空いた口が塞がらない、とはまさしくこの事だ。

「名称の通り、気合い、気迫、気配……その辺と同じ代物だ。何か実体を伴う訳じゃねェ。だが俺、そして自覚は無いみてェだがお前のように覇気に目覚めて身に着いている人間は、それを使う事で肉体の持つ力を攻守共に増強させる事が可能になる」

 その説明は"念"にも通じる。強い思念や意思によって知らず発現させる人も居るのだ。そうしてローが、傍目に然程手指に力を込めた様子もなしに覇気とやらを使うだけで難無く厚いゴムの塊を折るのは「凝」と変わりない。

「この力の更なる利点はこれだ。物に纏わせる事も出来る。鈍器なら打撃力、刃物なら切れ味、槍だとか矢の類いなら貫通力を底上げするし、総じて武器の破壊力を補強するのにこれ以上の能力はねェ」

 この解説に至っては最早まんま「周」の事だ。だが、ナイフを折った事に驚いて思わず両目に「凝」をしローの動作を観察したが、ナイフ二本を投げる際にローの体表オーラは何等変化を見せなかった。それなのにナイフの片方は本物の刃が如く鍔までマットレスに刺さったものだから、いよいよ驚愕しか無い。

 ローが教えてくれた内容と実際目にした光景からして、俺が生まれた世界に存在した"念"と此方の世界に在る"覇気"は酷似しているが確実に別物だろう。
 武装色の覇気とやらは系統などは存在せず、また自分の生命エネルギーを源泉とする理屈でもないからか、幾ら使ってもそれだけで命にまで関わる事はなさそうだ。そして基本的な効果があくまで自分自身、或いは自分が触れている物の強化に限る点が最大の違いである。

 俺が覇気を扱えると勘違いされる訳だ。「硬」でくま人形を蹴り折った時もローからすれば覇気を駆使したように見えて、だからあの時「覇気が使える事も言わねェで」と叱られたのだ。

「その様子だと物体に覇気を纏わせた事はねェのか」
「えっ、……と」
「…まァ、今の組み手でお前が武器ありきで戦闘した経験が無いに等しいのは判ったがな。何なら丸腰の時の方がお前の場合は動きが良い」

 「周」なら出来る。木刀でなくとも何かしらの無機物に俺のオーラを纏わせれば、それを使ってマットレスに穴を空けるも別の木刀を叩き割るも容易い。
 ただこの質問に何と答えるのが正解なのか解らずに言葉を詰まらせてしまうと、ローの方から話を切り上げてくれた。

 俺の固有能力の発動も身体機能の強化も、全て俺自身の生命オーラを源にして行っている。対してローの持つ特殊能力は悪魔の実を食べる事によって得た物で、肉体と物質の強化は当人の覇気が可能にしている。
 一見やっている事は似ているがそもそもの仕組みが異なるので、これは巧く話を合わせるのは意外と大変かもしれない。

「今後の訓練に関しては、先ず木刀の扱いに慣れて自分の間合いを覚えるのが最初の段階になる。木刀には刃がねェ分、刀身の向きを気にしなくて良いってのが長所ではあるからな……基礎が出来たら暫くは打ち合いと組み手に重点を置く。覇気と"ダイヤ"を組み込むような模擬戦闘訓練はその後だ。よって今教えた覇気関連の事を明日から意識する必要はねェが、頭の隅にはしっかり置いておけ」
「了解」

 先に腰を上げたローが差し出して来た片手を掴み返しながら返事をした直後、腕がぴんと伸びて肘関節に鈍痛を覚える程の勢いで、その手を強く引かれた。同時に顔の真横で空気が唸る。

 咄嗟に空いている腕全体へ多めにオーラを振り分けて肘から上を頭の隣に掲げると、構えてから一秒も立たない内に、人体同士の接触では起こり得ないようなガン! という重い衝突音が間近で弾けた。
 一拍遅れて、衝撃を受けた手首の近くが弱い電流を流されでもしたかのようにじんわりと痺れる。

「──突発的に危機が迫れば、充分な耐久度で発動出来るみてェだな。及第点だ」

 俺の片腕分の幅を挟んで直ぐ其処まで迫ったローの膝が、ゆっくりと退く。満足げに双眸を細めるローとは反対に俺は内心で恐々とさせられていた。

 ただ単に身体の周囲をオーラで覆う「纏」の状態で居るだけでも、相手があくまで一般人ならば、例え名の知れた格闘家であろうがその攻撃でダメージを負う事は少ない。
 今しがたの俺は「纏」よりも更に防御力を増した「凝」を行っていて、恐らく鈍器で殴られても傷を負わない程度の強度は在った筈なのに、それを揺らがせて身体まで衝撃を伝えてきたのだからローの覇気は相当なものだ。おまけにオーラとは違ってどれだけ"練り込まれた"かが視認出来なかった。

 ローの覇気が不十分であったり、或いは俺がオーラを込め過ぎていたならローの膝が只では済まなかったかもしれないので、結果的には俺が押し負けて良かった、という意味でも口から深々と息を吐き出す。

「今の、俺が防げてなかったらどうなってたの…」
「無防備な頭に覇気を纏わせた膝蹴り入れたら下手すりゃ頭蓋骨が割れる、流石に当てねェよ。寸止めするか覇気を解くかはしてた……手ェ出せ」

 促される儘掌を上へ向けつつ手を伸ばすと、手首を軽く掴んで裏返される。
 首や頭を狙う攻撃の殆どは手を使って受けたり弾いたりしていたからか、手の甲の肌が左右共々赤くなっているのが見てとれた。運動して血流が良くなっている筈のローの指が若干冷たく感じるので熱も持ち始めているかもしれない。

「痛むか」
「多少ヒリヒリとはするけど、支障って程ではないよ」
「これなら湿布貼っときゃ明日には治る。寝る前にでも医務室に取りに行け」
「はーい」

 視診と触診で直ぐに結論を出したローに再び腕を引かれ、今度こそ何事もなく立ち上がる。動作に併せて背筋から腰まで汗の粒が伝うのを知覚しながら出入口の扉を開けて鍛練場を出ると、廊下の外気がやけに涼しく感じた。

「良い汗も冷や汗もかいた…」
「良い事だな」
「えっ」
「危機感が刺激されただろ」
「…おかげさまで」

 こんな風にローと話すのも久しぶりだ。近頃は逃走騒ぎに戦争に七武海ハンコックの同乗にルフィとジンベエの治療に、と誰も彼もが慌ただしく自らのやるべき仕事に追われる日が続いていたので、今は疲労感と一緒に充足感もある。
 女ヶ島に着いたらどうするのか未だローからもペンギンからも聞かされてはいないが、考えていないという事はないだろう。そう目的地に意識を向けたところで、何気ない意見が口をついた。

「でも女ヶ島ってあれだね。女の人しか住んでいないんじゃ、男が上陸して来た場合の自衛とか防犯って大変そう」
「…………」
「……?」
「そうだった。お前は恐ろしく世間の情報に疎いんだったな…」
「え、俺別に変な事言ってない……よな?」

 



( prev / next )

back

- ナノ -