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28.カフェオレ飲んでるその顔がすき

ピンポーン。俺の部屋のインターホンが鳴った。姫手作りのめっちゃ美味い夕飯を終えて片付けをしているところだった。画面を見ずとも誰だかわかる。今のチャイムいつもより低かったんじゃねぇかって幻聴を感じつつ、玄関のドアを開けた。

「お帰り〜」

「こんな汚ねぇ所が俺の家なわけねぇだろう」

「そっすね。まぁ上がれよ」

「いい。姫出せ」

ブリザードが吹き荒れている。様子を伺っていた姫がパタパタと出てくると、高杉の部屋に置いていたであろう荷物とペット用のキャリーを渡した。

「お兄ちゃんあのね、今回のことはわたしの誤解で」

「いいから荷物片して来い」

「はい…」

姫が自分の部屋に荷物とミルクを置きに行くと早速一発殴られた。痛ぇ。頬がジーンと重い。久しぶりに殴られたわ。でも高杉にしては加減した方だとわかる。

「いってーっ…鼻血出たらどうすんだよ」

「鼻血出しときゃその顔もいくらかマシだろ」

「いやちょっと無茶じゃね」

「結局、セフレと隠し子のどっちが誤解だったんだ?」

大真面目な顔で尋ねてるけど何その二択……。どんだけ最低な彼氏なんだよ俺。信頼ねぇな、知ってるけど。

「どっちもだよ。いるわけねーじゃん。仮にもダチの大事な妹に手出してんのにそんなことするかよ」

疑うのも無理はない。そういう人間だったことは確かだから。

「ふざけた事ばかりしてる男にはアイツはやれねぇな」

「もうお父さんポジションじゃん」

ああでも、この二人の家は離婚したんだっけか。それなら高杉の言葉の重みも、俺を殴ったこともわかる。兄として、家族として大事な存在が傷付けられて黙っていられる奴なんて普通いない。俺には兄妹も家族もいねぇからわからないが、もし姫を他の奴に傷付けられたらと思うと居てもたってもいられない。誤解とは言え泣かせて傷つけたのは事実だ。そして、これからも一緒にいたいという意志を伝えないと。膝を折って、玄関先で土下座した。

「この度は俺の不誠実な態度のせいで誤解させてしまい申し訳ありませんでした」

「で?」

「こんなダメな大人ですが妹さんと同棲したいと考えています。お許し頂けますか」

返事はない。俺がここまでしたのが意外だったのかそれとも馬鹿を見るような目で見下ろしているのか。多分後者だ。

「銀時てめぇ……ハゲたな」

「えっマジ!!??」

バッと顔を上げると目の前に姫がいた。不安そうに眉を下げて、この状況に涙目になっていた。

「どうする?」

高杉が聞いた。きゅっと唇を結んで、兄貴の方に向き直った。

「わたし銀時さんと一緒にいたい。勝手に想像して傷付いて我慢するんじゃなくて、ちゃんと話して寄り添いたい。自分の気持ちを大切にすることは銀時さんを信じることと同じだってやっと分かったから……だから、お願いします。一緒に住むこと許してください」

そう言って頭を下げた。姫がそんなことする必要なんてないのに。俺が悪いんだよあんな些細な事でこんな風に大事になるなんて思ってなかった。せいぜい邪な気持ちが彼女にバレて気まずくなるんじゃないとかくらいにしか考えてなかったのに。

「お願いします」

俺も再度頭を下げた。フローリングに額がコツンとぶつかった。

「姫はまだ学生だ。てめぇも職場での立場ってモンがあるだろ。物分かりのいい人間ばかりじゃねぇ。それでも二人でやっていきたいんなら、逃げずにちゃんと話し合った上で……好きにしな」

「…ありがとう!」

「浮気も上手くやれよ」

「しねぇって言ってんだろ」

良かった!と嬉しそうに抱きついてきた姫を受け止めると、それを見ていた高杉はほんの少し口元を緩め、「じゃあな」と出て行った。

「あ〜〜〜〜緊張した。面接より緊張した」

「銀時さん、ありがとうございます。土下座までしてくれて…」

「いや俺がしたくてしただけ。誤解させたのは俺だから。アイツも大事な妹のこと心配してるから」

「ありがとう……」

何度もお礼を言いながらぎゅうぎゅう抱きつかれて、抱きしめ返して唇を合わせた。本日何度目かのキスで慣れてきた姫はやがて自分から舌先を出してちろりと俺の唇を舐めた。少し照れ臭そうにして俺を見たタイミングで俺も表情を見たくて目を開けたからばっちり目があった。

「っ恥ずかしい…」

「やらしいキスしたいんだ?」

「…うん」

「うわ、ちょー可愛い」

素直な姫ってめっちゃ可愛いな。薄く開いた小さな口の中に滑り込む。ゆったりとした動きで舌を絡ませながら背中を撫でるとピクリと反応した。

「…ん…っ」

吐息とともに高い声が漏れて、あーこの声すげぇ腰にクるんだよなぁとつくづく思う。

「たまには俺のとこ来る?」

少し舌を出して誘うと控えめに口の中に入ってきた。拙い動きで俺の舌を辿ってざらりと唾液を絡ませる。あ、今更だけど口ん中煙草くせーかも、ごめん。姫と会えなくて、姫のご飯が食べられなくて自然と本数が増えていた。

「苦い?」

キスの合間に聞くとゆるく首を振った。

「銀時さんのだから苦くないです」

「やべーすげぇ誘ってくるじゃん」

「誘ってな、んん、きゃっ」

お返しに姫の口の中に舌を突っ込んで唾液を吸い上げながら無意識に服の中に手を入れてブラのホックを撫でると悲鳴を上げた。あー外したい。めちゃくちゃ外したいこれ。何色のブラ付けてんの?外したところめっちゃ見たいし触りたい。

「あっ…銀時さん、ここ、玄関…」

「ベッド行く?」

「…………行きたい、けど」

「けど?」

「今日は帰ります」

「へ?」

「おやすみなさいっ」

ちゅ、と頬に軽くキスをして逃げるように俺の部屋を出て行った。パタンと閉じられた扉の前でしばらく呆然とする。あれ?今、めちゃくちゃ良い雰囲気じゃなかった?何か間違えた?服の中に手突っ込んだのが悪かった?焦りすぎた?いやいやどう考えてもあと一押しでいけたはずだ。

「……どーすんのこれ」

俺の俺が臨戦体制なんですけど。まぁ、姫の本音も聞けたし同棲の許可も得たし今日のところは良しとするか。





「俺的にはこっちかなーって思うんだけど、条件はこっちのが良い感じがする」

「うーん……なるべく銀時さんの職場が近い方が良いかなぁ」

部屋の間取り図と睨めっこする俺たち。一緒に見ようと提案すると姫から「外に出ませんか」と誘いを受けてカフェに来ていた。

「俺はまたそのうち異動あると思うからセキュリティとかの条件重視で決めようぜ。この辺なら今より近いから。とりあえずそれぞれの部屋と…キッチンの広さは重視したいよな」

「こんなに立派じゃなくても大丈夫ですよ?」

「まぁ写真と実際違うかもしれないから内覧させてもらうか。辰馬に連絡しとく」

「…夢みたい。銀時さんと同棲…」

誤解が解けてからというもの、姫はいつも以上にほわほわと柔らかい雰囲気が出ている。心が安定している証拠だ。ストーカーが元教え子だったってことは本当に申し訳ないが鍵はさしておいたから少しは大人しくなるだろう。

「お隣りさんじゃなくなっちまうからそれまで今の関係も楽しんどこうな。多分、お互いもう一人暮らしなんてしねぇと思うから」

そう言うとほんのり頬を赤らめた。

「楽しみです」

「俺も。次の休みで内覧な。そんなに急いでないけど来月辺りに引っ越せたらいいな」

「はい!新しいおうちの周りのカフェを散策したいです」

「いーね。俺も行っていい?」

「もちろん」

一歩前進。今のアパートから引っ越すと姫は徒歩で大学に通えなくなる。俺の職場に少し近づけつつ、電車やバス一本で大学に行けるようなところを辰馬が探してくれた。姫にとっては不便になるかと思いきや許容範囲内らしく「この辺りのスーパーによく行ってたから近くなって嬉しい」と逆に喜んだ。あんなところまで行ってたのか。姫の行動力には度々驚かされる。

「でさ、もう一つ予約しておきたいんだけど」

「なんですか?」

ケーキを口に含む仕草が目に入るとどうしても見つめてしまう。それは、蕩けるように幸せそうな表情をするから。

「美味しい?」

「とっても美味しいです!ここのお店食器もすごく可愛くて、このカフェボウルにスープ入れたいなぁって思ったりしてます」

「食器も新しく揃えていーよ。せっかく二人分必要になるんだし」

「本当ですか?使えそうな物は持っていきますけど…お店探しておきますね」

楽しそうに話しながらカフェオレを飲む時の目を伏せる瞬間が好きだ。一連の様子を目の前で見られることが何よりも贅沢に思える。

「あの、さっき言いかけてた予約って何のことですか?」

「あーちょっと浸ってた。ほらもう6月じゃん」

「?そうですね」

「姫の誕生日。俺にちょーだい。デートしよ」

「いいんですか!?」

鞄から小さなスケジュール帳を出してパラパラめくる。アナログ派なんだな。てかそれも猫柄なのか。好きだなぁ猫。

「あ、平日だけど大丈夫ですか?わたしは4限で終わりですけど」

「めっちゃ頑張ってすぐ帰るわ。二十歳のお祝いに飲み行こうぜ」

「じゃあ、銀時さんがいつも行くお店に行きたいです!居酒屋とか行ってみたかったんだぁ」

「え、そんなんでいいの?お洒落な店とかじゃなくて」

「いつものがいいです」

「はは、了解」

楽しみーと予定を書いていく。姫が書く文字は女の子らしい少し丸い字で、この子らしいなと思う。

「誕生日何か欲しいものとかある?」

「…んー………」

考えながら指先でカフェオレボウルの縁を撫でた。姫ならなんだって喜びそうだけど希望があるかと思って聞いてみた。

「じゃあ当日、お願い聞いてください」

「そんなんでいーの?」

「何してもらおうかな」

「なんか怖えーな」

次の週は姫の母親に挨拶した。と言っても事前に聞いていた通り出張が多くて多忙な人らしく、電話での報告になった。『晋助から聞いてるわ。世間知らずな娘だけどよろしくね』と言われて終わり。多少は反対されたり何か釘を刺されるもんだと思っていたから拍子抜けだ。とりあえずこれでアパートを契約できる。そんなわけで仲介人の辰馬を連れて内覧に来た。候補に入れていたところを数件見て、ここが最後だ。

「いやー金時にウチの一押しを勧める事になるとはのう!ちょうど入ってきた新築で広いバルコニーとキッチンが売りじゃ!勿論ペット可!」

「綺麗で広いですね…!たくさん料理できそう」

「おー最近の人向けって感じだな」

何より日当たりがいい。大きな窓から日が差し込んで明るい。条件はどれもほぼ変わらない。となると後は好みの問題だ。

「…姫、決めた?」

「決めました」

「どれか指差すぞ?せーのっ」

これ、と同時に指差したのはこの部屋の資料。やっぱりか。

「おーそうか二人共ここが気に入ったか!」

「うん!辰馬くんありがとう」

辰馬が管理人と話し合ってくれたおかげで多少引っ越し費用が減り契約も無事に済んだ。

「さーて、忙しくなるぞ!」

「はいっ!」

顔を見合わせて笑う。残りの隣人期間もしっかり楽しまないとな。


title by 花歌
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