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「それで、二人はアイドルやらないんスか?」

 前世云々の話に区切りがついて各々が腹に溜まる料理を注文し始めた頃、シャチがそう口にした。

「コイツを売り出す側なら前向きに考えた」
「俺だってローをプロデュースしてくれって言われたらもう少し気持ち違ったよ。絶対売れるだろこの人」
「何で二人して相手を褒め合ってんスか」
「別に褒めちゃいねェ。こういう顔の方が女ウケするんじゃねェのかっつう話だ」
「いや、そういう話になるならよっぽどローの方がイケるだろ。人それぞれの好みは置いといて、ローの顔が整ってるっていうのは大多数の人が認めるとこだろうから」
「何で褒め合ってんスかァ!?」

 刺身の盛り合わせの皿から鮪を取りつつ声量を大きくするシャチの横で、ペンギンが頬杖をつく。

「こっちも二人は代表のツテと言うか、知人友人の推薦で話を聞きに来るってのは聞いてたので、乗り気じゃない事自体は問題視しませんが……あー、どうにもローさんに対してタメ口きける気がしないんでこのままいきますけど。代表の出した案、かなり良いと思うんですがね」
「内容を知ってるのか」
「二人と飯に行くと話したら教えて貰えました。代表相手じゃ尋ねきれなかった事もあるかもしれないから、何か疑問や不安を持っていそうなら答えてやってくれと。ミュージックビデオ撮影に関してはそれなりに予算は動きますが、動画配信の結果がどうあれ、二人に何か責任を負わせるような事はしませんよ? 社の知名度アップの広報も兼ねる訳ですし、必要経費です」
「てかそもそも、何でキャプテンとアルトは代表の話聞こうと思ったんスか?」

 鯵の南蛮漬けを食べているアルトを視界に映す。その口が未だ忙しなく料理を咀嚼しているのを見て先に答える事にした。

「世話になってる人が持ってきた話だった。それと、はっきり言や、金になるなら興味があるとは思った」
「めっちゃ潔いっスね。金て。え、ドーンと稼ぎてェ事情でもあるんですか」
「色々あって、話を持ってきた人……とその関係者が、俺の中学から大学卒業までの学費や教材費を出してる。おおよその満額を返してェが、今の収入だと貯めきるまでにまだ大分かかる」
「やだ……キャプテン素敵……」
「ヤバい、俺自分の事だけ考えてた……。そっか、もし頑張って売れたらこれまでの恩返しが出来……いや確かに学費は寧ろ返して当然で返済してからが本当の恩返し……」

 俺の返答を受けて何やら呟き始めたアルトの、今は顔が天井を向いている事で輪郭が露な額を指先で小突く。

「学費を返す事だけが親孝行じゃねェだろ。俺の場合はその人が親代わりで、本来向こうに俺の面倒を見る法的な義務も何もねェから一層恩義に感じてるだけだ」

 ドフラミンゴの存在は脳から追い出し、コラソンが与えてくれたものに焦点を絞って言葉を並べる。
 事実としてドフラミンゴも自分の稼ぎから援助を行っていたのは知ってはいるが、本当に単に金を出していただけだ。進学先を共に選んだり日々の中で小物や服を買ってきたりと常に寄り添ってくれていたのはコラソンで、後者に対して感謝の念が募るのは当然だろう。

「俺も昔色々あって、今の父親は親戚ですらない、元は他人だった人なんだよ。それなのに養父になってくれたんだ。本当に感謝してるし、助けになりたくて大学は行かずに仕事手伝ってて、今日はその人から話を聞くだけでもどうかって言われて来たんだけど……。……ただやっぱり、こういう動機でやるのはどうなんだとは思っちゃうな。アイドルどころか芸能人になりたいって思った事ないし」

 最後の言葉には頷ける。アルトの家庭事情へやたらに踏み込む事はせずに視線を戻すと、ペンギンが腕を組んで低く唸った。

「まァ、モチベーションってところでは、金の為という理由だけでやるには厳しいかもしれませんが……こっちからすると二人して宝の持ち腐れなんですよ。背が高い、顔が良い、声も良い、スタイルも良い。世の中のアイドル候補生や研修生が最も羨む、努力じゃどうにもならん素材の良さを兼ね備えてるんです」

 次々言葉を並べるペンギンの横で、シャチが合わせて深く頷く。

「だもんで、とりあえず一度やってみて欲しいとは思っちまいますよ。一通りやったもののどうしても無理だな、と思ったなら流石に食い下がりは……多分しませんけど」
「そうそう。ウチの所属タレントの有名どころで言ったらロブ・ルッチとかだけど、バラエティNG、ロケもほぼお断り、番宣も笑顔なし。でもクールなストイックキャラって事でそれが許されてるし、もしPR動画撮るってなっても、キャプテンも最初からそういう路線で行けばイイんじゃないっスかねェ。今の時代はアイドルって言ってもホント様々なんで、世間も芸能人の個性にはかなり寛容ですよ。二人が仮契約したらオレ等マネージャーになるんスよ〜、一緒に仕事しましょうよォ〜。全力でサポートしますってェ」

 どのような振る舞いでも、それで売れさえすれば個性の確立だと言っていたシャクヤクと同じような事をシャチも口にする。
 テレビの中で見かけるような、笑顔で手を振るなどの「アイドルらしい」振る舞いをしようとは全く思わないが、シャクヤクから提案されたのは楽曲の制作と撮影だ。一般人相手に何かをする訳ではないという点で多少気負いはなくなる。

「……アルト」
「ん?」
「お前の言いてェ事も分かるが、今回は話が向こうから転がり込んできたようなモンだし、そのきっかけは俺とお前が話だけでも聞くかと思って行動したからだ。個人的には人生経験を兼ねて、短期の特殊なバイトとして請けても良いかとは思い始めちゃいる。が、組む相手がお前じゃねェなら降りる」

 隣を向いてそう告げる。
 アルトは此方を見てゆっくり瞬きをすると、眉を浅く寄せてから拗ねたように双眸を細めた。照れた時の反応だと何となく解る。

「その口説き方はさあ、……狡いんじゃないの。ローに妥協とか我慢させんの、何か理屈じゃなく感情で嫌なんだよな……」
「こっちもお前に無理をしてまで付き合わせるつもりはねェ。嫌ならそう言え」
「…………シャクヤクさんの話で、あー一般客の前で何か披露しろって訳じゃないんだ、って心理的なハードルが下がったってのはあったんだよ。お試しとか期間限定とか、色々融通してくれて、破格の条件と待遇なんだろうとは感じてる。ペンギンさんが、動画の反響の責任みたいなのは負わせないって言ってくれたのも正直ほっとした。それだけ買って貰えてるなら、……一回やってみよう、かなあ……」

 アルトがそう言った瞬間、向かい側でシャチとペンギンが拳を突き合わせた。

「見える……見えるぜペンギン、オリコンチャート一位……!」
「いやCD出すの決定事項じゃないんだけど。動画がそれなりにバズったらね、みたいな口振りだったよシャクヤクさん」
「ああ、見えるぞ……! ミリオン再生、謎のイケメンの正体を知りたがるコメント欄、事務所宛に届くリリイベ開催要望……!」
「リリ、何て? 何の話してんの? そもそもプロ水準レベルに歌って踊れるかなんて分からないんだよ?」

 酒も入っているからか、途端に浮かれ出した元部下二人は故意にアルトの指摘が聞こえないふりをしている。
 その後は完全に酒の席になり、いよいよペンギンとシャチの顔の赤みが首にまで広がってきたところでスマートフォンが振動した。点灯させた画面にポップアップでメッセージが表示される。

「迎えがそろそろ来るから先に出る。お前等、まだ飲むつもりなら程々にしておけよ」
「へ〜い!」
「お疲れ様でしたー」
「アルト、お前も来い。途中まで乗って行け」
「良いの? ありがとう。ペンギンさん、シャチ、俺も先帰るね。二人とも足元と帰り道気を付けて」
「おー、後でオレ等のスケジュール送るな〜」
「気を付けて帰るんだぞ」

 アルトがデザート代わりに一杯だけと頼んだ蜂蜜レモンサワーのグラスを空にしたのを見て声をかける。
 コートに袖を通し、ついでにと卓の側面に取り付けられたホルダーから伝票を抜き取る。部屋を出てレジカウンターへ向かうと、横でアルトも財布を開いた。

「俺も半分出すよ」
「なら六千ベリーで良い。カードで払うからそれは俺が貰う」
「はい」

 四人分の会計を済ませて店の外へ出ると、数メートル左に進んだ先で、ガードレールの切れ目に後部座席のドアが来るようにして一台の車が停まっていた。
 歩み寄りながら、ふと懸念が浮かぶ。

「お前、他人の車の匂いは平気なのか」
 



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