甘い恋をカラメリゼ | ナノ
 deux


 楓、は女子高に通っていた子だった。俺の通っていた高校とはほとんど接点はなかったけれど、楓のことは俺の高校でも知っている奴が結構いた。やっぱり、その容姿がやたらと目立つもので、彼女に憧れていた人が多かったのだ。

 なんで、彼女と付き合うことになったのかといえば。彼女はどうやらその高校のバスケ部のマネージャーをしていたらしく、俺が部活の大会で市の大きな体育館に行ったときに出会った。俺の高校のメンバーが楓をみるなりひそひそと盛り上がっているなか、一体何が起こったのかわからなかったけれど楓のほうから俺のメールアドレスをきいてきた。



『なにかの間違いじゃないですか』



 なんて、びっくりしすぎて言った覚えがある。そんなこんなでアプローチをかけられて、俺も健全な男子高生だし可愛い女子に迫られたらあっさり堕ちるもので、付き合うことになったのだった。

 楓は、可愛かった。とにかく可愛かった。さらにいえば、性格も悪くない。ちょっと頭がふわふわとしたところがあったけれど、女バスのマネージャーをやっているくらいだから気が利いてはきはきとしていた。じゃあなんで彼女と別れることになったのかといえば……よくある、価値観の違い。俺と楓の、恋人という感覚があまりにも違いすぎたからだ。楓は毎日電話とメールをしないと気がすまないタイプで(それも長時間)、さらに束縛が激しかった。俺にとってそれはどうしても苦痛で、俺から別れを告げた……というわけだった。

――そんな元カノが、まさかモデルになっているとは思わなかった。彩優から見せてもらった雑誌をみたところ、時々休日の昼なんかにやっているテレビ番組に、ちらりと出たりもしているよう。すごい人と俺は付き合っていたんだな……なんて今更のようにびっくりしてしまった。

 だから、俺は今日一日、その衝撃を引きずって過ごしていた。大学生にもなるとさらに垢抜けていて、もはや遠い存在になっている楓。たぶん俺のことなんてそこまで記憶に残っていないだろうな……そう思っていた。他の雑誌にも出ていたりするのかな……そんなことが気になって、学校帰りに駅の本屋によろうとした時のことだ。



「――あれ、梓乃?」

「……? え? ええっ?」



 改札を出た辺りで声をかけてきた、やたらとオーラのある女の人。サングラスをかけていて、高いヒールを履いていて……まるで芸能人のようなその人は……



「げっ……楓!」



――楓。たった今、俺の頭の中を支配していた人物だった。



「「げっ」って何〜? 久しぶり、梓乃」

「えっ……っていうかモデルやってんじゃないの? 東京とかいってるんじゃ……」

「そうだよ〜! 東京の大学通ってる! ちょっと長い休みできたし久々にこっちきたの!」



 楓はサングラスを外して、俺ににっこりと微笑みかけた。さすがモデル、目の化粧がすごく綺麗。好きとかいう感情抜きに俺が見惚れていれば、楓がじろじろと俺のことを見つめてくる。



「……梓乃、変わってない……ね?」

「悪かったな」

「あっ、でも綺麗になったね! 美青年〜」

「……からかってる?」

「まさか! 高校のときよりもさっぱりしてて綺麗だよ〜! 褒めてる褒めてる」



 まあそりゃあ高校のときは汗で髪はばりばりになるし肌なんかも不安定で荒れたりはしていたけど……綺麗って言葉は女の子に言うものじゃないの?って思っている俺は、素直に喜べない。そもそも俺は楓に苦手意識を持ってしまっていた。楓は俺と別れたときに、個人サイト(その頃はSNSよりもそっちが主流だったかもしれない)に病みポエムを書き連ねて、それでそのコメント欄に俺を知らない楓の友達が俺の悪口をひたすら書いていた……というのを知って、ちょっと……と思ってしまったのだ。色々と俺と合わないと思っていた彼女に、どうにも俺は心の中で壁をはってしまう。



「今日、夜まで暇だからさ、せっかくだし付き合わない?」

「えっ、やだよ」



 ついでに言えば、俺は元カノと友達に戻れるタイプじゃない。もちろん無視をしたりはしないし、普通に話すけれど、一緒に遊ぶなんてことはあまりしたくない派。だから、楓から誘いをもらっても頷けなかった。それに、楓と一緒に歩いていたりしたら誤解されそうだし。



「えー! なんで! いいじゃん、そうそう何かいいお店とか教えてよー!」

「いやー……ほら、俺付き合ってる人いるんで……あんまり誤解を受けることをしたくないっていうか」

「だーいじょうぶ! 実際違うんだから! ね?」

「えー……」



 気乗りしないアンド智駿さんに申し訳ないような……。断りたいところだけど楓の押しが強すぎた。俺はこれ以上断れず、仕方なく首を縦に振る。

 楓は無邪気にやったーなんて言って、さっそく俺を引っ張ってどこかへ行こうとした。まあ、恋人にならなければこの子は普通にいい子なんだよなあ……なんてため息をつきながら、俺はあとをついていった。



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