店員の案内で、長テーブルと座椅子が用意された畳敷きの個室に通される。

「ワノ国式のお店なんだね」
「慣れないか?」
「いや、実家住まいなんだけど和室あるから、俺は寧ろ落ち着く。こういう椅子良いなあ……あ、ロー、コート」
「ん」

 縁側で座布団に胡坐をかいて新聞を読むレイリーの姿が思い出される。年齢を重ねても背筋が伸びている人だが、背凭れがあれば一層寛げそうだ。
 帰ったら購入を勧めてみようと思いながらローのコートを受け取り、ハンガーへ通して壁に吊るす。

「アルトってキャプテンとは前から知り合いだったのか?」
「ううん、実際に会ったのは今日が初めて」
「めっちゃ甲斐甲斐しくね……?」
「そう? 今は俺が丁度ハンガーの前に居たから……」

 全員が卓につくと、外で各自の靴を仕舞った店員が入ってきて靴箱の鍵をテーブルに置き、注文は全て備え付けのタッチパネル端末で済ませられる事と、滞在時間無制限のプランではあるが店内が混雑してきた場合は声掛けがある事を告げて退室した。
 一通りのメニューを閲覧してから、各自の飲み物と一品料理を幾つか頼む。

「アルト、ウーロン茶で良いのか? 飲み放題のプランにしちまってるが」
「うん、俺そんなに酒強くないし、帰り電車だから。酒臭いと周りの人に悪いかなって。三人は気にしないで飲んで」
「ペンギン、さっきからモテる男の違いってヤツを見せられてるぜ……オレ等タクシーで帰る気満々だもんな……」
「俺に絡むな。あれ、ローさんもお茶で?」
「空きっ腹に酒を入れたくねェだけだ。俺の方は身内が近くまで迎えに来るから後で飲む」
「了解です」

 ものの数分で飲み物と茶碗蒸し、出汁巻き卵などが運ばれてくる。
 店員が部屋を出ると、ペンギンが自分のグラスを触りながら小さく息を吐いた。

「いやー……、……世の中には不思議な事もあるモンで、お互い詳しい話はまだしちゃいないが、この四人の間には何かの縁が在るのは確かだ。あんまりこういう事言うのはガラじゃあないが、今日起きた奇跡に感謝してる。という事で、俺達の出逢いに乾杯!」
「カンパーイ!」

 未だ一口も飲んでいないのに既にテンションが高いシャチが真っ先にグラスを触れ合わせ、俺とローもそれに続く。

「ちょっとキャプテェン、乾杯って言ってくださいよォ。アルトも」
「ごめん、照れくさくてタイミング逃した」
「心の中で言った」
「許しまァす!」
「で、何から話します?」

 ペンギンの発言に、全員の動きが一旦止まった。

「……俺は先ず、此処に居る四人に何が起きてるのか知りたいな」

 片手を挙げて答える。三人もそれぞれ浅い頷きなどで反応を返してくれた。

「そうだな、擦り合わせをしておくか。俺とシャチは中学からの付き合いだが、初めて会ったその日に色々思い出しただとか、そういう訳じゃなかった。ある日二人して、ほぼ同じ内容の夢を見たんだ。ローさん……ロー船長とアルトを含む四人で、木造のレトロな、壁沿いに酒樽が何個も置いてあるような古めかしい酒場で食事をする夢だ。当時の年齢でそんな場所に行った事は勿論なかったし、二人にも見覚えはなかった」
「たださ、目が覚めてもスッゲー鮮明に覚えてんの。表情とか会話とか、その場の映像を。しかもオレからしたらペンギンが、そん時よりずっと年上に見えて。顔つきとか体格とか違ェんだけど、でもペンギンだなって分かるんだよ」

 ペンギンがグラスに口を付けるとシャチが話を引き継ぐ。

「昨日ヘンな夢見たわーって話したらペンギンもそうだって言うし、キャプテンとアルトの容姿言い当てるから、流石に何だコレ? って首傾げたなァ」

 二人の言う"夢"はどうやら俺が見ていたものよりも更に情報量が多く、且つ目覚めてもしっかり頭に残るもののようだ。

「それからもお互い、殆ど毎月何かしらそういう夢を見てな。それで、これはあくまで仮説だが。多分、前世の記憶……のようなものなんじゃないかと、俺達は結論付けた」

 ローと目が合う。次に薄灰の瞳がペンギンを捉え、続きを促すように一度瞬きをした。

「二人は、そういう体験は?」
「此処数年、お前等の言うような夢は確かに見てる。数ヶ月に一度程度だが」
「俺も頻度はそれ位。見始めたのは一昨年の春頃かな。ただ、自分の声が……違うな、皆が誰かを呼ぶ時だけ、その声が聞こえなかったりした。だからさっき会った瞬間、急に名前を思い出したような感覚だったよ。それに、いつも目が覚めると夢の内容をあまり覚えてなくて……」
「それでアルトがローさんを『船長』と呼ぶ理由が分からなかったのか……。次に、どうして前世だと思ったのかって点だが。夢の中で、スマートフォンやエレベーター、新幹線、車。そういう、此処百年ぐらいで開発されたり普及した機械的な物を見た事は?」

 問われて、夢の名残を脳裏で暫し追って、気付く。
 ただでさえ俺の記憶は断片的だが、それにしても機械の存在が思い出せない。キッチンのような場所でオーブンを見かけた気がする程度だ。

「普段これだけ機械と電気に囲まれて暮らしてるのに、あの夢だけは殆どそういったモンが出てこない。景色のバリエーションは豊富だが、どの場面であっても、その風景が一昔前のものに見える」
「更に! 時々、多分潜水艦だろうなって部屋の夢も見る。そんなモン乗った事ねェのにやけにリアルに!」
「ああ、丸い窓から海を眺める夢は見た事あるなあ……」
「そして俺達は、夢の中でローさんを『船長』と呼んでいた。よって何百年前か分からないが、俺たちは昔は船乗りとかだったんじゃないか、と。そういう話になる」

 ペンギンの話は、荒唐無稽と一蹴してしまえる物ではない。この四人が登場する夢の景色のみがやや前時代的なものである理由としては頷ける。

「ま、そうは言っても当時の船乗りの暮らし方なんて知らないんだけどな。そう思っとく方がロマンがあるな、という気持ちもある」
「船乗りか……」
「だとしても、何でオレ等は前世をチラ見出来るんだ? って話なんスけどね」
「まあね」
「でもな、昼間。ドアの向こうからキャプテンの声が聞こえた時は鳥肌立った。ドア開けたらアルトも居てスゲー嬉しかった。もしかしたら、どっかで出会ったりすれ違った時に二人が自分にとって大事な奴だって分かんねェままそれっきりにしちまうような事がないようにって、神サマが気ィ利かしてくれたんじゃねーかなとか……そんなメルヘンな事思っちまうわ、こうなってみると。夢ン中のオレ、いっつも楽しそうで……何つーか、充実してたから……」

 言葉の後半で気恥ずかしくなったのか、シャチが枝豆を噛みつつ少し茶化すような台詞を混ぜるも、その声色が心底再会を喜んでくれていると伝わる。

 そしてその気持ちには、共感出来た。「また逢えた」と理解した途端に泣き出してしまう程ローが前世の俺にとって大切な人であったのなら、今生においてそうと知らないまま過ごす事にならなくて良かったと思う。

「それで、俺とシャチの場合、一緒に過ごすにつれ前世を……思い出すって言うのか、そんな感じの事が増えていってな。例えば、話した覚えがないのに互いの好きな食いモンを知ってると言うか……そういえばコイツこういうの好きだったな、って、ふと当たり前のように頭に浮かぶ。酒を飲むようになってからは酒の好みとか、酔っ払った時の言動とか、その時点では知らない筈の事を知ってる、って気付くんだ。だから尚更、もう前世で関わりがあったとかでもなけりゃ説明がつかないなと。多分二人も、今後はそういうちょっと不思議な体験はするだろう」

 ふう、と一息ついたペンギンが生ビールのグラスを傾ける。俺も蓋を開けるタイミングを逃していた茶碗蒸しを手元へ引き寄せ、木匙で淡い黄色の生地とかまぼこを纏めて掬うと舌の上に招いた。流石にぬるくなってしまっている。

「……俺は信じると言うか、信じたいな。ローに逢った時、ああ、あれ夢じゃなかったんだって思ったし……それが何だか、すごく嬉しかった」

 生まれてこの方オカルトやファンタジー的な体験をした事はなかったが、前世で築かれた縁が今の人生で再び結ばれたと言うのならそれはペンギンが言ったように奇跡だし、そう思いたくもなる。
 何より、初対面の三人に対して逢えた事を心から喜んでいる自分の感情は、前世が頭の奥底に眠るからだとすれば納得出来た。

「否定する理由はねェな。お前等の容姿も"夢"と変わらねェ。その上で、今が五体満足で持病もねェなら上出来だ。……オイ、何なんだ揃いも揃って」
「いや……何か、ローにそう言われるとこみ上げるものがあって……」

 ロー以外の三人で天を仰いだり目頭を押さえたり胸に手をあてていたら本人からつっこまれた。どうしてローから上出来だと一言寄越されただけでにわかにテンションが上がったのかは俺自身にも不明である。
 



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