甘い恋をカラメリゼ | ナノ
 douze



 すっかり空が暗くなった頃、玄関からバタバタと音がした。母さんが帰ってきたのだろう。おかえり、と言いに行こうと思ったけれど、母さんが上機嫌でリビングに向かっていく様子だったから、俺は少し足を止めておいた。エステ帰りらしい母さん。きっと、一番に父さんに顔を見せたいのだと、そう思ったから。

 リビングから、話し声が聞こえてくる。口数の少ない父さんが、「なんだ、まあ……綺麗なんじゃないか?」なんてぶっきらぼうにもほどがある言葉を母さんに言って、そして母さんはそれはそれはテンションが高くきゃあきゃあとはしゃいでいた。

 俺の母さんと父さんは、仲が良い。俺はそれを当たり前だと思っていたけれど、今思えばそれはすごいことなんじゃないかな、と思う。母さんと父さんは、俺が智駿さんと付き合っているよりもずっとずっと長く、夫婦として一緒にいて……そして、今でもこうして仲が良い。俺の周りで、何組ものカップルが別れているから、それはすごいことだと思うし……それに、未だ未来を描けない俺にとって、本当に奇跡のようなことだと、そう思う。

 俺は、智駿さんとこれからどうなるのだろう。ただ好きだという想いだけでは乗り越えられない壁もあるかもしれない。だからこそ、俺は父さんと母さんが眩しく見える。俺にとって奇跡であることを、当たり前の日常へ落とし込めたのだから。



「あ、梓乃。ただいま」

「おかえり〜。母さん、遅かったね」

「え? ふふ、何してたと思う?」

「知らね」

「ちょっと! もっと興味持ちなさいよ!」

 

 いいな。俺も、大好きな人とずっと一緒にいたい。当たり前のように、最期まで傍にいたい。



「ねえ、どこか変わったと思わない?」

「え〜? どこが?」

「ほんとにわからない?」

「さあ〜」

「もう〜、梓乃の鈍感! だからモテないのよ!」

「うるさい!」



 「全然違うじゃんねえ?」なんて父さんに聞いている母さんを見て、俺は苦笑いをするしかなかった。幸せでいいですこと。

 そんな父さんと母さんのやりとりを見ていると、なんとなく、俺が求めている未来がわかってくる。そして、それが求めようと思って求められるものではないということも。本当に何度でも思う、好きな人と添い遂げるということは、奇跡に近いことなのだと。



「っていうか、俺、付き合ってる人いるからね」

「……えっ!? 聞いてないけど!?」

「言ってないし」


 でも、奇跡だからこそ、夢になる。求められない夢だからこそ、俺がこれから生きていく糧になる。

 なんとなく、わかってきた。

 俺の生きていたい未来は、言葉にできるものではないーー小さな幸せの、集合体であるということを。


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