甘い恋をカラメリゼ | ナノ
 vingt-quatre


 しばらくベッドの上で二人でごろごろ、いちゃいちゃとして、三時になる。バイト先までそこまで距離はないから慌てる必要はないけれど、いい加減起きたほうがいい時間。俺が時計をちらりとみて唸っていると、智駿がよいしょと身体を起こして笑う。



「梓乃くん、身体、怠いでしょ。ちょっと待ってて」



 そう言って智駿さんは布団を抜け出し、さっと服を着た。ついでに俺の服を持ってきてくれて「ゆっくり着てて」と言って渡してくる。

 たしかに昨日たくさん愛された身体はだるくて、起きるのが辛い。俺がのろのろと身体を起こして服を着始めると、智駿さんがキッチンへ向かっていく。



「あ……」



 智駿さんがお皿を出している。もしかして、智駿さんがつくった何かを出してくれるのかな。ちょっと現金かなと思いつつ智駿さんのお菓子が大好きな俺は、急いで服を着るとぱたぱたとキッチンに向かっていった。



「いやあ、今日も作り置きのお菓子だよ。そんなに期待しないで」

「作り置きでも智駿さんがつくったもの、俺好きです」

「嬉しいなあ。今日は抹茶とホワイトチョコのスコーンだよ。あと、面白いもの」

「面白いもの?」



 智駿さんは冷凍庫から取り出したお菓子をレンジにいれると、コーヒーカップを取り出した。そしてカップにエスプレッソを注いでいく。今気付いたけれど、わりと自分の食事に怠惰な智駿さん、意外なことにエスプレッソマシンを持っていた。エスプレッソなんて俺はインスタントでしかつくらないから、ちゃんとした機械でつくったエスプレッソの匂いに軽く感動してしまった。柔らかくて上品なほの匂いは、怠い身体にすうっと染み込んでいく。



「ラテアートって知ってる?」

「コーヒーに絵を描くやつですか?」

「そんな感じ。みせてあげようかなって思って」

「え、できるんですか!?」



 ラテアートって、テレビかなんかでみてすごいなって思った記憶がある。エスプレッソの上にすっとまるで魔法のように絵が出来ていくのだ。

 俺がわくわくとしていると、智駿さんが銀色のピッチャーを取り出して、その中にミルクを入れていく。なんだか本格的で、ドキドキした。

 ピッチャーの注ぎ口から、エスプレッソにミルクが注がれる。やがてミルクはエスプレッソの水面に丸く浮かんできた。俺がやったら普通にエスプレッソとミルクが混ざりそうだな、なんて思って、そのミルクをいれるという作業だけに感動していれば、智駿さんはピッチャーを動かしてその動かして浮かびあがったミルクを崩していく。



「え、すごい」

「僕の梓乃くんへの気持ちかな」



 エスプレッソの上にできあがったのは、白いハートマーク。「俺への気持ち」なんて言われてそれを見せられたら、なんとも恥ずかしくなってくる。もう、智駿さんってすっごく甘ったるいこと、してくる。大人ってこんな感じなのかな。好きって、はっきりとロマンチックに伝えられる。まだまだ青臭い俺にはキャパオーバーで、頭が沸騰しそうになる。



「ん……」



 ふわりと漂うエスプレッソの香りと、甘い言葉。それらに耽りかけていれば、智駿さんが触れるだけのキスをしてくる。

 視界の端に、柔らかな白いハート。優しい午後の陽の光。穏やかで幸せな、一瞬のキスに、心臓がとくんと鳴った。



「……これも、僕の気持ち」

「……っ」



 ああ、もう。体中の血液が砂糖水かなにかになるんじゃないかな。こんなにどろどろに甘いことされたら、俺、おかしくなっちゃいそう。

 レンジのチンという音で甘い空気は途絶えて、ティータイムの時間がやってくる。レンジから取り出した智駿さんお菓子は……不思議なものだった。抹茶とホワイトチョコのスコーン、って言っていたけれど……たしかに深い緑の生地、ホワイトチョコチップらしき白い点々。スコーンといえばクリーム色だったりのイメージがあったから、こういった深緑のスコーンに俺はびっくりしてしまった。



「これね、昔友達にあげて好評だったんだ」

「……智駿さんの友達ってどういう人ですか?」

「どういう人……高校は共学の普通高校で、あとは専門学校……専門にいってるときにフランス留学もしたからそっちの友達も」

「留学!? すごいですね……!」

「そうかな? 最近の子みんな留学してるからそんなにすごいことでもないよ」



 出来上がったエスプレッソとスコーンをテーブルに運んでいく。智駿さんの学生時代ってどんな感じなんだろう。専門学生といえば大学生とは違う雰囲気、というイメージがあるし想像ができない。製菓系の専門学校って女の子がいっぱいいそうだなー、とか、智駿さんの顔ならだいぶモテただろうなー、とか考えるとちょっと嫌な気分になってしまった。嫉妬とかはしたくないけど、このモヤモヤとした気持ちが生まれてしまうのは仕方ない。だから、聞かなかった。「智駿さんって学生のときはどんな感じだったんですか」って簡単な質問を、身体の奥に押し込めた。

 今は、自分を愛してくれている。それはわかっているから、そこまで憂鬱な気分になったりはしない。でも敢えて、嫉妬を刺激するようなことは聞きたくなかった。

 ちょっぴり苦味のある、感情。女々しいって自覚しているから、心の中で押しつぶす。押しつぶした気になっている。

 傾けたティーカップから注ぎ込まれるエスプレッソの苦味、崩れるハートの形。かじったスコーンの甘みが苦さを緩和する。まだまだ自分は子供だな、って思った。



「……梓乃くん?」

「……へへ」



 智駿さんに無言ですり寄った。無意識にマーキングみたいなことをしていた。自分の匂いを智駿さんに擦り付けるように頭を智駿さんの肩にぐりぐりとしていたから、智駿さんが不思議そうな顔をしている。

 大丈夫、いつか、苦味なんて甘さのなかに溶けてゆく。



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