「よくまァ、そんな『火種』を見つけられたものですね……この場合は火の粉かもしれませんが」
「こっちが火傷を負う確率は低い」
「そりゃ、一般人なら痛手な事態でも海賊の身だと"功績"ですからね」

 島内中心部に建つレストランの店内窓際、向かいの席でそう言って肩を竦めたペンギンは、会計が俺の財布から出ると知っていながら片手を挙げて傍を通った店員を呼び止めた。

 混むには早い午前中、此方がドリンクや食事にとどまらずデザートも注文する客とあってオーダー記入用の紙を取り出す男店員の愛想は良い。「コーヒーアイス二つと、アップルティーのホットを」と告げたペンギンに笑顔で応えて厨房方向へ歩む背中が視界から消えるまで見送ってから、硝子の向こうを行き交う民間人を横目に見遣る。

 市民の服装からして特に貧富の差もなさそうな、一見平和な街だ。産業形態も住人の年齢層も偏っておらず、海獣の肉や穀物の普及は輸入に頼っている節はあるが、代わりに漁業と野菜類を栽培する農業が盛んらしい。

「二つも食うのか」
「一つは貴方の分ですよ。ほら此処、直火焙煎レッドマウンテン豆を使った本格コーヒーアイスって書いてあるでしょう。多分旨い」

 船から持ち出した羽ペンの先端でメニュー表の一部を指したペンギンの目線が己の手元へ戻る。
 卓に乗るのは週末に開催される例の舞踏会の告知チラシと一冊のノートで、ノートの紙面には見知らぬ第三者が覗いたとしても問題ない程度の情報しか書かれていない。

「やっぱり、どうにか事前に当日の警備体勢が知りたいところですね」
「押し切ろうと思えば出来る」
「まァ、最終手段があるのは気が楽ですね。出入口の人員だけは何が起ころうと持ち場を離れないかもしれませんが……事が起これば来賓より真実を気にする兵も出てくる、と期待しますか」
「妹の話じゃ、使用人以外の城に勤める人間は大半が先代に仕えていた古参だそうだ。警備隊長も含まれる。その隊長が当日新王の護衛にあたるのか、案外玄関だとかの見張りにあたるのかでも少し違うかもしれねェが……どっちにしろ頭が動揺すれば部下も迷う。最低でも隊長の配置は知りてェ」
「その兄妹の話が本当だとして、船長の案を採用したやり方で隠し部屋を暴くにしても、なるべく警備兵を一箇所に集めさせないと肝心の此方の逃亡が難しくなりますからねェ」

 オズワルド兄妹からの依頼を請けて約一日。女装用品買い出しの為に妹と待ち合わせて同行させるアルトへ購入資金を渡した帰り、立ち寄った適当な店までペンギンを呼びつけて事の次第を説明した。

 単純に国宝に手をつけて悪名を上げるならまだしも、若干義賊の真似事をするような要素も含まれた話にペンギンは最初怪訝そうに眉を寄せたが、俺が持ちうる情報を話し終えて当日の計画案を説明し始める頃には面白がる気配すら瞳の中に漂っていた。
 昼食がてら相談を進め、メインの皿が下げられた今は自らノートを開いて情報を整理している。

「シンプルに人海戦術で行きますか。ウチで大々的に顔が割れてるのは貴方とアルトだけですし、シンボル化しつつあるツナギさえ脱げば俺達の正体を見破るのは恐らく海軍にも困難ですよ。普通は一日二日で急に"旅人"が増えたら不自然ですが、この島に限っては幸い城の新設やら舞踏会やらで、余所の人間が訪れる理由にも困らない」
「ならやり方はお前に任せる」
「了解です。……ところで、何故俺だけにこの話を? 作戦自体には皆も参加させるのに」

 そう問われたと同時、トレイ片手に此方へと歩み寄る店員の姿が視界の端に映った事で一旦口を閉ざす。
 焦げ茶色に染まるアイスクリームが盛られた器を卓に置いた店員が追加分の伝票を机上に乗せて立ち去った後、カトラリーの入った長方形の木箱からスプーンを取り出しつつ会話を再開する。

「アルトの事だ。俺の決定でアイツには首を縦に振らせたが、流石にテメェの女装姿なんざ身内に見せたくはねェだろ。変装する事を教えるのも、当日城内でアイツへ接近させるのもクルーの中ではお前に限る」
「ああ、そういう……アルトがどんな仕上がりになるにせよ、悪気なく囃したり騒ぐ奴も居るかもしれませんしね。……結構美人に化けるんじゃあないかなと個人的には期待してますが。見込みがなけりゃ船長だってそんな要求しないでしょう?」

 態々一人だけを呼び出して事の詳細を伝えた意図を告げると、ペンギンは納得した面持ちで首肯すると共にノートへ何やら書き足した。少しの笑み混じりに零された後半の台詞につられ、俺の口からも一笑が漏れる。

「アイツが船に乗ってから最初に上陸した島で服屋の女主人に着せ替え人形にされた、っつうお前の話を思い出してな。改めてアルトの容姿を見りゃイケそうな気がした」
「あの時は確か、丈の長い民族衣装みたいなモン着せられてました。素の顔でも意外と似合ってたし、ロングドレスでちゃんと化粧すればイケるだろうと俺も思います」
「とにかく、アルトが女装で潜入する点は伏せて他の奴等に作戦を伝えろ。アルトについては服装にしろ振る舞いにしろ、何の準備もせず臨むとボロが出る可能性が高ェ。ある程度女として動く真似が身につくよう、当日まで兄妹経営のホテルに泊まらせて諸々練習させる。クルーには、作戦の準備に併せてアイツの修業もするとでも言え」
「スパルタですねェ、分かりました。……ん、アルトは打ち合わせに参加させないんですか?」

 これまでに取り決めた内容に添って動くとなると、今日から舞踏会当日までアルトが俺以外のクルーと一切接触しない事に気付いてか、ノートとは別に手帳を捲ってスケジュールを組んでいたペンギンがふと顔を上げる。
 俺が口角を上げているからだろう、次いで帽子のつばが落とす影の中に在る双眸が細められた。

「余計な情報が念頭にあっちゃ練習に身が入らねェかもしれねェ。『ハートの海賊団は参加しねェ』とでも言っておく」
「……あんまり虐めないでやってくださいね」

 



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