてきた。



「かわいい……ヘンゼルくん、ほんと、好き、大好き、」



 何度もキスを繰り返し愛を囁きながら身体を揺らしているうちに、ヴィクトールにも絶頂の波が訪れてきた。荒くなる吐息にヘンゼルもそれに感づいたのか、自ら腰を揺らしヴィクトールを煽る。



「ヘンゼルくん……ヘンゼルくん……」

「あっ、あっ、あっ、」



 お互い夢中で腰を振り、限界まで近づいてゆく。激しく軋むベッドの音も気にならない。ただお互いの名前を呼び、耐えて耐えて、ここまで我慢してきた欲望を一気にぶつけあう。



「あっ! あっ! いく、イク……! ヴィクトール……!」

「はっ……、あ、僕も、……ヘンゼルくん、……ッ」



「――ッ」



 お互いの身体をキツく抱きしめる。深い深い深淵に突き落とされるような声にならない快楽に引っ張られ、無音のなかとうとう二人は絶頂に達した。思わずなかで吐き出してしまったヴィクトールはハと我に返って身体を起こし、慌てながらヘンゼルの様子を伺う。



「ご、ごめん、中に……」

「……は、……やっと、イッたんだ、……はぁ、……」

「えっ……、」

「……っ、いつも、余裕そうな顔しているくせに……はっ、ざまあみろ……はぁ、……ぁ、」



 ヘンゼルはきょとんとするヴィクトールの頬に手をのばすと、伝う汗を拭って、微かに笑った。



「か、可愛くない」

「……あたりめえだろ、俺をなんだと思ってんだよ、」

「……でも、可愛い」



 くす、と笑って。ヴィクトールはもう一度ヘンゼルを抱きしめる。胸が満たされる。既に精を吐き出したものを引き抜くのもなんだか勿体無い、全身で熱を感じ取って、ひとつになっている感覚を永遠に感じていたい。ヘンゼルとの関係に永遠などないのは知っているけれど。



「……愛してる」



 ヴィクトールの唇からこぼれた言の葉は、静かに部屋のなかへとけてゆく。甘い静寂が夢を連れてくるまで、二人は抱きしめあっていた。


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