12


 アザレアには、二人の弟がいる。

 一人はレイ。少し気性が荒く、ミーハーで。自分の気持ちに素直だが、素直すぎるのがたまにキズ。しかし剣の腕は悪くはなく、レッドフォード家の長女・マリーの護衛についている(このマリーという娘、相当おてんばなようでレイは手を焼いているようだが)。ちなみに魔力の属性は炎。攻撃力が最も高い魔力とされており、信頼も厚いようである。

 問題はもう一人の弟、ラズワード。アザレアとは少し歳が離れていて、まだ声変わりもしていない子供だ。彼は被差別種族、水の魔族として生まれてしまった。水の天使というのは世間から疎まれているのはもとより、レッドフォード家からはひどく忌み嫌われているため、そのレッドフォード家お付きの騎士の家系であるワイルディング家は必死で彼の存在を隠蔽した。彼が生まれた際も誰にも知らせなかったし、家のものは彼の存在について固く口止めされている。

 しかし、ラズワードは水の天使ということもあってか容姿は恐ろしく整っていた。いや、水の天使の中でもずば抜けているだろう。自分たちの家紋を穢す存在であることを知りながらも、彼の容姿には誰もが魅入られていた。しかしその浮世離れした容姿のせいか、その愛され方は狂気じみていた。



「お、お母様……何をしていらっしゃるのですか」



 あるとき、母・ジュリアンナの部屋をアザレアが訪ねたときである。ジュリアンナはたくさんの女物(なぜかサイズは小さい)をベッドに広げ、テーブルいっぱいに化粧道具やら髪飾りやらを並べ。なにやら見知らぬ少女を着せ替え人形のごとく色んな服を着せメイクをしては楽しんでいた。



「あら、アザレア。どうしたの」

「いえ……あの、美味しいお茶が届いたのでご一緒にどうかと思いまして」

「あら、素敵ね。少し待っていてね、すぐにいくわ」



 ジュリアンナは鼻歌を歌いながら少女の髪をいじっている。ふわふわとしたブロンドの髪はライトに照らされてキラキラと輝いていた。



「……あの……その子は一体……どちらのお子様ですか?」

「何言っているの、ラズよ」

「……えッ!?」



 アザレアは思わず素っ頓狂な声を上げてしまって口を塞ぐ。品のない声を出してしまったことに恥ずかしくなったが、それよりもジュリアンナの言った言葉が信じられなくて、ズカズカと二人のもとへ近づいていった。



「……ラズワード!? ああ、本当だ……目が青い……この髪も、カツラ……」

「ふふ、ラズはとっても可愛いからお化粧のしがいがあるわ。それに何を着せてもね、可愛いの」

「……でも、ラズワードは男の子……」

「関係ないわ。こんなに可愛いんだもの。それに、この子だって嫌がっていないじゃない」

「それは……」



――それは、ラズワードが言葉を知らないからでしょう。

 そんなことは言えずアザレアは黙り込む。そう、ラズワードは言葉を知らない。教えるものがいなかったのではなく、敢えて教えられていないのだ。言葉を知れば倫理を知る。物事の善悪を知るだろう。自分たちの人形――遊び道具としたかったワイルディング家のものは、ラズワードに言葉を教えないことによって彼を自分たちに忠実にしたかったのだ。

――残酷なことだと思う。言葉を知らなければ、自分が何をされているのかもわからないのだから。嫌とも、痛いとも……言えないのだから。



「――ジュリアンナ! どうだい、調子は!」

「あら、アンドレアさん」



 扉をあけ、アンドレアが入ってくる。その口ぶりからしてアンドレアもラズワードを着せ替え人形にして遊ぶことに関与していたのかと思うと、アザレアは正直なところ不快感を覚えた。どう考えても普通じゃない。男という性別を持つ者からその性別を奪って愉しむなど、普通とは思えなかったのだ。



「おお、ラズワード……! これはまた美しいね!」

「そうでしょう。私のセンスがよろしいのよ」

「さすがは私の妻だ、ジュリアンナ。……では、少々いいかい? せっかくだ、この姿を写真に収めたいのでね、ラズワードを借りていくよ」

「ええ、できあがったら私にも見せてくださいね」



 楽しそうに会話する夫婦を、アザレアななんとも言えない気持ちで見ていた。普段は優しくて、尊敬できる親なのに、ラズワードのこととなると途端にアザレアの理解できない事をする。



「アザレア、いきましょう。どこのお茶なのかしら?」

「あ、はい……とても有名な――」



 アザレア自身はラズワードと顔を合わせたことはあまりない。アザレアが日中はレッドフォード家にいて帰るころにはすでに彼が寝ているというのもあるし、アザレアがラズワードのことを苦手としていたというもの大きな理由である。理由はやはり、彼のもつ独特の不気味な雰囲気。吸い込まれそうな深いブルーの瞳はぽっかりと空いた穴のような暗闇を孕んでいるし、言葉を持たないから感情を持たず、表情がないといっても等しい。恐ろしく整った顔が微動だにしなければそれはまるで人形のようなのに、呼吸をし、それとともに胸が膨らむのだからそれがまたアンバランスで恐怖を覚える。

 ためしに話しかけてみてもやはり無反応で、魔が差して時々アンドレアがやっているサイン(手話とも違う、犬を相手にやるようなもの)をしてみれば動き出したのだから、いよいよアザレアはラズワードを本気で苦手だと感じるようになった。

 アザレア自身、自分がそんなに誠実な人間だとは思っていないが、これは間違っているんじゃないかと思う。……それも、こうしてラズワードと距離をとっているから言えることなのだろうか。実際に彼を目にしたものは皆狂ったように彼の虜になってゆく。そして、異常な愛情を彼に向けるのだ。容姿のせいなのだろうか、あの珍しい深いブルーの瞳のせいなのだろうか。言葉を知らない生まれたままの魂と赤ん坊よりははるかに大きくなった体の不安定さが普通じゃない魅力を引き出しているのか。アザレアにそれはわからなかったが、あまり彼に近づかないようにしようとは思っている。ないとは信じたいが、自分もその狂人の一人になりたくなかったのだ。



「……?」



 ジュリアンナとおしゃべりをしながらお茶を飲んで、そろそろ寝室にいこうかと思った時。通りかかった客間から、変な声が聞こえてくる。この時間にこの部屋は誰も使っていないはず、そう思ってアザレアはそっと扉に耳をあてた。



「――ぁッ、……ん、」

「……?」



 なんの声だろう。苦しそうな声だ。もしかして、急に具合の悪くなったメイドあたりがここで休んでいるのだろうか。それならば看病をしなければ、そう思ってアザレアは静かに扉を開けた。

――その瞬間、信じられない光景にアザレアは自分の目を疑った。



「はぁッ、んぁ、ひゃぁ……」

「ああ、すごい、さすが、しまりがいい……、……アザレア様ッ!?」



 そこにいたのは、住み込みの執事の一人レオンと、先ほどの着飾られたラズワード、そしてアンドレア。レオンとアンドレアは向かい合うように座り、レオンの脚……というよりは、局部の上にラズワードが乗っている。何をしているかは一目瞭然だ。ガクガクと揺さぶられ、ラズワードは冷や汗をかきながら必死にレオンにしがみついている。



「……お、とうさま。こんな時間になにを……」

「ん、ああ。酒の肴にな、美しいものでもみようかと思って」

「美しいもの……が、どこに」

「んん? みればわかるだろう。ラズワードがそこにいるじゃないか」



 ワイングラスを回しながらアンドレアは優雅に笑う。レオンは顔を青くしながら口をパクパクと動かしていた。



「あ、あの……アンドレア様……! 私、あの、戻ったほうが……」

「いい。続けなさい」

「で、でも……アザレア様が……アザレア様の前でこんなこと……!」



 レオンはアザレアから目をそらし、小さく震えていた。どこかでチラリと噂になっているが、レオンは密かにアザレアに好意を寄せているらしい。レオンが顔面蒼白になるのも無理はなかった。幼い子供を、女装させた男の子を、こうして抱いているところを想いを寄せている女性に見られたのだから。



「レオン。何を恥ずかしがっている。続けなさい」

「な、む、無理です……! できません……だって、」

「……君は何に恥じらいを感じているのかね? 今君は自分が何をしているのかわかっているかい?」

「……わ、私は……今……ら、ラズワード、様を……その……おか、して……います」

「――違う。君は今、芸術の一部となっているのだよ。見たまえ、目の前のラズワードの表情を、その乱れた身体を。美しいだろう、色鮮やかだろう。その額を伝う汗、紅色に染めた頬、唾液に濡れた唇、髪の毛が張り付いたうなじとしなやかに剃る身体。はだけた白くすべやかな肌は桃色に薄く染まって芳しく、そしてなにより――涙に濡れた蒼い瞳は……途方もなく麗しい。……そんな美しさを、君が作り上げているのだよ、レオン。君はこの美しい天使の魅力を引き出している職人なんだ」



――なにを、言っているの。

 驚きよりも呆れよりも、何かの感情が心に浮かぶ前に疑問が頭を埋め尽くした。本気でアンドレアの言っていることが理解できなかったのだ。



「さあ、レオン。続けたまえ。アザレアにも君のはたらきを見せてあげなさい。ほら、見なさい、ラズワードのことを。くだらない恥じらいなんて……すぐになくなるだろう?」

「――あ、ああ……ラズワード様……美しい、本当に、美しい」

「アァッ!? やぁッ!! ひぐッ、ううッ!!」



 レオンが大きく腰を揺らす。ソファがギシギシと揺れるほどに激しくラズワードを突き上げれば、ガクガクと彼は揺れた。まだしっかりと出来上がっていない首が今にももげそうなほどに揺れ、長い髪は宙を舞い、ずちゅずちゅと粘度の高い水音が部屋中に鳴り響く。



「あぁぁああッ!! ああぁあ!!」

「ああ、ああ、美しい、美しい」

「あああああぁあああぁぁぁぁあ!!」

「――ッ」



 気付けばアザレアは駆け出して、レオンを突き飛ばしていた。訳も分からず吹っ飛ばされたレオンには脇目もふらず、投げ出されぐったりとしたラズワードの身体を掻き抱いた。ボロボロと涙がこぼれていた。



「――なんてことを……なんてことをしているんですか……!! 聞こえないんですか!! こんなに、痛がっているじゃないですか!! 言葉にしていなくたって、彼がやめてほしいってそう叫んでいることくらいわかるでしょう!?」

「アザレア様……いきなり、なにを……」

「……!」



 自分がわからなくなった。勝手に手が動き、テーブルに乗っていた果物ナイフをレオンに突き出し、自分でも驚くほどに冷たい声が口からでてくる。



「……頭を冷やしてきなさい、レオン……。自分が何をやったか、もう一度見つめ直して! 自分の罪を理解できるまで、私の目の前に現れないで!!」



 はあはあと呼吸が荒くなってゆく。吐き気のするような感情の渦が体のなかで蠢いている。悲しみ、怒り、もうなんと表現したらよいのかわからない、そんなどす黒い感情だった。バタバタと逃げるように部屋をでていくレオンのことも顧みずに、アザレアはラズワードの背中を撫でた。ひくひくと聞こえてくる泣き声に、胸が締め付けられるようであった。



「アザレア……なぜ、私の邪魔をした」

「な、ぜ……!? お父様、何をおっしゃっているの!? こんなこと、許されることではないでしょう!? 無理やりこんな行為を強いること……ましてや、ラズワードはまだ子供です、からだも出来上がっていないのですよ!? アレが……どれだけ彼のからだの負担になると思っているんですか!?」

「……」



 す、とアンドレアが立ち上がる。静かに自分の方へ寄ってきて、アザレアは思わず身を引いた。その目が、自分の知っている父の目じゃなかったのだ。欲望と、氷のような冷たさをもったおぞましい色。



「……ッ」



 パン、と乾いた音が部屋に鳴り響く。自分が頬をぶたれたのだと気付くのに、アザレアは時間を要した。なぜぶたれたのかもわからずに、だって自分は間違ったことを言っていないはずなのに、アザレアはポカンとアンドレアを見上げる。



「――アザレア。おまえはラズワードを人間だとでも思っているのか? ……違う、ソレはワイルディング家最高峰の出来の『青い鳥』だ。おまえは未だかつてこんなに美しい生き物を見たことがあるかい? 私の生きている間にコレを拝めて私は誇りに思っている。その美しさを引き出すのが、ワイルディング家当主たる私の役目だろう?」

「『青い鳥』……初代当主・ザカライアの詩……」

「そうさ。私は青い羽を梳かしてあげるのだ。飛び方を教えてあげるのだ。そして私のもとへ舞い戻って空の香りを届けてくれる。コレの本当の美しさを私が作り上げるのさ」

「――間違っています。それは、間違っています」



 アザレアはアンドレアを睨み上げる。その腕にラズワードを抱いて。



「ザカライアはそんなことを詠ったのではありません。私たちに出来ることは彼を閉じ込める鳥籠の鍵を開けてあげること。飛び方は自分で覚えるのです。空を香りを届ける人を、自分で決めるのです……!」

「は……何を、アザレア。おまえに何がわかるというのだ、ソレの価値のなにが……! 見よ、今のラズワードの美しさを! その能なしがどうやって自分の価値を知るというのだ! 放っておいたら宝の持ち腐れになるのが目に見える」

「……美しい? 今の彼のどこが? こんな望んでもいない格好をさせられ、男であるというのに抱かれる側にたち、……こんなに痛がっている彼のどこが? 自分の意思を持たない者ほど醜い者はありません。彼が美しいというならば、彼が羽ばたいた時。翼をもつ意味を知ったとき。彼自身が自分の存在理由を知り、それを全うしたときです!」



 はあ、と息を吐き、ラズワードを抱きかかえてアザレアは立ち上がる。しっかりと彼の肩を抱き、アンドレアを真っ直ぐに見据え。



「――失礼します。きっとこの家にいるものは鍵をもっていないでしょう。私が開けてみせます。……彼の本当の美しさは、彼がつくりあげるのです」

「……」



 一瞬の無言。アンドレアは何を思ったのか。それを汲み取ることもできないまま、アザレアは部屋を出て行った。
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