アリスドラッグ | ナノ


▼ エンドロール3



「ここの森の動物どうなってんの? 俺のことみても逃げもしないし襲っても来ないし」

「ん〜? だってみんな俺の友達だし」

「動物が? 言葉わかんの?」

「わかるよ。俺もここで動物の姿でしばらく暮らしていたから」



 西の森を訪れたジークフリートは、不思議な光景に驚くばかりであった。隣を歩くカイに話しかけるようにして近づいてくる動物たち、カイが歩けば手をふるようにふわふわと揺れる花々。魔術師であるジークフリートも、こうした現象をみるのは初めてだったのだ。



「あのマスカレイドの騒ぎ、ちゃんと収められたの?」

「おう、なんとか。兄さんは記憶をいじる魔術は使えないから大分苦労していたな。俺が城に戻ってから大体は処理したよ」

「マスカレイドの記憶弄っているなら、俺は世間的には大罪人のままかな?」

「……お、おう。悪い」

「いーや? 大罪人と逢引する王子様っていう図が面白くて」

「あ、あいび……ッ、変なこと言ってんじゃねえ、言葉が違う」

「そう? 俺はべつになんでもいいけど」

「……チッ」



 大樹によりかかり、二人はしょうもない話をしていた。

 美しい羽をした鳥がカイのもとによってきて、カイが彼女を指先にとめてやる。まるでカイに恋をする乙女のような仕草をする鳥、そんな彼女を見つめ微笑むカイ。そんな光景を、ジークフリートはぼんやりと見つめていた。



「……あのさ、」

「あっ」



 ジークフリートが声をあげた瞬間、鳥は飛んでいってしまった。カイはジークフリートの呼びかけに気付いていなかったのか、鳥が飛んでいった方を眺め、苦笑している。

 ……マスカレイドから、二ヶ月。ようやく身辺が落ち着いたジークフリートは、カイに会ったら聞きたいことがあった。あの時――カイを磔台に拘束したとき。あんな大したことのない拘束を破壊するのに、椛の魔力を奪う必要があったカイは……



「うあっ!?」



 その問を口にすべく深呼吸をしたジークフリートは、突然肩にかかった重みに声をあげてしまった。鼻を掠める甘い匂い。恐る恐る視線を落とせば、カイがジークフリートの肩に頭を預けている。



「ちょっ……か、カイ! おまえ、そ、それは、」

「……ごめん、ちょっと肩かして」

「い、いやいやいやいや、おまえ、狙ってやって……」

「……最近、すごく体がだるくて。眠気がずっととれないんだ」

「……、」



 危うく心臓が飛び出るところだった――未だ消えてくれないカイへの恋心が、ジークフリートを苛める。この状況には理性を壊されそうになったが……カイの言葉に、ギクリとしてしまった。ジークフリートはゆっくりとカイの肩を抱くと、静かに、自分でも聞こえるかわからないような声で尋ねる。



「……カイ。おまえ、あとどのくらい生きられるの?」



 さっと葉風が立った。さらさらと木の葉がざわめく声が聞こえる。カイは身動ぎもせず、ジークフリートに体を預けたまま、静かに答えた。



「……3ヶ月」



 ……そのくらい、だろうな。カイの答えがストン、とジークフリートの胸に落ちる。魔蟲により寿命を削られ続け、さらにマスカレイドであんなにも魔術を使って。一度削られた寿命をとりかえすことは、いかなる魔術を使っても不可能であると言われていた。磔台の拘束すらも破壊できないほどに魔力――つまり生気を削られてしまったカイの命は残り、精々そのくらいだろうと、ジークフリートもなんとなく見積もりがついていた。



「……カイ、なんでおまえ平然とこうしていられんの」

「……ん?」

「おまえの寿命が削られた原因、ほとんど俺だろ? 俺のせいで……これから、シンデレラと生きていける時間も……少なくなってんだぞ」

「なに? 恨んでほしいの?」

「……いっそ」

「……ふ、」



 カイがくすくすと笑う。小さくカイの体が揺れる、微弱な振動がこそばゆい。



「……前も言ったじゃん。べつにやりたくてやったんじゃないでしょ? おまえのせいじゃないよ」

「誰の命令とか、使命とか、そんなの関係ない! やったのは俺だ、カイ……なんでおまえはそんなに……」

「これが、運命なんだよ。自分のいく道を決められていたおまえと敵対する関係として出逢って、命を失って。でも今はこうして隣にいても許される。この終着点を、俺は結構気に入っているよ。思ったよりも、おまえの隣は心地好いからね。でも、こうしていられるのは今までの流れがあったらから。出逢いがなければ今はない。だから……今までの全ての出来事すら、俺は愛しい思い出として、大切に思っている」

「……なんなの、おまえ」



 ジークフリートの震える声に、気付いたのだろうか。カイは顔をあげて、仕方ないな、という風に微笑んだ。くしゃくしゃとジークフリートの髪を撫でて、馬鹿にしたように笑ってみせた。



「泣き虫。だっせえの」



 カイの笑い声に、胸がぎゅっと締め付けられる。自分はどうしようもなく彼のことが好きなのだと、ジークフリートは自嘲してしまった。唇を奪ってやりたい衝動を抑え、カイを抱きしめる。戯れの一環と思っているのだろうか、カイは笑いながら抱きしめ返してくれた。

 じわりと感じる彼の体温に、幸福感を覚える。いつの間にか、カイの苦悶の表情をみたいという欲望はなくなっていた。彼の笑顔が好きになっていた。優しく愛して彼を喜ばせてみたいと思うが、彼の隣にいるのは自分じゃない。……すこし悲しいが、仕方のないことだ。



「ジーク」

「……ん、」

「おまえは、優しいね」

「……優しくなんか、ない」

「あっそ」



 嬉しそうに、そんなことを言うなよ。ただ俺は自分勝手に、おまえのことを好きなだけなのに。

 カイに恋をして、どこか世界が変わってみえるようになった。そんなジークフリートの心の変化すら、カイは見抜いているのだろう。王子として心を殺してきたジークフリートが少しずつ変わっていることが、カイは嬉しかった。そして、そんなカイの気持ちに気付いたジークフリートは、たまらなく切なくなった。カイのことが愛おしすぎて、胸が苦しかった。



「次……いつ会える?」

「んー、俺はいつでも」



 あとすこし。彼の命の灯火が消えるまで……どうか、幸せに。結ばれることが許されないジークフリートにとって、一番の喜びは――カイの幸せを祈ることだった。


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