▼ エンドロール2
夜も更けて、二人は床に就いた。もともとこの家に余分な部屋などなかったため、カイは椛と同じベッドで寝ている。男二人ではあるが、少し大きめのベッドのためにそこまで窮屈ではない。
寝る前のこの時間が、椛は一番好きな時間だった。カイに抱きしめられて横になって、ふわふわと布団を被る。カイの匂いに包まれて微睡んでいると、すごく幸せな気持ちになった。椛はカイの背に手を回して、胸元に擦り寄って目を閉じる。
「カイ……カイって、今までで誰かと付き合ったことってあるんですか?」
「ん……ないよ」
「……でも、カイってモテるでしょう。……顔的に」
「え? 俺やっぱりかっこいい?」
「はいはいかっこいいです」
「……ん〜、まあ、たしかに……女の人が結構寄ってはきたけど……うん、俺、誰かと付き合うどころじゃなかったし。適当にあしらっていた」
「えっと……じゃあ、誰かとシたことは?」
「あ、ああ〜……うん、あります、はい。自暴自棄になっていたから一夜限りのなんちゃらっていうのを何度か……」
「さいてーですね」
「ごめんなさい」
「……冗談です。そんなふうに思ってないですよ。カイも苦しかったんだなって」
「……うーん、……うん。今は椛のことしかみてないよ。昔はちょっと荒れてたけど、今は椛と一緒にいられて幸せ」
頭に口付けられて、椛は顔をあげる。そうすると、優しく微笑んでいる彼と目が合った。ぎゅっと心臓が締め付けられるような感覚が、狂おしい。そっと唇を重ねると、覆いかぶさるようにしてカイが抱きしめてきた。
「ん……ふ、」
カイの体重が全身にかかってくる。なにもかもが彼に染められてゆくような気分だった。静かに舌を絡めて熱を交え、全ての感覚を彼に集中させる。
夜鳥と虫の鳴き声だけが響く夜の静寂に意識が溶けてゆく。ギシ、とベッドが軋む音にどきどきした。
「んっ……」
服の中に手を差し入れられる。暖かい手のひらに肌を撫でられて、身体の芯から熱が湧き上がるような心地がした。お腹のあたりをくるくると撫でられると、身体の緊張がほぐれてゆくようで、安心して、気持ちいい。カイの細い指は優しくて、どこを触られても全然怖くない。心の中の貞淑がほどかれてゆく。肌に触れられることへの抵抗感を、カイはゆっくりと壊してくれた。
「……カイ」
「……ん」
「やさしくして、ください……」
「……わかってる」
カイは椛の額、瞼、頬……へ柔らかいキスを落としていった。ちらりと目を合わせると甘く微笑まれて、きゅんとしてしまう。くすくすと彼が笑うと微かにその吐息がかかって、いけないことをしているような気分になって、ふわっと顔に熱が灯った。
……実際に、いけないことをしているのかもしれない。カイと出逢ったときに、こんな関係になるとは思っていなかった。ただただ彼のみせる奇跡に心を奪われていた。だから、そんな純粋なきらきらとした想いとは違う……ちょっとだけいやらしいこの気持ちは、いけないものなのだと思う。でも……そんなどこか切ない感傷に浸りながら彼と熱を交えることへ、幸福感を覚える。大好きだった。カイのことを、椛はなにをされてもいいと思うくらいに、好きになってしまっていた。
「わ……」
服を首元までたくしあげられて、なんとなく恥ずかしくなって椛は顔を赤らめた。カイはそんな椛に遠慮なく、胸に唇を寄せる。突起を咥えられ、ぴくりと身体が跳ねてしまう。
「あっ……」
そこを責められると、とうとうエッチがはじまってしまった、なんて変な気分になった。清廉とした雰囲気をもつカイがそこを口で触れていると、倒錯的に見えてしまってくらくらする。普段からあまりいやらしいことを考えていなそうな、そんな彼に乳首を吸い上げられると、ひどく興奮してしまって、唇から甘い声が漏れてしまう。
「あっ……ぁ、あん」
ああ、恥ずかしい。静かな夜に、自分の声が響いてしまう。椛は恥じらいから手で口を塞いだ。彼にはしたない声をきかれてしまいたくなかった。
しかし。
カイはさりげない手つきで椛の口を塞ぐ手を払ってしまう。そしてちらりと上目遣いに椛をみつめると、ふっと意地悪に笑って「だめ」と囁いた。そんな、どこかサディスティックな表情にドキリとしてしまって椛が口をパクパクとしていると、カイは再び乳首を吸い上げる。ちゅ、と少し強めに吸われて、舌でぐり、と刺激され。もう片方も彼の綺麗な指先でくりくりと揉まれて。ツン、と甘い電流が頭から下腹部を突き抜けて、びくんと腰が跳ねてしまった。
「あっ! ん、ぁあ……ッ!」
ああ、でちゃった、恥ずかしい声でちゃった。椛は羞恥心に震えそうになったが、一度出てしまうともう止まらない。カイに乳首を弄られて、気持ちよすぎて、椛は身悶えしながら声をあげてしまった。
布擦れの音、自分の声。いやに響く情事の響き。部屋全体の雰囲気がどこか艶かしく変貌していき、鼓動が高鳴ってゆく。
「……椛、気持ちいい?」
「……う、ん……」
優しく愛撫してくれるカイに、胸がときめいた。緊張をほぐすように時々話しかけてくれる。しかし、カイはあまり雰囲気に飲まれていないのだろうかと思って彼を見下ろしてみれば、伏し目がちの瞳を飾る長い睫毛がひどく煽情的だった。その睫毛の下で、自分の身体を見つめているのだと思うと、ずくんと身体が熱く、疼く。
溶かされてゆくようだった。彼の唇が触れたところから、とろとろに。もう触れられてもいないアソコがひくひくとひくついていて、早く彼が欲しいと身体と心で希っていた。
「椛……ここ、触っていい?」
「……はい、……さわって、ください……」
「ん……はは、煽ってくるね」
カイが体を起こして、椛の脚を開く。いやらしく疼いているそこを見られるのかと思うと、かあっと全身が茹だるように熱くなった。
カーテンの隙間から溢れる月光が、カイを濡らしている。白いシャツを羽織った痩身の彼は、やっぱり透明感があった。銀色の髪も手伝っているのかもしれない。でも、襟元から覗く鎖骨は色気があって、みているとぎゅっと胸が締め付けられる。はやくそのシャツを脱いでくれないかな……なんて思ってしまった自分は、そうとうこの雰囲気にやられてしまっているらしい。
「椛……」
カイの瞳に微かに情欲の焔が灯る。蒼のなかに、光が揺らめいた。ゾクッとした。これからソコを彼に掻き回されるのだと思うと……
「ただいまー」
「……!?」
ガチャ、と玄関の方から扉が開く音が聞こえ、ばたばたと急に騒々しくなった。パーティーに行っていた家族が帰ってきたのである。カイは呆然とした顔で音が聞こえる方をみつめていたが、やがて脱力したように椛の隣に倒れこんだ。明かりの消えたこの部屋に彼女たちがはいってくることはないだろうが、流石にこの行為を続行はできない。
「くっそ〜……今日こそ最後までできると思ったのに……」
……実のところ、椛とカイはまだセックスを最後までしたことがなかった。理由はこのとおり。薄い扉を隔てて家族が話している中する気など起きないし、たとえ皆が寝静まったとしても、すぐ隣りに姉たちの部屋がある。防音がしっかりしているわけでもないこの部屋でセックスなどすれば、ばっちり音が隣まで響いてしまう。今日は家族が全員パーティーに赴き家から出払ったためできると思ったのだが……思った以上に早く帰ってきてしまった。
「……なんでこんなにタイミング悪いの? いやがらせ?」
「……たまたまですね……」
「はあ……まったく」
カイはため息をついて、まるめこんだ布団を引っ張りあげた。すっかり諦めモードに入っているようである。椛も少し残念だと思いつつ、だらりと横になっているカイに寄り添って目を閉じた。今日は寝るしかないな……そう思った。しかし。
「……椛、まだ半端だろ。抜いてあげる」
「えっ」
扉の向こうから、話し声が聞こえてくる。声を出すわけにはいかない……椛はぎゅっとカイに抱きついて、口元を彼の胸元に押し付けた。挿入をしない性行為なら、これまでもこうして何回かやってきた。声を我慢し、布団のなかで、秘めやかに身体をまさぐりあう。その度に、声を堪えるのが少し大変だった。
「は、ぅッ……」
指が一本、中にはいってきた。ず、と中を押し広げられるような感覚が襲ってくる。勃ちあがりかけた局部もつかまれて、ゆるゆるとしごかれれば、下腹部は快楽に支配されはじめた。腰が引いてしまって、ビクビクと揺れる。前と後ろを同時に責められて、おかしくなってしまいそうになった。
「はぁっ……んんつ……」
布団のなかに、熱がこもる。くちゅくちゅという音が耳をかすめて、ひどくいやらしい気分になってしまう。
カイにしがみつきながら、ふーふーと荒い息をして……こうして身体をいじられるこの時が、実は椛は大好きだった。今までも、布団の中でこっそり乳首を触られたり、全身を撫で回されたりしたが……カイに身体を触られること自体が好きだったのかもしれない。セックスができないこの状況が続いて、こんな小さな戯れにも似た行為しかできないが、微かなカイの吐息をききながらじわじわと穏やかな波の快楽にのまれるのが……すごく、きもちよかった。
「んんッ……あ、……く、」
静かに、一定のリズムで敏感なところを弄られて、じくじくと這い上がってきた絶頂に、椛はあっさりと飲み込まれてしまった。カイにしがみつきながら、勝手にビクビクと揺れ動く身体をしずめてゆく。
「はあ……は、」
イッたあとの独特の気怠さが心地好い。カイの匂いを鼻腔の奥で感じながら、火照って重い身体を休ませてやる。
「カイ……」
「ん……?」
「……いつか、したいですね」
「何を?」
「カイに、ちゃんと抱かれたいです。……ひとつに、なりたい」
「……へへ、俺も」
顔をあげてカイを見上げると、カイはゆるゆるとした笑顔を浮かべていた。あくまでセックスの話をしているのにそんな風に純粋な笑顔をみると、彼は本当に、ただ自分のことを好きなんだなあと感じて、きゅうっと胸が締め付けられた。さらっとした髪を撫でて、つつくようにキスをしてみると、カイはくすぐったそうに笑う。
「ん〜、あんまり撫でないで。恥ずかしい。俺、猫じゃないよ」
「猫の姿してたじゃないですか」
「仮の姿だってば! こっちが本当の姿」
「知ってますよ。……でもなんか衝動的に」
「え〜?」
椛がくしゃくしゃとしつこくカイを撫でると、彼はむすっとしたような表情を浮かべた。しかし、次第にそんな表情も崩れていって、気持ちよさそうに目を閉じる。
「……ね、椛」
「はい」
「……好き」
しょうもない触れ合いが、胸を満たしてゆく。どうしようもなく切なくなるほどの、幸福感。
やがて降ってきた眠気に、身を委ねてゆく。明日からもまた、こんな日々が続いてほしいという期待をもつことが許されるというのが……こんなにも幸せなことなのかと。ふとした瞬間に思うことがあるのだ。
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