▼ sept(1)
過去を例えるとしたら、「檻」だ。
たぶん、俺の昔の話を聞いた人は、みんな「可哀想」って思うだろう。家族は無理心中で死に、なんとか生きられた俺は引き取られた先の親戚に性的虐待にあって。子供だったから、その状況から逃げる術も知らず、自分がおかしいと気付いた頃には家を飛び出して男娼になっていた。
昔のことだし、思い出したい過去でもないのだが、その時に負った心の傷は今でも癒えることなく俺を縛り付けている。過去を振り切って自由を手に入れたはずなのに、そんな「今」にすら迷いを感じて。俺は自由の生き方を知らなかったのだ。一人で駆けながら、不安を抱き続けていた。
それでも再び自由を失うのは怖かった。そもそも自由とは何だろう、それすらもわかっていなかったのかもしれない。だからこそ、心を奪われるのを極端に恐れるようになってしまった。
要するに、子供なのだ。この年になって、自我の芽生えに戸惑う子供のように藻掻き始めてしまったのである。
「――ん、」
何が何なのか、それもわからないままに。俺は情動に任せるようにして、白柳さんをベッドに誘った。いつもはなんだかんだ言ってなかなか俺を抱いてくれない彼は、今日はあっさりとベッドに俺を押し倒し、唇を奪ってくる。胸がばくばくと情けないほどに高鳴って、溢れ出る熱をもう無視することができなくて、俺は彼の背を掻き抱いて深いキスをねだった。
白柳さんは、いつも――ゆるりと俺を甘やかしてくれる。
しばらく、舌で口の中を愛撫された。寂しくて物足りなさを感じているところを、たっぷりと優しく舐めてくれて、心がとろとろに満たされる。けれど、もっと、ずっとずっとそうしていたかったのに、唇が離れていってしまう。ゆる、と彼の温かい舌が口から出ていく切なさに、つい「やだ……」と声に出てしまった。
「あ、……」
「ん?」
俺の首にちゅ、と吸い付いた白柳さんが、不思議そうな顔をして体を起こす。いつも、そこまでキスをたくさんするわけじゃないので、まさか俺がもっとキスをして欲しいと感じているなんて思ってもいないのだろう。白柳さんは俺の顔を覗き込んで、「どうした」と俺の頭を撫でながら尋ねてくる。
「あ、……あー……いや、なんでも……ないです……」
「?」
もっとキスして、と。言おうと思ったが、言葉が喉元でつっかえて出てこなかった。言おうと思っても、顔がかあーっと熱くなって言えなくなってしまうのである。
「……、あのっ……いや、……え、へへ……気にせず……その、すすめてください……」
「……」
――は、恥ずかしい!
俺は、甘い雰囲気が苦手だ。とにかく苦手だ。ウリをしていた年数が長すぎるのと、白柳さんとしばらく距離をとっていたせいで甘え方を忘れてしまっているのが、たぶん原因。セックスをするときに、素直な気持ちを伝えることが、今の俺には到底できそうになかったのだ。
prev /
next