『許可貰えました。当日は城内に限らず外でも招待客の様子だとか警備の様子も撮りたい、と話したらそれも了承して貰えましたよ』
「隊長の配置は確認出来たのか」
『防犯上教えられない、と言われてしまいました。ごもっともですけどね。もし事前の調査が間に合わなければ、当日船長達が城へ来る前にインタビューしたいという名目で場所聞き出して、船長に電伝虫で知らせる事になるかと』
「あまり探り過ぎても怪しまれる。程々にな」
『アイアイ。あ、アルトと船長は陸地で訓練するんで中心街から離れた所に泊まる、と皆に伝えておきましたよ。"実際"、どうです?』

 近くに他の船員が居る状況での通信なのか、俺の掌に乗る小電伝虫を介して話すペンギンは少々遠回りな尋ね方をしてきた。
 その質問に視線を動かし、今居る室内を見遣る。話題に挙がった第三者は此方のやり取りを耳には入れているだろうが、反応を寄越す暇と余裕はないらしい。

「避暑向けであまり人気のない立地だ、動き回っても注目されねェのが良い。犬が鹿になりそうだが」
『はい? 何ですかそれ。……まァとにかく、二人共怪我のないようにしてください』
「ああ」

 相槌に併せて受話器を本体へ戻すと電伝虫が目を閉ざした。それを傍らの丸テーブルに置き、腰かけていた椅子から立ち上がると、部屋の壁に全身で寄り添うようにして立っているアルトへ近付く。

「ロー聞いて、俺は今、世界で誰より産まれたての仔鹿の気持ちが解ってると思う」
「鹿の出産見た事あるのか」
「ない」
「膝を伸ばせ。顎を引け。下を見るな、背筋が曲がる」

 壁にしなだれかかって典型的な猫背の姿勢になっているアルトの片手へ上から俺の掌を重ねて壁に縫い付け、空いている腕で反対の腕を引いて直立させる。
 両手を離すと次に顎を掴んで前傾している頭の角度を戻させ、そのまま腰を後ろから押して正すと、きちんと背筋が伸びた見た目になった。

「出来たらやってますぅ……! だってぐらぐらするから足元見てないと不安……!」
「だってじゃねェ」
「なーんで二億の賞金首の男がヒールでの歩行指導出来るかなー!? 昔ヒール大好きな恋人でも居たの!?」
「姿勢が悪ィから直せそうな所を挙げてるだけだ。軽口叩く余裕はあるみてェだな」
「あああ優しくしてください!」
「してるだろ」

 またしても頭が前へ傾こうとする様子に、額を軽く掴んで元に戻させる。

 ダンスのステップなど一朝一夕で覚えられる筈もない。そもそも教授を願える相手が居ないので学ばなくとも良いが、舞踏会は立食式だ。歩かない訳にはいかない。
 その為このオズワルド兄妹が経営するホテルで客室の一つを借り、ヒールでの歩行練習を始めたのだが、足腰がしっかり出来上がっておりバランス感覚も悪くないアルトは意外に苦戦しきりだ。

 立つだけならどうにか形にはなるものの、足を踏み出すと体幹が少しふらつく。一本の直線の上を交互に踏むような歩き方が女性的である、という事で妹が床にビニールテープを貼りつけて簡易的な練習用スペースを作り、テープ上を直進で往復する事を繰り返しているが、姿勢が先ず定まっていないのだ。

「慣れるまでは下を見るにしても目線は一、二メートル先に置け」
「頑張る……」

 腕を真っ直ぐ伸ばした状態で壁に片手をつき、危うげな歩みを再開したアルトの足元を見れば、細長いヒールが付属した女物の靴がある。他人事ながら男の身でいきなり履きこなすのは大変そうだと思う位には高い。
 だがパーティー開催まで約四日といった所なので、この準備期間内にアルトにはどうにか女として自然に見える程度にハイヒールに慣れて貰わなければ連れ立つ俺も困る。練習中に靴擦れで怪我をした場合は完治するまで待ってもいられない為、アルト自身の能力で対応させるしかないだろう。

 ある意味アルトは今回の作戦の肝である。門番に始まり給仕や警備兵、それから数多の客と間近ですれ違いながらも全員を騙しおおせたなら兄妹の目論見を成功させる確率は高まる上に、現段階でアルトには明かしていない俺の個人的な望みも俄然叶いやすくなる。

 巧く事が運べば良いが、と踵を返して再度椅子に座ると、部屋の隅に行き着いて真後ろへターンし直したアルトの声が此方へ向かって来た。

「皆にも何か手伝って貰ってるみたいだけど、俺達が舞踏会行く事はやっぱり言ったんだよね……?」
「そりゃあな。だが普段の格好で乗り込めば文字通り門前払い喰らうだけだ、そんな阿呆な真似だけはするなと言ってある」
「あ、……何だそっか、そうだよね。確かにつなぎ着て行ったら遠目でも身元バレるもんな」

 不安も露に尋ねたアルトへそう言葉を返せば、僅かばかり眉を下げていた顔が弛む。

 もう少しアルトが疑り深ければ、俺がクルーに言い付けたのは「ハートの海賊団船員たる証であるつなぎを着用して城に近付くな」という旨だけであり、城に入る事そのものを明確に禁じてはいないと気付いたかもしれない。
 "男女ペアでなければ入城出来ない"からこそ、一度門を潜ってしまえば己の女装姿をクルーに目撃される心配はないと考えている今のアルトはそこにまで思考が及ばなさそうだ。あからさまに安堵の表情を浮かべている。

 グランドラインにおいては相手が誰であれ一抹の疑心ぐらい抱いておいても損には直結しなさそうなものだが、アルトの性格ではその心構えを念頭へ定着させるにも時間が要りそうだ。

 この一件が終わった後、アルトが他人の言葉の裏を少しは気にするようになれば良い。お人好しが悪いとは言わないが、身内以外を甘やかして自己満足の他に益が得られる場合など殆どない。

「こんなの履いて何時間も座らないで過ごすなんて、何かあったら咄嗟に動けるかな俺……」
「この家を出発する前に、靴を履いた時点から体力回復能力を使い続けてりゃ脚の疲れは防げるんじゃねェか。筋肉疲労も防げるだとか言ってたろ」
「何それロー頭良い……!」
「………」

 己の能力の応用法すら失念する程目先の練習へ精一杯なアルトを、そろそろ休ませてやるべきだろうか。
 



( prev / next )

back


- ナノ -