甘い恋をカラメリゼ | ナノ
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 ――もしもし。一週間ぶりくらい? お久しぶりです。え、お久しぶりでもない? やだなあ、俺にとっての一週間がすごく長かったってだけですよ。ずっと、あなたとお話したくて。

『……おまえ、どこにいるんだ? 風の音が……』

 ――白柳さんの家から一番近い展望台。わかります? 桜の名所のあの山の展望台ですよ。ふふ、俺、都会人に見えて、わりと地元っ子だったり? こういう景観のいい場所に詳しいんです。

『展望台……!? おまえ、そこ動くなよ。今、いくからな! いいな?』


 自由とは何かを問う人生だった。

 他人に縛られるようにして生きてきた俺は、自由は「一人で生きること」だと勘違いしていたようだ。一人になりたいと、誰かと添い遂げることなどあってたまるかと――だから、そんなことを思っていたのだろう。

 けれども、それは違うのかもしれない。

 たとえば、何のしがらみにも囚われることなく「あなたが好きです」と言えたなら、どんなに幸せだろう。自分の想いを素直に言葉にできるようになったら、きっとそれは自由といえるはず。

 空を駆ける鳥が鳴く。まるであの鳥のような、そんな自由を。俺も――


「――ああ、まじで、こんなところに……! おい、セラ! 何のつもりだ!」

「あ、どうも。白柳さん」

「どうもじゃねえよ!」

「……どうしたんですか、そんなに焦って。まさか、飛び降りるとでも思いましたか? やだな、こんな場所から飛び降りる人いませんよ」

「……おまえなあ……」

 

 ぜえ、ぜえ、と息を切らしながら、白柳さんがやってくる。思ったよりも随分と早い。走ってきたのだろうか、汗がこめかみから垂れている。いい歳しているんですから、そんなに走ったらだめですよ〜、なんて言ったら、怒られるだろうか。
 
 俺が白柳さんに電話をかけたこの場所は、白柳さんの自宅からそこそこ離れた場所にある、地元では有名な桜の名所。今の時期は桜が咲いていて、時間によっては賑わっている。今日は、どうやら人がいないようだ。

 なぜ、こんなところに俺がいるのかというと。別に理由はない。高い場所で風を浴びたかったのだ。

 
「なんだってこんな場所に俺を呼びつけたんだよ……」

「べつに呼んだ覚えないですけど。白柳さんが勝手にきたんじゃん」

「あぁ!? おまえ……」

「うそうそ! 呼びました! 来て欲しかったから、電話したんですよ」


 ざあ、と葉風が立つ。葉風――といっても、今の季節、音を立てるのは、桜。暖かい風が吹くと、さらさらと淡い桃色の花びらが揺れる。


「白柳さん」

「あ?」

「この世界には、いろんな色がありますね。今気付いたことですけど」


 ひら……と桜の花びらが舞ってきた。俺の世界に入り込んできた、一枚の花びら。

 ついつい白柳さんを呼んでしまったのは、この桜のせいかもしれない。俺は今まで、桜を「きれい」と思ったことがなかったのだ。でも、今は無性に「きれい」と思ってしまって。

 俺の世界が、変わり始めている――それを感じたら、この人に会いたくなってしまった。


「俺は、空を飛びたいと思っていたんです。なーんにも見えない、暗い檻から飛び出したかった。今でもそうです。目を閉じてばかりで何も見てこなかったので、鳥のように飛んで、たくさんのものを知りたい。綺麗な景色とか、聞いたことのない物語とか、幸せってやつとか」

「ふうん。で、身を固める気はないと?」

「いーえ? 一人じゃ知ることができないものがあるんです。だから、それを、白柳さんに教えてほしい」

「……回りくどい。俺、理系だから、だらだらと長く話されても、意図を理解できないんだわ」

「あはは、はいはい、では――」


 うそつき。俺が言いたいことを、この人はわかっている。
 
 それでも、彼は言って欲しいのだ。彼は俺が飛び立つ瞬間を待っている。


「……白柳さん」


 自由の青さ、自由の切なさ、自由のまぶしさ、自由の苦しさ。自由を知っては投げ出したくなって、そしてまた手に入れたくなる。人生は、簡単にはいかない。


「――あなたが好きです、白柳さん。俺のこと、恋人にしてください」


 ほら、あなたは俺が言おうとしていたことをわかっていたのだ。俺が言い切る前にあなたは歩き出していて、俺が言い切ったときには、俺はあなたの腕の中にいた。


「俺もだよ。だから……どうぞ、よろしく」


 うわあ、らしくない。そんな優しい声で、そんなことを言うなんて、白柳さんらしくない。けれど、たまらないほどに嬉しい。

 ああ、不思議な感じ。やっぱり、誰かと名前のある関係を結ぶという感覚に慣れない。今日から俺は「白柳さんの恋人です」って言わなきゃいけないのか。ないわ〜。

 本当にこれって、自由? 自由、……自由。自由って、難しい。


「……はやいとこ、俺の家に行こうぜ」

「情緒がないですね」

「いや、俺、花粉症だから、この山にあんまいたくねえんだよ」

「……はあ、なるほど。白柳さん、花粉症でしたか。それは悪いことをしましたね」


 鼻をすする白柳さんを見て、俺は思わず笑ってしまった。胸をくすぐるこの感覚は……「可愛い」という気持ちだろうか。

 甘ったるい痛みが胸を満たす。体が重い感じがする。けれど、今の俺は、たぶん、空を駆けている。そうだ、今までで一番速く、高く――空を駆けている!



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