▼ 彼の望んだもの2
そろそろ城に戻らないと、ジークフリートがそう言ったため、ここで別れを告げることとなった。彼はこれからも、王子として、国の魔術師として生きていかなければならない。それでも、どこか吹っ切れたような笑顔を浮かべて、カイと椛を見送ろうとしていた。「ひとりじゃない」そのカイの言葉が強く響いたのかもしれない。
初めてクラインシュタイン城にきたときのように、カイが魔法でかぼちゃの馬車をつくりだす。カイが椛の手をとってそれに乗り込もうとしたとき。
「シンデレラ!」
ジークフリートが椛を呼び止めた。少しだけびっくりしながらも、椛がカイのもとを離れてジークフリートの側へ寄っていくと、ジークフリートが思い悩むような表情で言う。
「……ごめん。色々、傷つけたね」
「……え」
突然の謝罪に、椛はびっくりしたように目を瞠った。
兵士たちが言っていた、魔力を得るために椛と結婚した、というのは事実だろう。それはもう理解している。そのために辛い想いもたくさんした……が、それはもう過去のことだ。ここで憎んでも、恨んでも、なにかを生み出すことなどない。少し自分はお人好しなのだろうか……そう思ったが、ジークフリートに恨みつらみを吐いてやりたいという気が起こらないのだからしょうがない。
なにより、これからの幸せに胸は期待でいっぱいだった。今までの苦しい出来事を掘り返したくなんてなかったのだ。
「……いいえ、大丈夫です。僕はこれから、ちゃんと幸せに生きていけますから。貴方と一緒にいたときのことも、風変わりな思い出として大切にしますよ」
「……ごめんな。……ありがとう。自分の役目を果たすことばかり考えて、シンデレラのこと考えていなかった」
「大丈夫ですって……ジーク、貴方もこれから大変だと思いますけど……どうかお元気で」
「うん。……あ、これ」
ジークフリートが思い出したように、ポケットから何かをとりだした。そのまま何かを掴んだ手を差し出してきたから、なんだろうと椛が手のひらを出せば、ソレがころんとのせられる。
「……あ」
ジークフリートが椛に渡したのは、蒼い花のブローチだった。床に投げつけ、さらには悪魔に踏み潰されて壊れてしまったはずのものだ。しかしそれは、綺麗に直っていて、きらきらと光っていた。
「これ……なんで」
「落ちてたから。これ、カイにもらった大切なものだって……前シンデレラが言っていただろ。なんか壊れていたから直しておいたけど……よかった? あいつのつくるのって難しいから正しく直せたのかは自信ないけど……」
「……ありがとうございます。……えっと……あの、本当に、嬉しいです……」
ああ、これがたしか、「奇跡」の始まりだ。椛が持った時のみ輝く魔法のブローチ。蒼い月明かりのように輝くその光に、視界がぼやけてくる。
一生の、宝物になるだろう。この短い期間のなかの、めくるめく奇跡の日々がつまったそのブローチは。椛はそれをぎゅっと握りしめて、涙を流しながら微笑んだ。ジークフリートの別れも少し名残惜しいとも思えたが、カイに手を引かれて馬車に乗り込む。馬が駆け出して、光が散ったとき。嘘のような夢のような、慌ただしい日々が思い出と変わり、輝きだした。
prev / next