「つっても、本気でやるには甲板は狭過ぎる。打ち合いとか組み手に近くなるな」
「じゃあ俺も能力使うのはナシにしておく」
「それじゃ結局手加減してんだろ。別に使われても…」
「いや、俺の能力は気合いとかで対抗可能な類いのモンじゃないから。えーと……要はこの場で、俺を近付けさせない為の攻撃が出来ないんだったら、やっぱりナシの方が良いと思う」
「…まァ、なら仕方ねェのか。覇気はアリで良いんだな?」
「良いけど、もし刀折ったらマジでごめん」
「はっ。そりゃこっちの台詞だ。オイ、ウソップ。合図しろ」

 簡単にルールを定める間、横から非常に強いルフィの視線を感じるのを無視させて貰いつつ話を纏める。
 そういえばルフィからは足の速さの秘訣を教えて欲しいとせがまれた事があったのを忘れていた。自分の頼みは断ったのにゾロの申し出は請けるのか、と拗ねた目をされていたら気まずい。

「お前等、頼むから船壊すなよ!? ──よーい、始めっ!」

 ウソップの声が最後の一音を述べ終えたと同時に、オーラを込めた片足で踏み切って跳ぶように間合いを詰める。

 普段から蹴りと跳躍に合わせて「凝」を行ってきた成果として、念能力者として褒められたものかはさておき、俺は腕と比べて脚にはより早く、滑らかにオーラを移動させられる。体感としての差は一秒にも満たないが、咄嗟の場面ではこの瞬き程度の差が結果を左右する事もままある。
 四肢に対し同程度のレベルでオーラ移動を行えた方が勿論良いのだが、この癖は俺の格闘スタイル由来のものなので中々修正が上手くいかない。

 文字通り目と鼻の先に迫ったゾロの片眼が見開かれる。試しに頭を掴めないかと脇を締めてから右手を突き出すと、上体を腰から大きく横へ反らして逃げられた。

「速ェな、クソ!」
「それはどうも。速さはローにも褒められるよ、…おっと、」

 歯を剥き出して笑うゾロの表情こそ、まるで犬科の獣のようだ。
 大きく開いた足で体幹を支えながら左手で刀を抜いたゾロが、即座に手首を返して下から薙いでくる。想像したよりも抜く動作に無駄が無くて速い。後ろに跳ねる形で距離を取って躱すと、ゾロが子供っぽく口をへの字に曲げた。

「お前……やりづれェな」
「そう?」
「此処が広い陸ならもっと違ェが、今に限っては俺ァ自分の間合いにお前を引きずり込まなきゃならねェ。なのにンな、一息で近付くわ離れるわ。刀使いが嫌がる事をよく分かってんな」
「そりゃ、斬られたくないからね。小心者なんだよ」
「嘘、──つけ!」

 今度はゾロの方から突っ込んで来た。寸前まで後方に流していた腕を、刃先が俺に届くかという距離に来た瞬間下から振り抜いてくる。
 これ以上退がると木か壁にぶつかりかねないので背筋を反らせて避けると、返す刀が上から振ってくると共に空いていたゾロの手が二本目の柄を握って更に一歩踏み込み、鞘から抜く勢いその儘に腰の辺り目掛けて刀を繰り出して来た。

 その場で両膝を折ってしゃがむ。頭上を過ぎる風に髪を揺らされながら片腕が纏うオーラの量を増やし、体勢を変えた事で顔の横に来た刃を前腕で受け止めた。ガァン! とけたたましい音が耳元で鳴る。
 先に躱した方の刀が再び振るわれる前にと空き手を芝生につき前蹴りで足払いをかけるも、角度が悪く、本当に単なる蹴りになった。転ばせるどころか却って踏ん張らせてしまう。
 だが、ゾロの目線は足元に逸れた。

 蹴りの為に伸ばした足の踵をしっかり芝生に乗せて重心を安定させると、眼前で斜めに身体を捻っているゾロの腹部に下から握り拳を打ち込む。

「ぐっ!?」
「おっ」

 予想したより硬い。体勢が悪くて俺が肩の力でしか殴れず、また殴打に使ったのが「凝」をしていない側の手である事に加え、ゾロがよく鍛え、今も確と覇気を纏わせていたのだろう。身体をくの字に曲げて貰いたかったのだが叶わなかった。

「えい」
「は!? うわちょっバカお前!」

 ならば、と衣服の脇を両手で掴み、思いきり引き寄せながら俺自身も身体を背後に倒す。両手が得物で埋まっているゾロから悪態を吐かれたがその儘身体を横向きに捻り、半ば力技でゾロも同様に隣へ転がしながら互いの上下を入れ替えた。
 が、四つん這いの状態から立ち上がろうと一時的に手足が塞がった俺の喉元を狙って、左右から刃が襲いくる。

 ────ギンッ!

「残念でした」
「チッ」
「怖いな、遠慮が無くて」
「今からでも遠慮してやろうか?」
「結構だよ」

 ゾロの胸板を強く押した反動を利用して腰から上を反らす俺の眼前で、一対の切っ先が噛み合う。伏せようかとも迷ったが、その場合は恐らく掌底か柄尻で殴られていた。ローなら多分そうするだろうと言うだけで、ゾロも似た反撃をするかは不明だが。

「オイ野郎共! 夜食出来…………、……悪ィな、邪魔した」
「テメェコック何だその目はァ!?」
「サンジ君! 違う! 何かとにかく違うサンジ君待って俺ピザ食べたいんだけど!?」

 場の空気が少しばかり弛んだそのタイミングで、サンジが再度顔を見せた。
 だが仰向けに横たわったゾロと、その下腹部に跨る俺の間で視線を一往復させるや否や、夏島の路面で干からびたミミズを見てしまったような眼差しを寄越して踵を返す。そして此方の主張に振り返る事無く、ダイニングキッチンの扉は閉ざされた。

「…………」
「…………」
「……ゾロ君、ピザ食べようよ」
「……そうだな、ピザ食うか」

 何故か目を合わせにくいが、意見は合った。

「あー、クソ。お前に木刀抜かせる事すら出来てねェな」
「なるべく抜きたくなかったよ、二本も捌く自信ないし。懐に入りづらいし。て言うかゾロ君が抜く隙を与えてくれなかったんだよ」
「腕で刀止める覇気持ってやがる癖して何言ってんだ。あれだな、あそこで踏み込んだのが間違いだった。うっかりお前が俺を殴れる距離まで近付いちまった」
「でも二本目抜くタイミング良かったよ? あれ横にも上にも回避が間に合わなさそうでしゃがむしかなかったし、右手のは嫌な高さだった」
「……食ったらもう一回」
「しません」

 俺より後に立ち上がったゾロが刀を仕舞い終えるのを待つ傍らそんなやり取りをしていると、ルフィが駆け寄ってきた。

「アルトお前、すげーな〜! ゾロは強ェんだぞ! なのにゾロが、上手く刀振れてねェみたいだった!」
「武器のある人は、相手に自分の真ん前まで接近許すと反撃方法の選択肢減らされちゃう場合が多いからね。ただ最初に俺がゾロ君に言ったように、そもそも近付けさせて貰えなければ、やっぱりリーチのある刀や剣の方が有利だよ。今回は条件が俺に味方した感じ」
「と言う事は…船の上じゃなきゃ本気出せんのか。ドレスローザに着いたらもう一回、」
「しません」

 そんな会話をしながらキッチンへ合流すると、サンジはきちんと俺達の分もマルゲリータピザを取っておいてくれた。先程刀を受け止めた腕をやけにチョッパーが凝視するので、一応袖を捲って無傷である事を証明すると、ウソップと一緒に信じ難いものを見る目をされた。心に刺さった。
 



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