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05.いじわるなマシュマロ

「坂田先生なに食ってんのー?うわめっちゃうまそうじゃんそれ」

「この世で一番美味いアップルパイ」

「一口ちょーだい!俺朝からなんも食ってないのよ!この間キャバ行ったの嫁にバレちまってさーもう一週間口聞いてくれないし勿論飯も弁当もなし」

「そりゃ自業自得っつーんだよ服部センセ」

昼休み、裏庭の喫煙所。
ベンチに座る俺に話しかけてきたのは同学年を受け持つ服部先生だ。お願いお願いお願い〜と絡みついてくるのがウザくて一口だけやると、お!と口に手を当てて大声を出した。そうだろ、うめーだろ。

「何これうまー…。どこの店?」

「俺んちの隣。隠れた名店。俺的ミシュラン5つ星」

「つかその包み、明らかに手作りだろ。なに〜〜?坂田先生ついに彼女できたの?しかもアップルパイ手作りするなんてかなり家庭的じゃーん」

「彼女だったらいいのにねぇ〜」

「え、付き合ってないの?なのにそんな美味いもん作って貰ってんの?」

「つーか服部先生が昨日電話かけてこなけりゃ最高の気分で一日終われたのにさー………」

そう、昨日食べた焼きたてのアップルパイ。
最高に美味くて最高に楽しい夜だったのにコイツがどーでも良いことで電話したきたせいでベランダに置かれた彼氏の所持品を見つけてしまったのだ。気持ちは一気にどん底だ。
そんな俺をよそに残りのアップルパイを丁寧に包んで持たせてくれた姫ちゃん。
自室に戻ってからコイツを見るたびにあの黒いサンダルと灰皿がチラチラと頭によぎる。アップルパイに何の罪もないが。めちゃくちゃ美味いが。

前に煙草吸う横顔が格好いいって言ってたのは彼氏のことだったのかと合点がいった。
ラブラブじゃねーかチクショーーーー。虚しい。大の男が一人だけジェットコースターに乗っているかのような気分だよ。

「あー、じゃあお礼にコレやるよ」

ごそごそとポケットを漁って服部先生が白い箱を取り出した。手を出せという動作に従うと、コロンと黒い飴が乗った。黒飴っぽい見た目だ。

「何これ」

「友達のハネムーン土産。フィンランドでムーミン谷の仲間たちに会ってきたとかなんとか」

「へェ、フィンランド。健康にいい飴的な?……!」

ポイと口に放り込んだ瞬間、手が震え頭痛がする。
口の中が緊急事態を判断し唾液生産工場が急ピッチで唾液を出しまくる。
タイヤだ。俺は今タイヤを舐めている。しかも、五年くらい履き潰したスタッドレスタイヤ。クッソまず。

「オェッペッペッ!なんだこれ!産業廃棄物じゃねーか!」

「サルミアッキっていう飴らしいぜ。世界一不味い飴とかなんとか」

「世界一美味いアップルパイの礼が世界一不味い飴かよ!オェッ」

「これが結構癖になるってんでグミに始まりアイスやらパイやら色々と商品展開されてるとか」

「なに?フィンランドの人たちはマゾなの?」

なんてモンをよこすんだこの男は。
残り少ないアップルパイで口直しする。
あーーうま。
ヤバイもん食わされたわ。

「それやるわ。一箱食べられそうにねーし」

「いらねーよ」

「アップルパイの子に美味かったって伝えといてくれ」

「伝えねーよ」

サルミアッキはHRで生徒たちに『頭が良くなる飴』として配った。屍累々、圧巻だねー。まぁボコボコにされたけど。






『坂田さんへ
今週の土曜日は予定ありますか?
ご飯食べにきませんか? 姫』

姫ちゃんとのご飯会は月に2回ほど定期的に開かれた。講義や試験のことを話したり、新しくできたスイーツの店やコンビニのデザートの話など、行く度に話題は尽きなかった。
いつしかご飯のお誘いメールが届くのが楽しみになっていた。今日は金曜。明日が2週間ぶりのご飯会だ。
週末が楽しみになるなんて学生ぶりのことだ。スマホのカレンダーを指で追う平日。俺は一体どうなってしまったんだ。こんなにひとりの女のことを考えるなんて。失った童貞が戻ってきたのか?

この関係をなんと呼べばいいのだろう。
飯友とか本人に言った記憶はあるが、果たしてそれでいいのか。一緒に食卓を囲んでいる時間は本当に癒されるし幸せなひと時だ。だが自室に一歩足を踏み込めば暗く冷たい現実が待っている。

約束を待つ間、彼女の部屋の前を通る度に今日は彼氏といるのか、なんて思考に陥り落ち込む。とてつもなく遠い距離だ。隣なのに。
この落差がしんどくて耐えきれず、いっそ飯の誘いを断ってしまおうとさえ思ったこともある。だがこれは彼女との唯一の糸なのだ。俺が切ってしまえばこの関係は終わる。それは何より辛い。

「あー集中できねー」

テスト問題を作っていた手を止めて、一服しようとベランダに出た。最近肌寒くなってきたな。寝る前にホットミルクでも飲むか。あれマシュマロ浮かべると甘くて美味しいんだよなー。確か前買った残りがまだあったはずだ。
使い捨てライターで煙草に火をつけて白い煙を吐き出すと、隣から声が聞こえた。姫ちゃんだ。友達呼んでテスト勉強でもやってんのか?……いや、様子がおかしい。

『納得できないよ……!』

ドキリと心臓が飛び跳ねる。
泣いているかのような声。こんなに切なそうな声は、聞いたことがない。俺の前ではいつだって彼女はニコニコと笑顔で、元気で、幸せそうで………。
友達と喧嘩してんだ、うん。
珍しいなぁ姫ちゃんが喧嘩なんて。
まぁ学生の喧嘩なんて良くあることだ。
俺なんてアイツらと何度殴り合ったか。
落ち着け、俺…落ち着け。

暫くすると、カララ、とベランダの窓が開く音がする。
まじでか。
思わず息を止めた。嫌でも耳が澄まされる。

キーン、シュボッ……
火をつける独特の音。
身近に使っている奴がいるからわかる。
ジッポライターだ。ならば出てきたのは彼女じゃない。
次いで煙草の濃い煙が風下の俺のところに流れてくる。

……友達、じゃあねーよなぁ、どう考えても。

お前のことずっと前から知ってるよ。
見たこともねーけど。彼氏だろ?
あの黒いサンダル履いて、あの黒い灰皿使ってんだろ?彼女の泣き声を聞きながら。

別れ話なら俺にとってはグッドニュースだ。
別れちまえってそうずっと思ってたじゃねーか。
そうすれば俺にだってチャンスはある。
この展開は万々歳だろ?
だけど、彼女の叫ぶような泣き声が頭から離れない。

大切に、してくれ。
泣かさないでくれ。
頼むから。
あの子を泣かすのもそれを笑顔にできんのも、
アンタだけなんだよ………。



title by 子猫恋
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