▼ quatorze(1)
久しぶりの白柳さんの家だ。半年ぶりくらい。家に入ると、ああ、白柳さんの匂いがするなあと懐かしい気分になる。
ここにくると、胸のなかがふわふわとして、それでいて締め付けられるような痛みも感じて、落ち着かない気持ちになったものだ。なので、俺はここに寄りつかなくなった。それが半年前のこと。改めてここにくると、やはりあの感覚が心のなかを支配する。けれど、それは嫌な感じではなく、凪に揺れる海のようなゆるやかな心地だった。
しかし。
「――っ!」
ぎゅ、と後ろから抱きしめられる。
凪? うそうそ、これじゃあ暴風だ。いきなりそんなことをされたら、しかもこの朴念仁先生にやられたら、心臓がバクバクしてしまう。
「しっ……白柳さん……?」
「悪ぃ、情緒がねえのは自覚してるんだが……」
「あっ……」
ちゅ、と首筋を吸われて俺は思わず声をあげてしまった。
ここに来たら抱かれるんだろうな、とはわかっていたし、俺だってしたかった。けれど、今の俺は妙に緊張してしまっている。
なんでだ。なんで俺はこんなにドキドキしているんだろう。
「まっ……待って待って、白柳さん……! あのっ……一旦、お風呂……とか……」
「すまん、無理」
「あのっ……」
声がひっくり返るし、掠れるし、俺、かっこ悪い。調子が狂う。
セックスなんて人生何度目だかわからないし、緊張なんて遙か彼方の昔に置いてきたのに、体全体が心臓になったように激しく胸が高鳴っている。自分の体の脈動が感じられるほどのそれは、体感したことのない不思議な感覚。
手を掴まれ、引きずられるようにベッドに押し倒されて、それはもう鮮やかなお手並みで。白柳さんはシーツに手をついて、仰向けになった俺を見下ろす。なんだか彼と目を合わせられなくて、つい視線をきょろきょろとあっちこっちに動かしてしまうけれど、「セラ」と呼ばれて、ふと彼のほうへ視線をやってしまった。
――うわ。
余裕のない顔。色んなものがこみあげているような、そんな表情。どことなく泣きそうな目。珍しい白柳さんの表情に、かあーっと顔が熱くなるのを感じる。
「――やっと、……やっと、俺の傍にいてくれるんだな、セラ」
「……、はい」
……ああ、そうか。
俺は、初めて恋人とセックスをするんだ。
だからこんなに緊張しているのか。
prev /
next