甘い恋をカラメリゼ | ナノ
 trois


「梓乃の今の付き合ってる人って、タメ?」

「歳上」

「だと思ったー!」

「なんで?」


 とりあえず俺たちが入ったのは、カフェだった。すれ違う人ほぼ全てが楓のことを二度見してくるから、俺はなんとなく肩身がせまい思いをする。こんな平凡な男が横にいてすみませんね、なんて。


「だってなんかー、梓乃、雰囲気が色っぽくなったから」

「え?」

「からかってないよ!? 歳上の人に手ほどきされてるんだな〜なんて思っちゃったの!」

「て、手ほどきって」


 頬杖をついて、にこにこと笑いながら話しかけてくる楓。楓の言っていることは間違ってはいない。楓はまさか俺が男と付き合っていて、しかも挿れられる側なんて知っているわけもないのに、妙に的を射たことを言ってくる。女の勘って奴だろうか。

 俺がどうこの話を躱そうか迷っていれば、楓はにやーっと笑って俺の手を突いてきた。なんだよ、って見つめ返せば、楓は悪戯っぽく、さながら猫のように微笑む。


「梓乃も男だったんだね〜。性欲ないと思ってた」


 んぐっ、と俺は飲んでいたコーヒーでむせそうになった。

 楓にそれを言われると、痛い。

 俺が彼女と別れた理由のひとつに、恋人らしいことがほとんどできていなかったことも挙げられる。キスも、セックスも。あんまりできていなかった。主に俺のせいで。そういったことに、俺が乗り気になれなかったのである。

 ……ごめんなさい、としか言いようがない。


「ねえねえ、じゃあさ、今はエッチ好き?」

「……なんてことを聞くんですか」

「あのさ、私と、しない?」

「あ!?」


 なに言ってんだこいつ、と俺は楓を凝視する。楓はごく当たり前のような顔をして俺のことを見ているから、聞き間違えかと思ってしまったほど。


「今、何か変なこと言った?」

「だからー、私とホテルいこ?」

「俺付き合ってる人いるからね?」

「その人のことはやめて、私にしない?」

「ごめん、なに言ってるかわからない」

「えー?」


 なんだ東京人ってみんなこうなのか!? なんて偏見を抱きたくなるくらい、俺には理解できない発言だった。


「梓乃、またかっこよくなったなあって。また私、梓乃に一目惚れしちゃった」

「……」


 からかっているな、よし、からかっている。

 動揺のあまり、俺は楓の言葉を信じようとしなかった。だって、東京の大学にいってモデルをやっているような美人が、どうしてこんな田舎でモソモソしている俺を好きになる。付き合っているときに相性が悪いって散々わかったはずなのに、また好きになるとか、意味がわからなかった。


「……いや〜、楓にはもっとイケメンの人が似合うよ」

「イケメンはイケメンでも好みのタイプってあるでしょ。私は梓乃が好きなの」

「そう言いましても……」

「失恋したときに一番ショックだったの、梓乃だったんだから。っていうか梓乃を超える人が現れないの」

「ごめん、俺、ほんと今付き合ってる人がいて、その人のこと以外考えられないっていうか」

「むー……」


 楓は納得できない、といった風に唇を尖らせる。……まあ、楓くらいの容姿なら、告白なんて百発百中だろうし、振られるなんてありえないのかもしれない。ただ、俺は智駿さん一筋なわけで、いくらモデルの可愛い子に告白されようが靡くつもりは一切なかった。

 俺は、楓のノリもノリだったから、あまり相手にしないようにあっけらかんとした態度をとっていた。びっくりはしたし、少し水分がとりたいな、と思ってカップに口をつけようとしたときだ。楓が、かた、と立ち上がる。


「……楓?」


 じーっと俺を見下ろす彼女に、もしかして本気の告白だったかとドキリとした。この態度はまずかったかと寸分前の自分の言葉に後悔したけれど……楓は、そんなしおらしい顔を見せるわけでもなく。かつかつとヒールをならして俺のすぐそばまでやってくると、ぐいっと俺の両頬を手で包み込み……


「……っ!?」


 俺が呆気にとられている間に、唇を重ねてきた。


「ちょっ……」


 ここをどこだと思ってるんだ、と俺はすぐに頭をひいてキスから逃げる。微妙に視線を集めてしまっていて、恥ずかしい。気にするところはそこじゃないけれど、俺は楓にキスをされても「まじかー……」と思うくらいでときめいたりはしなかった。


「ねー、梓乃。私じゃ、だめ?」

「だめだって……」

「えー! とりあえずシてみようよー! そうすれば私のこと好きになるって!」

「なりません!」


 なんでこんなに積極的なんだ!

 楓は、俺のなにがそこまで魅力に感じるんだろう。もうわけがわからない。

 
「実は、俺――」


 もう、言ってやろう。そうすればあきらめがつくだろう。俺は、男と付き合ってますって――そう決意したその瞬間、あるものが視界に入る。

 ――智駿さんだ。カフェに、智駿さんが入ってきた。なんでよりにもよって!

 智駿さんの隣には、スーツを着た女性。打ち合わせか何かで一緒に来ているのだろう――ということが見て取れたが、問題はそうではなく。

 この状況は見られたらまずい――!


「……梓乃?」

「い、いや、えっと」


「――あれ、梓乃くん?」


 俺が固まっていたからか、楓が不思議そうに俺の名を呼んできて。そして、それと同時に智駿さんが俺の存在に気づいて。「やばい」と瞬間的に思ってしまったのは、キスをされてしまったという後ろめたさがあるからだろうか。


「え、えーと、こんにちは智駿さん」


 何を動揺する必要がある、と必死に平静を保とうとする。前にも大学の女友達と二人でいるところを智駿に見られているんだし、智駿さんはそれで勘ぐるような人でもないし、ここで焦る必要はない。俺は楓に気があるわけでもないし、キスだって一方的にされたわけで……。

 頭のなかで言い訳を連ねるけれど、内心バクバクが止まらない。元カノだ。自分の恋人が元カノと二人でカフェにいるところなんて見たら、嫌な気分になるに決まっている。でも、まだ智駿さんは楓が俺の元カノってことは知らないし……


「こんにちは。隣の方は、お友達?」

「はじめまして、楓っていいます! 梓乃の元カノです!」

「えっ、元カノ?」


――ばかやろう!


 なんで智駿さんに元カノってバラしてんだよ〜!と俺は頭を抱えたくなった。

 「俺が智駿さんと付き合っていると宣言する作戦」は、智駿さんの隣にいる女性の存在により断念。智駿さんもその女性に「男と付き合っています」なんて知られたくないだろう。どうしたら楓を止められるんだ……俺がうんうんと悩んでいれば、智駿さんは穏やかにほほえんだ。


「へえ、元カノさんなんだね」

「今は何も、ないんで、!」


 ほんと、何もないです!

 泣きそうになりながら首をぶんぶんと振ってみたけれど。

 追い打ちをかけるように楓が割り込んでくる。


「えー? さっきちゅーしたのに?」

「待っ……ち、違う!」


 ちくしょう余計なことをべらべらと!
 
 今の俺は、たぶんここ最近で一番荒んでいるかもしれない。そもそも楓に引きずられてカフェに入った俺が悪いというのは承知しているけれど!

 智駿さんが、やけににこやかに笑ったものだから恐怖でしかない。


「へえ……ちゅーしたんだ」

「ちっ、ちがっ、されたんです、」

「そっかぁ」


 そんなに爽やかな笑顔を浮かべないで智駿さん、怖い! 俺は半泣きになりながらも言い訳もできず、黙り込むしかない。隙があった俺が悪いんだ、キスをされた事実も変わらないし弁解のしようがないのだ。

 たぶん、楓と智駿さんの隣にいる女性は俺たちの間でどんなことになっているか、気付いていない。楓に至っては俺と腕を組み始める始末で、まさか俺と智駿さんが恋人同士だなんてわかっていないだろう。


「梓乃とお兄さんは、どんな関係なんですか?」

「僕と梓乃くん?」


 絶対に智駿さん、怒っているだろうなあ……って、意気消沈している俺の横で、楓が無邪気に智駿さんに話しかけている。


「さて、どうだろうね」

「えー、教えてくださいよ〜! 先輩後輩とかですか?」

「あはは、そんなに僕は若くないよ。そうだなあ、梓乃くんに聞いて。僕の口からは、あえて言わない」

「意地悪ですねー! わかりました、じゃあ梓乃に聞きます!」


 智駿さんは俺を見てにっこりと笑う。明らかに俺に気のある楓と、白黒きっちりつけてこいと言いたいのだろう。智駿さんは楓との会話を終えるなり、女性と二人でカフェの奥の席に向かっていってしまった。


「……はあ」

「ねえねえ梓乃、あの人誰?」

「……」


 まったく呑気にこいつは……俺がジトッと睨んでも、楓はけらけらと笑っている。

 俺たちも再び席について、向かい合う。これはもう、はっきり言うしかない。俺はぐいっと飲み物を飲み干して、そしてじっと楓を見つめる。


「……あの人、俺と付き合ってる人なんで」


 告白した。はっきりと、言ってやった。これで楓は諦めもつくだろう……そう確信する。

 しかし楓は、理解をしていないようで首を傾げたりしている。無理もない、いきなり元彼が男と付き合っているなんて聞かされても、信じられないだろう。


「……付き合ってる、って……女の人のほうじゃなくて、あのお兄さんのほう、?」

「そうだよ」

「……か、……かれぴっぴ?」

「そうだねかれぴっぴだよ」

「梓乃って……男の人が好きだったの?」

「……いや、男の人と付き合うのはあの人が初めてだから男が好きなのかといえば違うと思うけど」

「えー……」


 楓は目を白黒とさせながら、なんとか理解しようとしていた。ひいている、という感じではない。本当に混乱しているだけのようだ。


「好きなの?」

「好きだよ……」

「同性を好きになるってどんな感じ? 女の子を好きになるのとは違うでしょ?」

「違くないよ」

「え、だって梓乃が女の子を好きになるっていったら『可愛い』とか思うんでしょ? あのお兄さんのことも同じく『可愛い』って思うの?」

「そういわれると……いや、可愛いところもあるけれど女の子に対する可愛いとは違う、なあ、たしかに」

「でも、好きなんでしょ? どういうこと?」

「こう……可愛いとかかっこいいとかじゃなくて、……一緒にいてじんわりしてくるっていうか、幸せっていうか……ドキドキもするし、」

「へぇー……」


 楓と話しているうちに、俺も混乱してくる。

 恋ってなんだ? 愛ってなんだ?

 女の子を好きになるのと、男の人を好きになるの、何が違うんだろう? 同じかな?


「エッチはするの?」

「えっ……す、する」

「へえ〜!」


 ほおほおと勝手に感心している楓が何を考えているのかわからない。でも、楓はなにやら納得はしているようだった。


「なんか悔しいなあ。梓乃がそんな風に人を好きになっているの見ると。私にはそんなんじゃなかったのに」

「……ごめん」

「ううん、いいの。ふうん。でも、いいなあ。梓乃って、そんなに人を好きになれたんだね」

「……うん。だから、ごめん。楓。俺は智駿さんのことが好きだから、楓とはもう戻れない」

「え?」

「――え?」


 楓も、俺がどれだけ智駿さんのことが好きかのかわかってくれたと思う。だから、まさかその関係を邪魔なんてしないだろう……この話の流れで俺はそう思っていた。思っていたから、この楓の反応は予想外だった。


「ん? 俺と智駿さんは本当に、えーと、その……あ、愛し合って、いますので、楓は、」

「それとこれとは別だよ?」

「なんで!?」

「だって私も本当に梓乃のことが好きだもん!」

「えっ、いやっ」

「まさか男の人がライバルになるとは思わなかったなあ。むしろそう簡単に奪えなそうで燃えちゃう〜」

「燃えなくていいから!」


 思わず、がたっ、と立ち上がってしまう。俺は微妙に店内の人の視線を感じて恥ずかしくなったけれど、楓は全く気にしていない。悠々と席についたまま、組んだ手の甲に顎を乗せて微笑む。


「私、諦めないよ。梓乃」

「……ッ」


 ……女って、怖い。いや、楓は女の中でも特に「強い」子だと思う。

 やばい子に狙われてしまった……と俺は冷や汗を流すことになった。


prev / next


×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -