アリスドラッグ | ナノ


▼ エンドロール7



「……本当に、今日の星は綺麗だな」



 森に着くと、カイは椛の手を引き、夜空を見上げながらふらふらと歩いた。その足取りはいつもと変わらず軽やかだ。森に着いてから急に緊張が押し寄せて頭が真っ白になってしまった椛とは対照的。かさ、と音を立てて一歩踏み出す度に心臓がドクンと大きく跳ねる。口から心臓が飛び出してしまいそうなほどの鼓動の高鳴りに、椛は窒息してしまいそうになりながらもなんとかカイについていった。



「……カイ、」

「……なに?」

「カイは……その、さすがですね」

「どういうこと?」

「いつも……飄々としていて、こういう場面でもしっかり僕をリードしてくれて、……かっこいいです」

「……かっこいい? 俺が?」



 ふ、と笑ってカイは振り向いた。急にカイが立ち止まったものだから、椛はそのまま彼に衝突してしまう。



「……俺が緊張していないようにみえる?」


 
 ぐ、と抱き寄せられて、椛は思わず声をあげてしまう。耳まで紅くなっている……と、自分でもわかるくらいに、熱い。



「……あ」



 触れた、彼の胸から鼓動を感じた。普通のリズムよりも早いように感じる。



「……俺、今すっごくドキドキしているんだよ。……わかるでしょ?」

「は、はい……」



 カイの緊張が乗り移って、椛はさらに苦しくなった。あまりの胸の高鳴りに痛みすら感じるほど。その痛みを和らげるようにカイの背に手を回して彼に体を委ねると、ふわふわと意識がどこかへ飛んでいってしまいそうになった。

 しばらく抱き合っていたからか、全身が茹だるように熱い、でもどこか気持ち良い。再び歩き出すと、夜風が火照った体を冷ましてくれて、調度良くなった。

 やがて、いつか一緒に満天の星空をみた広場に辿り着く。一歩、そこへ踏み込んで、カイはすっと一点を指さした。瞬間、広間に光が満ちて、蒼い花が咲き乱れる。



「……あのときと、一緒ですね。すごく綺麗」



 二人で、花の中へ座る。手をつないで、そっと指を絡める。



「……今日は、三日月だね。星も、たくさん見える。……綺麗な、夜空だ」

「……はい」



 さあっと風が吹く。花がゆれてさらさらと小さな音がした。甘い香りが漂ってきて、じん、と胸のなかが熱くなる。

 ――触れるだけの、キスをした。

 唇を離し、見つめ合って……もう一度、キス。何度か角度を変えて唇を触れ合わせて……そして、舌を絡める。絡めた指と、融け合う舌の熱、お互いの熱を静かに感じ合った。



「……椛」



 蒼い瞳が揺れる。理性が燃え散った瞳には、情欲が溺れていた。見つめられ、湧き上がるような情念にくらくらした。そっと肩を押され……二人で花の中へ倒れこんだ。

 ふ、と花弁が舞う。夜空の煌きと花弁の儚さが交じり合って綺麗だ。花々とカイに閉じ込められる。口付けを繰り返すと、吐息と吐息がぶつかって秘めやかな熱を生んだ。

 細められた瞳が、光を汲む。伏し目がちなその瞳を囲う睫毛が、震えていた。カイのキスは唇を離れていき、耳元へ。カイは椛の耳たぶを唇で咥え、もう片方の耳は指で愛撫する。



「椛……好き」

「……んっ……」



 椛は目を閉じて、カイの囁きを受け入れた。吐息と共にカイの声が耳奥へ入り込み、脳内に彼の愛を刻みつける。世界の全てが、彼に染められてゆくような……そんな錯覚を覚えた。彼の体を抱きしめて、ドクドクと忙(せわ)しない自らの鼓動に苦しんだ。

 カイの体温と、花の香り。甘すぎる檻に閉じ込められて、身体の芯は熱を生み始める。

 少しずつ、服を脱がされてゆく。夜の冷たい空気が肌を撫ぜて、さらけだすことへの恥じらいを助長させた。



「あ……」



 カイが椛の白い肌に唇を滑らせてゆく。ほんの少し、触れるだけで、触れられた場所から焔が灯ったように熱くなってゆく。身体をよじれば花がかさかさと音をたてる。僅かな動きが、刺激が、大きな甘い波紋を身体の中に生み落とす。ただカイに触れられているというだけで、たまらなく気持ちよかった。



「……椛……綺麗だ」

「……ん、ッ……」



 きらきらとしている。自分の肌を愛撫しているカイは、月の光に照らされて、ひどく美しかった。椛はカイを見つめながら、声が漏れてしまいそうになるのを我慢した。見ているだけでどきどきしてしまう。ああ、かっこいい。なんて、単純に思ってしまった。



「は、……ッ、あ」

「……声……我慢しないで……」

「でも……恥ずかしい……」

「……大丈夫……俺しか聞いていないよ」

「……カイ、」

「……聞かせて……椛」



 ちゅ、と胸の頂きを吸われる。元々敏感な場所なのに……カイに触れられて、それだけで白い電流が身体を突き抜けた。



「……ッ、あぁ……ッ……」



 カイの触り方は、どこまでも優しかった。それでも、椛は十分すぎるほどに感じていた。彼に触れられて体中が熱を持ち、じんじんと熱くなってゆくのが……幸せだと思った。カイのことが、好きなんだ……その熱が、そう教えてくれるような気がした。

 全身を愛されて、身体がとろとろに解けてしまいそう。すっかりたちあがってしまったものの先から蜜がこぼれているのを見られて、恥ずかしかった。しかし、カイは椛が感じてくれているのだとわかったのか、嬉しそうに微笑む。



「……椛、痛かったら言ってね」



 カイは椛のペニスをゆるゆると触りながら、後孔へ指を這わせた。つ、と中に挿れられて、じわりと熱が染み渡ってゆく。ゆっくり、ゆっくりとカイは椛の様子を見ながらそこを解していった。



「あっ……ん、んん……」

「……大丈夫?」

「……大丈夫、です……もっと触ってください……」

「……ふふ、うん。わかった」



 恥じらい……それは、今は捨てないと。そう思った。そう、カイとのセックスは今日しかできない。だから……



「……っ、あ……! カイ……そこ、きもち、い……」

「ん、……椛、かわいい」

「ふ、……あっ……」



 思い切って、声を出してみる。そうすれば、カイの瞳が優しげに揺れたから、きゅんとしてしまった。本当に大切にされているんだな、そう思った。

 しばらくそうして、すっかり中の抵抗はなくなってきた。指を引きぬかれたとき、とうとうこの時がきたのだと、期待に胸が高鳴った。

 カイがシャツを脱いでゆく。思わずその様子に見惚れていると、彼は恥ずかしそうにはにかんだ。ぱさ、と音を立てて彼の服が花の上に投げられる。



「椛……挿れる、ね」

「……はい」



 待ち望んだ、瞬間。カイの熱がそこに触れた瞬間……身体の奥の方から、歓びがこみ上げる。少しずつ押し広げられて中に入ってくる感覚に、心拍数があがってゆく。ああ、カイが自分のなかに。そう思うと嬉しくて嬉しくてたまらなかった。



「あ……」



 ゆっくりと、最後まで挿れられた。腰と腰がぶつかる緩い刺激を感じたそのとき……椛は緊張の糸が切れたそうに笑ってしまった。カイもほっとしたような顔をして、椛と一緒に笑う。



「……カイ」

「うん……やっと、」



 カイが椛を覆いかぶさるようにして抱きしめた。椛もカイの首もとに顔を埋めて、ぎゅっと抱きしめ返す。



「……すっごく幸せな感じ。なんか本当に……繋がってるんだなって、すごく実感する」

「……僕もです……今まで以上にカイのこと感じて……どうしよう、本当に嬉しい……」

「……泣いてるの?」

「……はい。カイのこと……好きで好きでたまらないんです。カイとひとつになれて……幸せすぎて、胸がいっぱいで……」

「……うん」



 カイが身体を起こして、椛を見下ろした。息のかかる距離でカイの瞳を覗き込めば……彼の瞳にも、涙が浮かんでいた。



「椛……好き。大好き」



 キスをする。小さなしゃくりをあげながら、二人は唇を交わらせた。永遠にこの時が続けばいいのに……そんなことをふと思ってしまうくらいに、幸せなキスだった。



「ん……」



 カイが、ゆっくりと腰を動かした。抱きしめあいながら、お互いに快楽を貪った。身体が揺れると、花の香りがふわりと舞う。甘い匂いに抱かれ、体温を感じ、穏やかに這い上がってくる熱の波に二人は溺れてゆく。



「あっ、あぁあっ……」

「椛……」



 堕ちるように、絶頂を迎えた。椛はカイの背を掻くように抱き、切なさにも似た快楽の渦に飲み込まれてゆく。仰け反り、強い絶頂の波に耐える椛を、カイはぎゅ、と優しく抱きしめた。そしてぴくぴくと小さく震える椛をなだめるように、椛の首元にキスをする。



「は……は、……か、い……」

「……椛、」



 しばらく、キスをしていた。ふたりとも、涙を流していた。お互いがお互いを、愛おしすぎた。



「カイ……カイ、好き……好き……」



 もう、どれだけの時間を彼と一緒に過ごせるのだろう。それを思うと、苦しくて、苦しくて、涙が止まらなくなってしまった。カイは「死を重くとらえるな」と言ったが、それを簡単に飲み込めるほど……椛は強くなかった。でも、カイに心配はさせたくない。哀しむ素振りをみせたくない。強がりの一心で、寂しさの穴を埋めるように、「好き」と繰り返した。



「ねえ……椛、」



 カイの瞳が涙で光る。笑いながら、彼は泣いていた。彼の強さの中にも、「もっと椛と一緒にいたい」という叶わない願いは存在していた。でもそれは言わない。未来へ進んでゆく椛の背を押すことが、自分の役目であると……カイはわかっていた。



「……愛してるよ」



 カイの背後で、夜空が瞬いた。ぼんやりと椛は星に視線を移す。彼との思い出には、なぜがいつも夜空がついてまわってきた。星と月の輝きのなかを、いつも一緒に泳いでいた。カイのつくりだす光を、いつも受け止めていた。永遠に、その光は消えることがないだろう。いつまでも心の中で光り続けるだろう。

 でも……



「……君の幸せを祈っている。ずっと、永遠に……」



 次に流れ星が流れたら。今度は自分の手で掴んでみせるよ。



「カイ……」

「……うん」

「……愛しています。貴方を、……」



 ずっとずっと、愛しているから。

 だから、貴方がいなくても、僕は光を掴める。









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