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 朝の日差しがカーテンの隙間から差し込み、ラズワードは静かに目を覚ました。ゆっくりと覚醒していくにつれて、自分が今ハルの腕の中にいるのだということを思い出す。

 顔を上げれば、まだ寝ているハルの顔が視界に入ってきた。穏やかな寝顔だ。なんとなく、ラズワードはハルの顔に手を添えた。

 もしも昨日のようなことがあったとき、自分はこの景色を守ることができるのだろうか。朝の日差しを受け、綺麗なシーツのぬくもりに包まれ、少し間抜けなこの人の寝顔をこうして見ることのできるこの景色を。

 ラズワードはそんなことを考えながら目を細めた。



「……ラズワード?」



 ハルがゆっくりとまぶたを開ける。起こしてしまったのだろうか。そう思ってラズワードが手をどけると、ハルは微笑んで言う。



「……よく、寝れた?」



 その笑顔を見た瞬間、ズキリと胸が痛んだ。この優しい人を、守れない。そう思ったからである。イヴに手も足も出なかったのだ。もしイヴがハルに同じことをしたとして、きっと次も守ることはできない。

 こんなにも自分は弱かったのか。悪魔を狩る力がいくらあったって、大切な人を守れなければなんの意味もない。



「……ハル様」



 失いたくない。この人を、失いたくない。

 ラズワードは静かにハルの胸に顔を埋めた。そうすればハルがぎゅっと抱きしめてくれた。ぽんぽんと頭を撫でながら、旋毛(つむじ)にキスをしてくれた。

 ハルの優しい抱擁に、なぜかたまらなく切なくなって涙が勝手にこぼれてきた。ハルの背に回した手でシャツを握り締め、肩を震わせすすり泣いた。



「……っ、ハル様……」

「うん……」

「……好きです……」

「……え?」



 ラズワードはそっと顔を上げる。そうすれば、動揺しきったハルの表情が視界いっぱいに広がった。ラズワードは揺れるハルの瞳を真っ直ぐに見つめて言う。



「……ハル様……お願いですから……俺の前から消えないでください……」

「……ラズワード?」

「嫌なんです……これ以上……俺の大切な人が、目の前で……守ることもできずに……消えていくのが……」

「……」



 ちらりと脳裏に浮かんだおぞましい光景。あの恐怖が蘇ってきて、勝手に体が震えてくる。悲痛に顔を歪め涙をこぼし始めたラズワードを見ていられなくて、ハルは咄嗟に強く抱き寄せた。



「……辛かったな……ラズワード」



 ハルはラズワードに何があったのかわからない。それでも、なんとなく察することはできた。聞くことはしない。自分にできるのは、こうして慰めることだけ。そう思ってハルはただ、震える細い肩を抱きしめることしかできなかった。



「……でもラズワード……大丈夫、俺は消えないよ」

「……本当ですか……?」

「……それに、俺は守られる側じゃない。どっちかっていうと、俺がおまえを守るんだと思うんだよね」



 ふ、と微かにハルは笑う。



「……どうしてですか? 俺は一応騎士の家系に生まれています。騎士が主君を守るのは当然のことでしょう?」

「そういうことじゃなくてさ。好きな人を守るのは、男の務めだろ?」



 ちょっとだけ照れながらも、ハルは自信満々に言う。そんなハルを見て、ラズワードは少しだけ眉をひそめた。



「……それは相手がか弱い女性だったときに言う言葉です」

「関係ないよ。俺はおまえのこと大切だから」

「……だったら……やっぱり、俺が貴方を守るべきでしょう?」



 むっとラズワードはハルを見つめた。女扱いされたことが不服だったのか、自分がやっぱり正しかったじゃないかと文句を言いたいのか。それは定かではないが、そんな何気ないラズワードの表情がハルはひどく愛しいと思った。そして、ラズワードがハルを「大切な人」と言い切ったことに、素直に喜びを感じた。



「じゃあお互いがお互いを守るということでどう?」

「……主人が奴隷を守るというのはおかしい気がします」

「そういうのはなし。お互いが大切だから。それでいいだろ?」



 ハルがちょんちょんとラズワードをつついてみるとこんどこそラズワードは怒ったような表情をした。ハルの指をぎゅっと掴んで、ラズワードは上目遣いにハルを睨む。



「……ハル様の言っていることは、時々理論がめちゃくちゃです」

「理論もなにも、俺がラズワードを好きって感情自体が理論で説明できることじゃない。全部をきっちり理論付けることなんて難しいんだよ」

「……まあ……たしかに」



 ハルが笑ってみせると、ラズワードはふてくされたようにそっぽを向いた。そんなラズワードが可愛らしく思ってハルは吹き出す。



「……笑わないでください」

「……ううん、可愛いなって思って」

「だから……俺を女扱いしないでください。その形容詞は女性に使うものです」

「ラズワードは堅いなあ。いいんだよ。可愛いっていうのはすっごく好きな人に使う言葉ってことで」

「……」



 ちら、とラズワードがハルを見上げる。気づけば、涙も引っ込んでいるようだった。元気がでた、とまではいかないまでも、少しは落ち着いたのだろうか。

 ハルが微笑みかければ、ラズワードは不思議そうにハルを見つめる。



「ラズワード……おまえも、俺の傍から離れないで」

「……今更そんなの……あたりまえじゃないですか」

「……そっか」



 ラズワードの返答は、自分がハルに買われた奴隷だから、という意味なのだろうか。それとも……

 前よりもだいぶ柔らかいラズワードの表情に、違う答えを期待してしまう。



「……ハル様。きっと俺一人では勝てない相手も、貴方がいれば違うかもしれない……。だから……ずっと一緒にいれば、お互いがお互いを失わずに済むかも……しれませんね」

「……うん」



 一瞬悲しそうにうつむいたあと、ラズワードは淡く微笑んだ。



「……っ」



 そっとハルはラズワードの頬に手を添える。そうするとラズワードの美しい青の瞳は煌く海の水面のように微かに揺れた。ラズワードの睫毛が震える。

 ゆっくりと、顔を近づけた。シーツの擦れる音が耳をくすぐった。綺麗な青が隠れてしまった。いつもは白い肌が、仄かに朱に染まっているように見えた。

 触れるだけの、キスをした。


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