×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -
07.振り向いてエクレール

「銀時、お前女子をなんだと思ってるんだ。黙って見ていれば靴下のように取っ替え引っ換え…そのうち背中を刺されるぞ」

「例えが下手だな。いや学生の恋愛なんてこんなもんだろ。つーかあっちから寄ってくんのよ。お前こそよくそんなに女の子の告白バサバサ断れるな。……なんかなぁ、しっくりこねぇんだよな。俺理想高いのかなー」

「不純だぞ。学生ならば学生らしく清く正しい男女交際をしなさい」

「お父さんかよヅラはよー」

「……お前はどんな女なら満足するんだ」

「…そーだな……家庭的な子がいい。仕事から帰ってきたらあったかい飯があって、それを毎日一緒に食べる。美味そうに食う子がいいな。あーあと胸はデカければデカイほどいい」

「なら真面目にそういう女を探すこったな。尤も、その相手がこの世に存在すればの話だが」

「いるだろ料理の上手い女の一人や二人くらい!ンだよおめーはどうなんだよ高杉」

「そうさなァ、この世で一番嫌いなものは天パって言う女にするかな」

「うっせーなお前は本当に!」

「俺は未亡人にグッときます」

「そいつは清く正しい男女交際なのか?」









これまでの俺の恋愛は、恥ずかしながら今となっては恋愛と呼べるものでさえなかった。適当に付き合って適当に別れる、その繰り返しだった。

言い寄ってくる女はそれなりにいた。
特に大学では顔立ちの良い高杉・ヅラといれば嫌でも目立つ。群がる女の若さに物を言わせた露出の高い服と濃い化粧が揃えば皆同じ生き物だ。
その中から適当に、まぁ消去法に近い基準で身体の相性が良さそうなのを選んで一定期間付き合う。執着はしない。

そのうちに女は身体の付き合いだけでは物足りなくなりやれ愛情表現が足りないだのもっと大切にしろだの不満を言いはじめる。
それが終わりの合図だった。少し冷たくすればすぐに離れていった。本気になったことはなかった。学生の恋愛なんてそんなもんだと思っていた。
適当に優しくして適当に身体を重ねて頃合いを見て面倒になる前に別れる。
その中にもきっと本気で俺のことを好きな子もいただろう。だが俺はただでさえ忙しい教職課程に集中していて他のことは二の次だった。自分のことしか考えていなかった。
ある時、高杉が珍しく俺に口を出したことがあった。

『銀時、お前もっと周りを見ろ。今はそれでいいのかも知れねェが……本気になった時、後悔するぞ』

もっと他にも何か言いたげな表情だったが、続く言葉はなかった。高杉にしてははっきりしない物言いに苛ついたのを覚えている。その当時は心に全く響かなかった。

年を重ねるごとに女は寄ってこなくなった。
そりゃそうだ。出産、子育てを控えている女性は将来を見据えるのが早い。教師という仕事に就いて給料は安定しているとはいえプライベートはフラフラしてばかりいる俺に甲斐性と将来性は皆無だ。
こうして俺の恋愛は遊びの域を出ないまま停滞を迎えた。
今、やっと高杉の言葉の意味がわかった。
こんな歳になって、好きな女の子の慰め方もわからない。傷ついた彼女に自分の気持ちを押しつけて追い討ちをかけてしまうほどに周りが見えていない。嫌われるのが怖くて肩も抱けない。今まで何人の女を傷つけて泣かせてきたかもわからないのに。
最低だ。後悔しても遅い。謝りたくても謝れない。彼女たちが謝って欲しいのは今の俺にじゃない。あの頃の、馬鹿でどうしようもない俺にだ。









「セブンスターのボックス1つ」

レジに置いたカゴの中には、いちご牛乳とエクレア。この間彼女が食べたいと言っていた新作だ。
レジ袋を持って店の外に出て喫煙スペースで煙草に火をつけた。深く吸い込んで、溜息のように吐き出す。

今頃姫ちゃんはどうしているだろうか。
泣かせて、困らせた。
あんな時に言うはずじゃなかった。つい逃げてきてしまった。驚いていたが、俺の気持ちはしっかりと伝わってしまっただろう。
何事もなかったかのように食卓を囲めるか?
……いや、今日だけはいつも通りに過ごさなければならない。これで最後になるかもしれないのだから。

すぐそこのコンビニのはずが気づけば往復で40分もかかってしまった。頭冷やしすぎたし身体もすっかり冷えてしまった。寒ぃ。姫ちゃんの部屋ドアに手をかけると、鍵は開いていた。俺が出ていったからそのままにしてくれていたのだろう。
ドアを開けて玄関に一歩踏み込むと、出る時にはなかった黒い革靴が目に入る。男物だ。まさか。
ハッと顔を上げると、廊下の向こうのリビングから話し声が聞こえた。

「坂田さん戻って来ちゃうから今日は……」

困ったような姫ちゃんの声。
俺が戻ると困るらしい。
確かに話がややこしくなるよな。
とりあえず出ようとした時、いちご牛乳のパックとエクレアが入ったコンビニ袋をドアにぶつけてガサリと音を立ててしまう。

「やべ…」

「坂田さん?」

音に気づいた姫ちゃんがリビングのドアを開けてこちらに来た。

「わり、出直すわ」
 
「出直すこたぁねぇ。上がれよ……銀時」

姫ちゃんに次いでリビングから顔を出したのは、

「………高杉……」

ちょっと待て、なんでお前なんだよ……。
……いや、コイツなら全てに合点がいく。
昨日ベランダで聞いたジッポライターの音。
高杉が学生の頃から使っていたそれだ。
『お菓子を食べてくれる人は甘いものが好きじゃない』と姫ちゃんが言っていたのも。コイツは昔から甘いものが好きではなかった。姫ちゃんを泣かせたのはお前だったのかよ。こりゃまた強敵だな……………。

「ほら、ほんとに今日は帰って」

「俺がいちゃ邪魔か?せっかく心配して来てやったのに」

「邪魔だよ…坂田さんに変に思われたくない」

「もう思われてるとおもうぜ?なぁ銀時」

「…俺に振るなよ。今頭ン中フリーズしてんだよ。なんなのお前。お前マジでなに?年下の趣味なんてあったっけ?どっちかっていうと年上がタイプだったろ」

「あ?お前もだろ。学生の頃はそりゃあもう派手に……」

「ちょっタンマ!ちょっと待ってここでする話じゃねーわ!じゃ、彼氏来たみたいなんで俺部屋戻るわ!ごゆっくり!」

「坂田さん、聞いてください」

出て行こうとすると姫ちゃんが引き止めた。真剣な声に動きが止まる。

「わたしたち、付き合ってません」

「あ、ごめんもう元彼か」

「元彼でもありません」

「……は?じゃあ何、まさかセ」

「昨日の別れるって話はわたしたちの両親です。
この人はわたしの……お兄ちゃんです」

「………お、………」

『そういえば高杉に妹がいたな』

遠くでヅラの声が再生される。
少し前に飲んだ時の台詞だ。

「お兄ちゃんかよォォォォォォォォ!!!」




title by 子猫恋
prev * 7/33 * next