▼ エンドロール1
「カイさ〜ん、これからパーティーにいくのよ。一緒にいきません?」
「いや……俺はいいです、留守番しています」
「え〜? シンデレラはいくでしょう?」
「僕も、家にいます」
「ちぇ、ノリが悪いのね。いきましょ、アンナ」
ツーンと唇を尖らせて、ジェシカは部屋に戻っていってしまった。「アンナ、早く支度して!」とジェシカが大声を出しているのを聞いて、カイと椛は苦笑する。
マスカレイドから約一ヶ月。案外カイのことをあっさり受け入れてくれた家族と共に、一緒に和やかな日々を暮らしていた。カイについては、煙たがれるどころか彼の容姿のせいかジェシカにひどく気に入られていて、椛は心中(しんちゅう)穏やかではない。とはいっても、ジェシカもカイが椛の恋人であることは理解しているようで、本気でアプローチしてくることはないが。
「あ〜、しまった、夜ご飯つくっていなかったわ。大丈夫? つくれるかしら」
「あ、大丈夫です。適当に食べますから」
「そう? ごめんね」
支度を整え終えた継母と姉二人は、申し訳なさそうにしながら家を出て行った。椛とカイで、そんな三人を笑顔で見送ってやる。
早速、椛はキッチンへ向かった。時間も時間だし、腹も空かせていたのである。
材料を並べてみて、今夜はシチューにでもしようかと考えた。とりあえず、野菜を切ろうかとまな板の上に並べてみる。
「……!」
包丁を握ろうかと思った瞬間。ドキリと心臓が跳ねた。……カイが後ろから抱きしめてきたのである。
「あ、あの……」
「んー、キッチンに立っている椛の後ろ姿見ていたらムラムラしてきちゃった」
「ば、ばか! 危ないのであっちいっててください!」
「こうしてるだけだから。ね、邪魔しないよ」
そう言って、カイは椛の首元に顔を埋めた。彼の髪の毛が頬をくすぐって、そしてふわりと花の匂いが漂ってくる。
(だ、だから、ドキドキしちゃうからやめってってばー!)
自分よりも身長高めのカイに抱きしめられていると、全身が包まれたような心地になって気持ち良い。でも、こんな風に無言で後ろからされると、心臓がバクバクと跳ねて苦しい。
正直、料理をするのには邪魔である。
「……カイ、リビングに戻っていてください……なんかこうされているとくらくらしちゃって……」
「……えー。わかった。何か手伝うことない?」
「大丈夫です、すぐにおわりますから」
「ん……わかった」
カイは少し拗ねたような声をだしたが、素直に頷いた。よかった、これで心臓も穏やかだと椛が安堵のため息をつこうとした瞬間。後ろから顎を掴まれて、振り向かされ……唇を奪われた。
「んんっ……!」
あぶない、包丁を持っていなくてよかった。あまりのドキドキに落としていたら危なかっただろう。
意外とあっさりと唇を離したカイの瞳は、どこまでも優しげだった。そんな、穏やかなカイの瞳を至近距離でみつめて、また心臓が跳ねてしまう。
「……待ってるね」
「……はい……」
カイは椛が離れて、するりとリビングへ戻っていってしまった。ふらふらと軽い足取りは、まさに猫のよう。気まぐれな行動だったのだろう……しかしそれでも、椛には大ダメージだ。
「はぁ〜、も〜……」
毎日、こんな風に愛されて、心臓がもたない。今も、バクバクと鼓動がうるさくて、腰が砕けてしまいそうだ。
気を取り直して野菜を切ろうと思ったのに手元がなぜか覚束ないし、シチューをつくる手順が頭から吹っ飛んでしまうし……もう散々だ。カイの唐突な愛情表現にはいつもやられてしまう。
「カイの馬鹿〜!」
甘すぎる生活に、そのうち歯が溶けてしまうように自分までどろどろになってしまうのではないかと……椛は不安になってしまうのであった。
prev / next