甘い恋をカラメリゼ | ナノ
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 部屋に戻って俺は、ぼんやりと自分の将来を見つめなおしてみた。

 最近の俺は、将来に焦るあまり心に余裕のない日々を過ごしている。 考えてみれば俺の考えていた「将来像」は、近くに迫っている就活をするための「将来像」だった。就活のために必死に自分の未来を探して、自分を見つめたつもりになっている。それは決して間違いではないかもしれないけれど、きっとその考え方だと俺の求める幸せな未来にはたどり着かないだろう。

 俺は、自分を高めていく生き方よりは、小さな幸せと寄り添っていく人生を歩みたい。俺の性格の問題もあるけれど、激動よりもゆるやかな波が俺には似合っている。

 ……俺は、具体的に何を求めているのだろう。

 添い遂げる人が欲しい? 好きな人と一緒にいたい? よくわからない。ただ単に、智駿さんと一緒にいたい――そういうものなのだろうか。ストンと心に落ちるような答えが見つからず、俺のなかにはもやもやと小さな渦がうずまき始める。

 きっと、父さんと話していて気付いた、俺の求める未来には、智駿さんが必要だ。智駿さんとずっと一緒にいたい。けれど、大好きな智駿さんだから――俺は、智駿さんとどんな未来を生きていきたいのか……それを、自分のなかで答えとして導きたい。



「――お兄ちゃん?」

「……ん?」



 考えだして、うんうんと悩んで。そうしていると――こんこんとドアをノックする音が聞こえてきた。

 紗千の声だ。遠慮がちに部屋の中の俺に、声をかけてくる。



「あけていい?」

「いいよ〜。どうぞ」



 紗千が俺の部屋にくるなんて、珍しい。俺と紗千は決して中の悪い兄弟ではないけれど、あまりお互いの部屋を行き来したりしない。紗千が俺の部屋にくる時といえば、「お兄ちゃん漫画貸して〜」と図々しい声がセットになるのが鉄則だ。こんな風に、しおらしい声で呼びかけてくることなんて、絶対にない。

 何用だ。

 思わず眉を寄せながらドアを見つめていると、ギイ……とか細い音を立てながらそれは開かれる。そしてひょこっと顔を出した紗千の手には、大きな本のようなもの。



「……お兄ちゃん。アレ持ってない? アレ」

「アレってなに」

「アレだよ〜! 写真!」

「写真?」



 すすす……と俺に近づいてきた紗千が、持っていた本のようなものを差し出してきた。それは、卒業シーズンなんかでよく見る、アレ……そう、スクラップブックだった。

 一体何をスクラップしているのかと、それを開いてみると。



「うわっ、なにこれ、懐かしっ」

「明日お母さんとお父さんの結婚記念日でしょ〜? プレゼントしようかと思って!」



 そこにいっぱいに詰められていたのは、俺たち家族が写った写真だった。結構昔の写真が沢山あって、思わず記憶を掘り起こしてしまう。スクラップブックにはまだ空きページがあるから、そこに貼るような写真はないか、と紗千はここに尋ねてきたのだろう。

 けれど、残念ながら俺は特にカメラというものは持っていない。今まで、カメラを持っている人に撮ってもらって、現像した写真をもらう……そういうことをしていた。そんなわけで、俺は紗千に渡せる写真はない。いいプレゼントだと思うから、力になりたかったけれど……


「俺カメラとか持ってないし、写真とか持ってないよ」

「スマホでもいいよ! 私がプリントするから!」

「スマホ〜?」

「スマホ、貸して! 印刷してくるから!」

「わっ、ちょ、ちょー! だめだめだめだめ!」



 写真がないという俺から、紗千がスマートフォンを奪おうとする。俺はぎょっとして、スマートフォンを握り込めて死守した。

 写真を、見られるわけにはいかない。だって、このスマートフォンにはいっている写真は……



「……彼女の写真はいってるんだ!」

「ち、違う!」

「うそ!」

「嘘ではない、嘘では!」

「なにその言い方! 絶対彼女の写真はいってる!」

「彼女ではない! 彼女では!」



 俺と智駿さんの、思い出の写真だ。さすがにこのタイミングでカミングアウトするのは急すぎるし、確実に今すべきことではない。興味津々の紗千には悪いが、このスマートフォンを渡すわけには、いかない。



「……お兄ちゃん、彼女……いるでしょ」

「えー……」

「いる! ぜーったいいる! あんまり帰ってこなくなったし、なんか匂い違うもん」

「……ッ、」



 俺は、とりあえずごまかそうとした。しかし、紗千は思った以上に勘が鋭い。女の感というやつか。中学生のくせに。


 参ったな、と俺は紗千の視線から逃げる。いないと言ってしまえば追い払えるけれど、それはしたくないという俺の中のどうしても譲れない気持ち。それと同時に、すべて正直に話すのもタイミングがおかしいという心の中の制御。

 俺の中では特に問題視していなかったけれど、男同士で付き合うというのはこういうときに少し厄介だ。今時、そう奇異の目で見られることはあまりないだろうけれど、さらっと軽く言えることでは、やはりないと思う。

 俺はめんどうになって、紗千に背を向けて手でしっしっと追い払った。「写真は後でまとめてパソコンに送っておくから」と言いながら。



「お兄ちゃん! 今度! 彼女連れてきて!」

「……いつかね」

「約束だよ!? それまでに別れたりはしないでよ!?」

「別れないよ」


 俺がすっかり逃げの体勢に入ってしまったからか、紗千は諦めたようだ。俺がこうなると、もう微動だにしないと知っているからだ。

 紗千はむーっ、と納得のいかなそうな声を出しながら、すごすごと部屋から出て行った。俺はそんな紗千の去っていく気配に、……いつか、本当のことを家族にも言えたらいいな、とそう思った。


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