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 恋愛ごとに関しては、進んで汲み上げたい思い出に乏しい。

 高校では同学年の女子生徒と、卒業後は短期で契約したアルバイト先の同僚と交際に至ったが、いずれも相手と同じだけの温度や熱量で関係にのめり込めなかった。
 恐らく相手は「恋人」というものに対して具体的な理想や展望を持っていて、しかし俺にはそうした下地はなく、本心から自分よりも彼女が楽しめればそれで良いという思考と姿勢だった。

 なのでいざ出かけようとなっても行き先や食べる物は相手の希望と好みを優先したし、それが全く苦ではなかったものの、結果として俺は過去に全て自分が振られる形で破局している。そして毎回別れ話の際に言われたのは「私じゃなくても良いんだよね」という決め付けと、「私ばかりが求めてる」という肯定も否定もしにくい不満だった。

「……んー……」

 久々に記憶の蓋が開いて、喉の奥から勝手に呻きが漏れてゆく。
 思い返せばどちらも向こうから告白されて付き合った。
 流石に恋慕を告げられたからという理由だけで首を縦に振ってなどいないし、それまでの交流で距離の近さを厭わない相手だと思えていたから更に深い付き合いをする事に抵抗はなく、交際を決めたのだ。

 とは言え高校生の時は両親を亡くして数年しか経っておらず、レイリーが遠縁のルフィを引き取って、そのルフィが児童養護施設から出かけて迷子になったゾロを連れ帰ってきていたく懐き、最終的に引き取る事になってと一気に家が賑やかになって、彼等の面倒を見る事で気が紛れて救われていた。
 おまけにレイリーから教わったのをきっかけに部活に入った空手の練習が楽しくて、正直そこまで恋愛に浮かれるだけの心の余裕がなかった時期だ。

 高校時代の彼女からすれば放課後寄り道するだとか登下校中に手を繋ぐだとか、長期休暇中に奮発してシャボンディパークに行くだとか、所謂『らしい』事を一緒に楽しみたかったのだろうなと今は察しがつく。
 俺はと言えば気持ちが友人感覚の延長線上に在ったので、決して能動的、自発的に関係を深めたり盛り上げてやれてはいなかった。其処は俺の怠慢である。
 俺の想像以上に寂しい思いをさせただろうし、貴重な青春の一部を貰ってしまったなと幾ばくかの申し訳なさすら湧く。

 高校卒業後のバイト先に選んだファミリーレストランの同僚は、初めは明るくてノリが良くて表情豊かな、単純に接しやすい子だと思っていた。良い意味で気を遣い過ぎずに居られると感じたのが告白を受け入れた理由でもあった。
 だが交際を始めて以降は、俺が女性客の注文を取ったり配膳を担当すると文句を言いつつ休憩室などで身体を寄せてくるようになった。

 俺は休憩室であろうと職場で触れ合う気にはなれなかったし、笑って巧く宥められる技量と経験値も備わっていなかった。そして、そんな彼女の態度を「可愛い」と思えるまで盲目的になれても居なかった。
 元から少々独占欲の強い子だったのか、休日にデートともなるとどんどん積極的になってきて、しかし俺からすると公私のメリハリもなく期待を示され続けて心が休まらず、押された分だけ下がりたいような心地にさえなってのらりくらりと躱し続けた。

 仮にも恋仲相手に頭の何処かで「昨日また拗ねてたからシフト合わせてデートしなきゃ」だとか義務感を覚えた時点で、せめて距離を置いて関係を見つめ直せば良かったのだろう。
 しかし職場の空気に影響を及ぼす懸念を考えて即断出来ず、ある日のデートの帰り道で「家に泊まって欲しい」という誘いを断った時、彼女は彼女で不満が募っていたようで泣きながら別れ話をされた。

 一言で語るならどちらも相性が合わなかったのかもしれないが、俺が彼女達との付き合いの中で常に善策を選択出来ていたとも思えない。俺も目の前の問題を自分と相手の二人で解決して乗り越えて行こうという意思が弱かったし、互いの理想やスタンスにずれがあると頭の隅で解っていながらも要所での決断力が足りなかった。

 投票した人達はあくまで<BEPOのアルト>に票を入れたにせよ、外見よりは内面を想像してのランキングで上位に入ったのに、俺の胸には嬉しさではなく戸惑いが真っ先に浮かんでいた。

「オイ」
「へ、──んッ!? え、何、あっ美味しい……」
「何もねェ所見て固まってたぞ。酔ったか」

 隣から呼ばれ、はっと意識の焦点が定まったと同時に半開きになっていたらしい口の中へ何か弾力のある物を入れられた。反射的に歯を立てる。
 甘辛いタレと七味唐辛子の刺激、脂の甘みが纏めて舌に広がるぼんじりの味に瞬きをしつつローに目を向けると、テーブルに頬杖をついて此方を見ていた。

「……あれ? 二人は?」

 向かいの席に居た筈の二人が居なくなっている。
 



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