甘味に込めた戯言

如月。梅の蕾が丸く膨らみ、早いものだと白く可憐な花を咲かせる。別名、春告草と呼ばれるそれが顔を出しても、まだ風は冷たく外に出るのをためらう季節。
そんな時期になると、部屋から出ない事も多くなり話の種も尽きるせいか、噂と戯言が流行り出す。
そしてそれは三之助の心も掴むらしく、どこから仕入れてきたのか事あるごとに試そうと言ってくる。もちろん、そんな話にはたかが遊びといえど、俺は一切相手にしなかった。呪いだとか占いだとか、迷信的なものは信じない事にしているものの、巷で話が上がれば気にならないわけではないが、それを素直に受け入れるほど安易な性格ではなかった。
そんなある日。たまたま借りていた書物を返すために数馬と籐内の部屋に行った時の事。

「新月の日より、薄紅の金平糖を毎日ひとつ食べ、満月の日に思い人と金平糖を共に食べれば恋仲になれる」

日に換算して約15日、最後の日を数えれば16個ほどの金平糖が必要となるけれど、簡単な恋のおまじないだと、数馬が丁度読んでいた書物から引用して教えてくれた。その他にもいろいろとあるのだと話してくれたのだけれど、興味を持って聞くのも格好がつかないと思い、相槌程度で聞いていた。
女がやるなら可愛げがあるものの、そんな本当か嘘かも解らないものに頼っているようでは、立派な忍になんてなれないだろう。

そう、だからこれは戯言。ちょっとした出来心で、実験。
それにむしろ、一応恋仲である者同士でやるものではないのだから、暇つぶしといっても過言ではない。そうつらつら並べた言い訳が、自分でも大変苦しいと思いため息が部屋に落ちた。
開いた包に二つ並んだ薄紅の金平糖がより一層恥ずかしさを俺に焼き付ける。
数馬の話の後に、丁度良く先生から使いを頼まれ、通りがかった店で丁度良く薄紅の金平糖が目に入り買ってしまった。一日くらい食べるを忘れてしまうだろうと軽い考えで買ったはずだったのに、きっちりと15日目を迎え、満月が姿を現そうとしていた。

何度吐こうが無意味なため息を二度目を吐こうとした時。がらり、と開いた戸に目線をやると左門が立っていた。

「最悪だ」
「どうした?左門」
「今日も床で寝れそうにない」

隈を浮かべて朦朧とする左門は、二日前からほとんど部屋には戻らずに会計委員会の仕事をしている。よたよたとした足取りで、押入れから着替えを取り出しす。

「お前、ほんと無理すんなよ。ふらふらしてんじゃねーか」
「後輩も頑張ってる。だから大丈夫だ、あ」

左門の向ける目線の先には、俺の目の前にある金平糖。
糖は脳の働きをよくするといつかの授業で言っていた事を思い出す。それに目の前の左門は見るにもつらい風貌。だが会計委員長に直談判して休ませる勇気は俺にはない。

「これ食って頑張れ」
「いいのか」
「おう、三之助には内緒だぞ」

左門が嬉しそうにその金平糖を口に入れ、逃がすまいという殺気をまとい田村先輩が戸を開けたのは一瞬の差だった。左門が金平糖を味わう余裕もなく、首根っこひっつかまされて連れていかれる左門を見送り、ふと空を見上げるとうっすらとした月が形を空に浮かべようとしていた。
もちろんそれは、ふっくらとまんまるにこの数日でふくよかになった綺麗な満月。明日からはまた同じ月日をかけて欠けていくだろう姿を思い、少しだけ寂しく思えた。

「たかが、おまじないじゃねぇか」

何かを頑張ったわけでもない。ただ、毎日金平糖を食べただけで願いが叶うなら世の中に努力なんてものは必要なくなってしまう。人の思いが人以外で動くなら、人の思いはきっとなんの価値も生まなくなる。それに俺と三之助は端からそういう関係。お互いがお互いを好きだと知っていて、恋仲だと言える。
ただそういう関係であっても俺がそれをうまく表現できないのは、まだ慣れないだけで、きっといつか普通の顔をして三之助の横に並べる日が来る。そう信じたいたかった。
だから少し焦っていたのかもしれない。月日が流れれば、と腹をくくり何もしてこなかった自分がもどかしくて、何かにすがってみたくなって、自分らしくもない事をしたから失敗しただけ。それだけのこと。
それに月は何度も何度も満ち欠けを繰り返す。それにあわせて実行は可能だ。

それでもこんなに悲しいのは、あの小さな一粒に毎日毎日微かな希望とありったけの真実が込められていたからだろうか。


「あ、作兵衛」

部屋に戻ろうとした時。
委員会から帰ってきたのだろう三之助があちこち汚れた格好でこちらに寄ってくる。こういう時だけ、丁度良く現れるのだからこいつは第六感というものが優れているのかもしれない。

「左門、また連れていかれてたな」
「今日も寝れそうにねぇって」
「そっか。…作、なんかあった?」

ただ、発揮してほしい時にしてくれないのが残念だけれど。
なにも、と白々しい返答をすれば、疑いの混じる視線で背中を刺されたが、それで口を割るほど俺の性格は簡単ではない。それは三之助も十分と知る事らしく、深くは追及しては来ず、ああと何かを思い出したような声をもらした。

「二つしかもらえなかったから、丁度よかったかも」

振り返ってみると、三之助が差し出した手のひらの包に桃色に染まった二つ。それは、綺麗できらきらと光を取り込んだ大きな飴玉。

「こんなに大きいのめずらしいだろ。甘いもんでも食べたら少しは気分よくなるんじゃない?」

三之助が差し出す飴玉は、俺が食べ続けた小さな金平糖が星屑のように見えてしまうほど大きく、さながら満月のよう。それも淡い紅を浮かべて俺に微笑みかける。
人差し指と親指で飴玉を受け取ると、三之助は手のひらに残ったもう一つをすかさず口の中に放り込む。
じわじわ広がる甘さが、ひねくれ者の口を甘やかし、ぷっくりと片頬を膨らました三之助が俺の顔を覗き込み、視線で返事を待っていた。

「甘いな」
「うん、うまい?」
「うまい」

そっか、と満足したのだろう三之助は、縁側に腰をおろして隣側を二度たたく。従って隣に座るとぽっかりと空が口を開けていた。
はっきりと見て取れる満月は優しい。大きな飴玉はいまだ俺たちの口をふさぎ、会話をするでもなく時間と共にゆっくりとゆっくりと溶けていく。機嫌良く投げだした足をぱたぱたさせている三之助の手は俺と三之助の間に投げ出されていて、さすがに握るまでの勇気はなかったけれど、小指を触れさすことはできた。15日間の思いが起こせた行動は、とても些細で風に流されてしまうほど小さい。けれど俺にとっては大きな大きな一歩だった。

誰かが叶えてくれる願い事に意味はない
そして
そんなものは存在しない
繋がって繋がって
転がって転がって
少し勇気をくれただけ
僕たちは少しだけで
大きな一歩を踏み出す
そんな可能性を持っている

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