日暮れ時特有の、夕焼けによって橙色に染まる景色の中を数多の人が行き交う。
 夕食の時間帯が近付いている影響か市場にはラフな格好の女性達が、レストランが多い通りには家族連れが目立つ中を歩む最中、ふと見覚えのある建物を見かけた。

「此処、コーヒー味のアイスが旨いぞ」
「へー。なんか小洒落た面構えの店だなァ、一人で入るの結構勇気要らね?」
「船長と一緒だったからそんな風には感じなかったな。ま、あの人の奢りだったから余計旨かったってのはあるかもしれない」
「何だよそれペンギンだけズリィ! つかうらまやしい!」
「羨ましい、な」
「噛んだ!」

 アルトが女装する件の口止め料代わりの昼食ではあったが、こと飲食関係は当たりの店を見つけるのが巧い船長の気を惹いただけあってどれも巧かった。
 特にデザートに選んだコーヒーアイスクリームはきちんと苦味の効いた、しかし後味はさっぱりとして香ばしい匂いが鼻から抜ける逸品だったので滞在中にあと二回は食べたい。船長も無言で完食していた。

 昼間来店した青い屋根のレストランを顎で指しつつ通り過ぎ、中心街を抜けて城下エリアに差しかかる。
 段々と通行人の数が疎らになってゆく一方、巡回中らしき警備兵がちらほら見受けられるようになってきた。腕章を着けて腰に警棒を提げている点は共通だが服装は様々だ。

 芝生の地面にベンチが置かれ、それから花壇が在るだけの簡素な公園を横切った先に城の全体像が見える。正門前にも槍を携えた門番と警備兵がそれぞれ二人居る様子が確認出来た。

「サングラス取っておけ。目が見えないってだけで相手側の警戒度が跳ね上がる」
「おう」

 近付くにつれ互いに相手の顔がはっきり見えてくるが、普段とは違うラフな私服を着て帽子も取り払った俺達に向こうは何の反応もしない。海賊として動く際に俺とシャチは特に顔を覚えられにくい格好をしている事が、こういう機会に活きてくる。

 普通の声量で話しても相手側が会話を聞き取れるだろう程度の距離を空けて立ち止まる。二、三秒だけ城を見上げて「凄いな」、「なー」と感嘆の呟きを装う言葉を交わしてから警備兵の一人へ歩み寄る。

「勤務中にすまない。尋ねたい事があるんだが良いか?」
「答えられる範囲しか申せませんが、何なりと」

 予想以上に丁寧な対応をされ、内心で今度は些少ながら本当に感心する。
 王族や貴族に従事する輩は主の権威をまるで我が物かのように振りかざして横柄な態度を取る人間も少なくないが、この国の先代王は下の者にもきちんと目を届かせる事の出来る人物であったらしい。船長から聞いた妹の話と一致する。

「城の再建と新王誕生の報を受けて、是非取材をさせて貰えないかと今日上陸したんだが、聞けば週末に何かパーティーが催されると言うじゃないか。流石に中継は難しいだろうが、良ければ当日城内の写真を撮らせて貰えないか?」
「最近ずっと黒ひげや海賊ルーキー達の所為で暗いニュースばかりだしさ、偶には明るくめでてェ話を載せてェんだ」

 シャチがそう言って懐から電伝虫を取り出すと、四人の兵が顔を見合わせた。此方が城内へ入りたがる理由からして一蹴もしにくいのかそれぞれが誰かしらの顔を窺うように目配せを交わし、警備兵が俺に向き直る。

「新聞社の方なんですね?」
「ええ」
「恐れ入りますが、どなたか上司の方と電伝虫をお繋ぎ頂けますでしょうか。事前に取材のご相談を頂いたという話は我々認知しておりませんので、現状では上に取り次ぎかねます」
「あ、そりゃそうか。すんません、他社より早くと思ったら気ィ逸っちまって。オレ等の上ンとこかけますね」

 何処かしょげた素振りで電伝虫のダイヤルを回すシャチを眺める四組の瞳は存外穏やかだ。
 自国の祝事が注目を受けて好意的に見られる事に難色を示す民はそう居ないだろうとは言え、一貫して機械的に任を全うする兵団でなかった事に安堵する。人情を持ち合わせくれている方がつけこみやすい。

 口を尖らせて「プルルル、」と鳴き始めた電伝虫が門番の手に渡り、外された受話器を隣の警備兵が持ったタイミングで電伝虫の顔つきが変わった。

『はい、此方パーツ・トイ・レオハーブ新聞社グランドライン支部報道デスク。ネタの持ち込みですか、取材依頼ですか』
「突然申し訳ない。グランドライン前半の海にあるネオン島の国王直下警備部隊、門前担当の者だ」
『へ? ネオン……、…あーっ! ちょ、まさかウチの部下お邪魔してます!? 野郎二人!』
「ええ。今週末開催の舞踏会を撮影、及び取材したいと言っておられますが、貴社の意向に相違ございませんか」

 兵の名乗りに一瞬すっとぼけた顔を作った電伝虫が、次には大仰に声を上げた。俺がこのリアクションをオーバーだ、と感じるのは念波の向こうに居る存在がハートの船員だと知っているが故の結果なので、反して兵達は「こんな事だろうと思った」と書いた顔に苦笑を浮かべる。

『ええまァ、城の新築なんて滅多にねェんで取材出来れば、とは話していましたが……舞踏会の件は初耳ですな。ンなイベントがあると知りゃあ、押しかけた二人がさぞやはしゃいでご迷惑をおかけしたでしょう、申し訳ねェ。少し前にネオン島へ突撃取材してくる! なんつって新人二人が息巻いて出て行っちまったんですが、まさか本当に……』
「ハハハ、我々としてもこう真っ正面から来られると寧ろ嬉しい位ですよ。……取り敢えず、警備隊長に話を通してみましょう。結果は部下のお二人にお伝えする形でよろしいですか」
『えっ! そりゃ、勿論! 良いんですかい、ワガママ聞いて貰っちまって…』
「はい。私を含めた門番の総意です」

 上司が部下の強引なやり口に便乗するのではなく一歩引いてみせた所が、及第点を貰えたらしい。聞き覚えなどない筈の社名を不審がられずに済んだのは、昨今の新聞がフリーライターの寄稿を受け入れたり中小新聞社の飛び入り掲載も積極的に採用する形態を取りつつあるお蔭だろう。

 最初に話しかけた時よりも和やかな空気を連れて城内へ入ってゆく警備兵二人の背を横目に、シャチと視線を交わす。
 通信が切れた事で瞼を降ろしている電伝虫が先程まで披露していた百面相を思い返し、どちらからともなく笑みが浮かんだ。仲間内に演技力が秀でた男が居たとは新事実だ。

 



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