ローが言う物置部屋は、現状は言葉通りの有様だ。捨てはしないが開封を急ぐでもない雑多な私物が詰まった段ボールが、幾つも置かれたままになっている。
 一先ず生活が滞りなく出来る程度に衣服と家電、生活用品を然るべき場所へ設置なり収納なりするだけで引越し当日は終わってしまい、以降はレッスンと仕事の合間に少しずつ整理整頓を進めている。相手がペンギンとシャチならば恐らく気にしないとしても、今の自宅を客人が呼べる状態と言うにはまだ遠い。

 駄々にしては優しい事を言ってくれるシャチの賑やかさに気分が解れる心地だったが、聞き覚えのないランクイン情報に首を傾げる。
 隣のローを見ると、ローも知らない事のようで僅かに片眉を持ち上げる仕種が返ってきた。

「昼間やってる主婦層向けのバラエティ番組ン中でそういうランキング発表されてたんだよ。あの番組に関しては、確か街頭調査プラス番組ホームページだけでやってるアンケートの得票数で順位付けられっから、番組側がよっぽどアンケートの存在アピールしてない限りは分母もそう多くはねェだろうけどな」
「だとしても、三位って高くない……?」

 BEPOは今も音楽番組以外の、特にお笑い要素の強い企画と、トーク中心のテレビ番組への出演は殆どしていない。バラエティは内容次第で首を縦に振る事も増えてきた。

 基本的にはアーティスト活動に集中したいというユニットとしての姿勢がツアー開始後から少しずつ浸透したようで、インターネット記事の取材依頼に関しては中身が芸能活動に関する質疑に終始してくれる記者が多くなってきたのでそれなりに応えるようにしている。
 だが紙面媒体のインタビューだと優先的に請けるのは相変わらず音楽雑誌か、ライブに関する内容を主題にすると先方から言ってくれる物だ。恋人にしたいと巷の女性に思われるような振る舞いを広く発信した覚えがない。

「そうか? イベント前後のファンの様子とか見てると納得だぞ。なァ、シャチ?」
「おう。何つーか、キャプテンのファンの子等は憧れが強ェ感じがする。私は何処までも着いて行きます! みたいな。ハイタッチ会とかも、キャプテンと触れ合った手を見つめて、静か〜に余韻噛み締めてるような子が多かったな。反対にアルトのファンの女の子達ってSNSでも現場でもテンション高くね?」
「まあ、低くはないけど……」

 ファンと直接触れ合うようなイベントの最中は目の前の相手に集中するよう心掛けているので、ローと相対しているファンの様子まではつぶさに見られないが、言われてみれば会話や視線を交わした時に身振り手振りが大きかった女性ファンは俺の方が多かった気がする。

「キャプテンも『これからもずっと応援します!』とか言われた時、ちょっと満足そうに笑ったりするから、クローク向かうファンが心此処に在らずって顔してるけどな。お前はファンがグッズ着けてたりするとよく気付くから、もし自分が彼女だったら褒めてくれそうとか、具体的な想像をさせやすいんだろう。で、そういう感想がSNSを通じて広まって、アルトのパブリックイメージの一つになってきてると」
「はー……」

 正直、意外だ。何せ露出とサービスの幅が狭い自覚がある。
 もっと素の表情などを見たいというファンの声が寄せられているのも見聞きしている。過去にツアーの宣伝を兼ねて出演した、歌の披露が絡まないスポーツバラエティ番組やロケの企画は評判も良かった。

 発言が文字に換わるインタビューとは異なり、映像ならば発言はニュアンスも表情も含めてほぼ真っ直ぐ画面の向こう側に届く。そのメリットを知りつつもBEPOのファンではない人達にBEPOを知って貰う取っかかりになり得る番組出演に積極的でないのは、やはりイメージがブレたり崩れる事を避けたいが故だ。

 加えて俺もローも、女性向けファッション誌の中で男性アイドルが特集を組まれた際に、或いはゲストの内面を掘り下げるコンセプトの番組内でありがちな、異性と恋愛に関する質疑応答に気乗りしない。
 デビュー当時から熱心に取材オファーをし続けてくれている雑誌も数社あるが、あちらも如何に自社の出版物を手に取って貰おうか頭を悩ませている業界だ。

 企画書に目を通すと、大半は俺達から赤裸々な発言を引き出して「この雑誌を買わなければBEPOの恋愛観や異性の好みを知る事が出来ない」という価値を付与させたい空気が伝わってくる。此方がそうした認識を抱く事が自惚れだと思えない程には、露骨な質問も多いのだ。
 オファーがあるのなら需要が見込まれているのだろうと、今後その手の取材も請けるか否かローと話した事もある。

 ただし俺はローと同居していて寂しさがないからか、仕事を終え帰宅した折に出迎える女性が居て欲しいと感じる場面が今のところはない。恋人が出来た前提で質問されたとしても具体的な願望や理想が──更に言えば女性ファンに合格点を貰えそうな回答が浮かんでこなさそうで、これにローも同意見だった。
 親しみやすさを持たれる事も新規のファン獲得には大切であると理解しているつもりだが、適当に答えるのはファンを含むあらゆる人の期待を蔑ろにしてあまりに失礼だし、嫌々やるものでもない。

 何より、やはり去年の夏にヒナへ伝えた、夢を見せられる存在でありたいという方針は変わっていない。
 ある程度は意図的にギャップを演出しても魅力だ武器だと捉えて貰える時代であれど、極力ファンから見たイメージの根幹を守りたい。その為に俺とローの内面に関して想像の余地を確保する事は、出し惜しみとはまた違う筈だ。
 よってテレビの視聴率や雑誌の購買数が今後の公演の集客に少なからず繋がるとしても、無理に仕事を増やすのはやめておこうという結論に改めて着地した。

 ハイタッチ会での『ファンとの距離を詰めるような要求に応え過ぎない』という基本姿勢もユニットとしての個性だと大半のファンには捉えて貰えているようなので、自分達のスタンスを明言しても構わない番組なら今後検討するかもしれない。

 まだデビューして一年も経たないので本来仕事を選べる立場ではないのだが、この辺りの意向は改めてシャクヤクにも伝えるべきだろう。基本的にはライブ会場と公式動画チャンネルか、一部の特別番組でしか素に近いやり取りが見られないというのも、結局は希少性の付属を狙っていて小狡いのかもしれないが。
 そうして仕事の方向性をある程度絞り込むが故に、プロモーション活動は他のアイドルよりもファンとの間に距離があるやり方だと思っていた。

「後はアレだな。新年特番のスポーツゲームでスタッフに当たりかけたボールをアルトが弾いて庇った奴とか、密着やら楽屋撮影企画やらでキャプテンの世話焼いてるとことか切り取った動画はツィッターで出回ってるし、あそこに居たのが自分ならって考える女の子は多いんじゃね?」
「あー、そういう……。ロー、これ最後の一個食べる?」
「ん」
「Gステでキャプテンが寄ってきたカメラに向かって指クイした瞬間のは、ツィッターにもユアチューブにもしこたま上がってますし」
「へェ。アルト、お前それ家で作れるか」
「どれ? 出汁巻き? 多分出来る」
「二人は本当にSNSでの自分達の評判気にしないな……」
「エゴサしたところで、個人それぞれの感想が目に入るだけだろ」
「俺も自分のアカウント宛てに来たコメントは要望とかが書かれてる事あるから見るけど、チェックするのそれ位かな」
「ま、キャプテンの考え方は自衛の面じゃ効果的っスよ。コメント欄はリクエスト投稿欄になりやすいし」

 皿の上に数個だけ残っている冷めた鶏の軟骨の唐揚げを口に入れつつ、彼女かあ、と内心で呟いた。

 よく恋心の事を甘酸っぱいなどと表すが、俺の中に残る後味は、割と苦い。
 



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