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26.ハンバーガーの防腐剤と同じ

「思ったより距離あるなー。銀高までどのくらいかかんの?」

「道空いてても50分くらいかな」

「ほぼ1時間かー、前の学校すぐそこだったからな。通勤怠いだろ?俺は逆に今の方が近いから楽になったけど」

そーなんだよなーと言いながら車を降りる。今日は服部先生と俺の家でサシ飲みをすることになっていて、仕事終わりに服部先生を車に乗せて帰ってきたところだ。帰りがけに寄ったマックの包みとスーパーの袋がガサガサと音を立てる。
エレベーターから降りてふわりと漂う甘い香りに口角が上がる。あの子また何か作ってんな。しかもお菓子。

「うわめっちゃ良い匂いすんだけどコレもしかして例のアップルパイちゃん?部屋どこ?」

「オイちょっとやめろよ今日はサシ飲みだっつったろ。いきなり行くと迷惑だから。ハイ服部先生はこっち」

ガチャリと鍵を開けて俺の部屋に通す。危ない、マジで突っ込んで行きかねない。

「お邪魔しまーす。へー意外と綺麗だな」

「一人暮らしだと服部先生んちみたく掃除してくれる奥さんいないからね」

「…あー、ね」

急にしおらしくなった理由は『奥さん』というキーワードにある。今回服部先生がウチに来たのはプチ家出中だからだ。その話はゆっくり聞くとして、まずはテーブルに酒とツマミを並べた。

「俺さービールとエビチリって神だと思うのよ。ピリ辛の口の中に流し込むのが堪んないよな」

「あーわかる。じゃーカンパーイ」

「お疲れー」

男飲みはビールをわざわざグラスに出したりしないしスーパーで買ってきた惣菜も容器のまま。見た目よりも洗い物を極限に抑えるスタイルだ。俺はとりあえずハンバーガーを齧る。

「かーっ、うめー!」

「…で?今回の夫婦喧嘩の発端は何なわけ?」

「聞いてよ坂田センセー」

「聞いてるよ」

「女房がさ、俺のこと疑ってんのよ。浮気してんじゃないのって。俺が浮気すると思う?ちょっと夜遊びしてるだけでちゃんと家に帰ってるしガキの世話もそれなりにできんのよ?」

「あーまぁこの仕事だし羽伸ばしたい気持ちはわかるわ」

「でしょ?別に朝帰りしたわけじゃないのに酷くね?」

「でも、例えシロでも嫁さんにそう思わせた時点で服部センセが悪いよ」

「えっ坂田センセーそっちサイド行っちゃうのー!?味方だと思ってたのにー!」

「別に離婚だなんだって言ってるわけじゃねーんだろ?まだ誤解も解けるし十分話し合える段階じゃん。意地張ってねーで帰ってやれよ。こうして離れてるとますます浮気してるんじゃねぇかって今頃不安になってると思うぜ」

「……まぁ…言われてみたらそう、か」

「子どもも寂しがってんじゃねぇか?電話してやんな、今夜だけは泊めてやるから」

「…そうするわ。ついでに一服さして」

「お好きなだけどーぞ」

ベランダに出て話し出した服部先生を横目にスマホに目を落とす。姫は何してるかな。俺も電話しよっかなー。あの甘い香りは何だったんだろう。手の中にある久々のハンバーガーは買っておいてなんだが、全然ビールに合わない。姫のポテサラ食べてぇなー。

「………ん?」

外が騒がしい。服部先生が家に電話している声だと思ってさして気に留めていなかったが、それにしちゃあ盛り上がってね?

「ん!?」

ガラッと雑にガラス戸を開けてベランダに出ると服部先生が隔板の向こうに話しかけていた。とっくに電話は終わったらしい。その方向から聞こえてくるのは可愛いあの子の笑い声。

「服部先生面白いですね」

「だろー?で、この話にはまだ続きがあってさ」

「ちょちょちょちょいちょいちょいちょい!!何で姫と仲良く世間話しちゃってんの!?」

「銀時さん。お仕事お疲れさまでした」

「姫ちゃんもガッコーお疲れ。じゃなくてなんで仲良くなってんの君たち」

服部先生を退かして隔板の向こうを覗くと姫がニコニコしてベランダの張りにもたれていた。意外と近くにいてドキリとする。

「タオル取り込むの忘れててベランダ出たら煙草の臭いして、銀時さんかと思って話しかけたら服部先生でした」

「いやー話に聞いてた通り可愛い子だなぁ!料理も旨くて可愛いなんてこんな良い子ゲットした坂田センセに嫉妬しちゃうよ〜」

真面目に照れながら頭をかいているその脳天をどつき倒したい。アンタ今奥さんに仲直りの電話したところだろうが。早速他の女にデレデレしてんじゃねぇよ帰らせるぞ。

「あ、これお二人でどうぞ!こんなところからでごめんなさい」

バタバタとキッチンから取ってきて俺の手に乗ったのはパウンドケーキ。あったかい。これを焼いてたのか。

「まだ熱いかもしれないですけど」

「うまそ。サンキュー」

「じゃあねアップルパイちゃん」

「はい、また」

リビングに戻ると何故か満足そうにテンションを上げる服部先生が次のビール缶の蓋を開けた。

「いや、想像以上だわアップルパイちゃん。かわいーし真面目そうだし俺の話にこにこ楽しそうに聞いてんの。10個下なんてガキだと思ってたけど全然いいわ、アリだわ。性的な目で見れるわアレは」

「おい聞き捨てならねぇ一言入ってんぞ包丁持ってきてやろうか」

「わりーちょっと興奮した」

「刺すよ?マジで」

「でもまぁあれは大事にしたくなるよなぁ」

「だろ。で?仲直りできた?」

「まー明日帰ったら話し合おうってことになったよ」

「良かったじゃん」

「でもさーあの子もうちょっとブスだったらガチで好みだったわ」

「…B専だもんな服部センセー」

危ねー。良かった姫ちゃんめちゃくちゃ可愛くて。

「嫁と子どもの写真見る?持ち歩いてんのよ俺」

「へーどれど………何これどっかの写真館のモデル?それともネットの無料画像印刷して持ってきたの?」

「いや俺の妻子。2年は前かな」

「………B専じゃないの?」

定期入れから出した写真はそりゃあもう綺麗なねーちゃんとまだ歩き始めたくらいの子ども、つーか赤ん坊。完全に母親似だな。服部センセの血どこに入ってんのこれ。

「バリバリのブス専よ?ただ嫁だけはなー……顔抜きにしても性格に惚れて結婚したんだわ、そういえば」

「最高じゃん、浮気すんなよ」

「だーかーらしてねーって」

「まー奥さんも旦那が夜な夜なブスばっかのクラブに通ってたら殺したくもなるよな。それも奥さんっていう存在がいるからこそ楽しめるってもんじゃね?もっと家庭を顧みなさいよ」

「そっすね。有り難いお言葉でした」

「酔っ払いの戯言だろ。こちとら悲しい独身アラサーだよ」

「アップルパイちゃんまだ学生だもんな。卒業待つにしてもあと二年か」

その頃俺はいよいよ中年だ。あらやだ考えたくないわ。

「ん?坂田センセ引っ越すの?」

これ、と見せてきたのは不動産の物件を集めた透明なファイル。この間のたこパで辰馬に頼んだ仕事とというのはこれのことだ。

「そ。まだ探してる段階なんだけどな。色々考えてさ、長い目で見るならこの状況続けるよりも一緒に住んだ方が後々都合良いかと思って」

パラパラとめくる資料は二人用の部屋だ。姫と一緒に住むためのもの。まだ本人には言っていないが、もう少し目星がついたら話を進めようと思っている。

「マジじゃん」

「マジだって言ってんだろ何度も」

「へーそっかー、同棲ね。確かに結婚する前に同棲してお互いの価値観擦り合わせるっつーのも主流になってきたよなぁ。ウチはデキ婚だからそういうのなかったけどさ」

「まぁあとはやっぱすれ違い多いから少しでも一緒にいたいっつーのがデカいな。って言って甘えてばっかだから少しずつ返してぇし」

「…いやほんと意外だわ。意外と誠実で真面目じゃん。若い頃はバリバリ遊んでましたーって感じなのにな」

「やめてそれ。黒歴史だから。パンドラの箱だから」

ええ遊んでましたよ。めちゃくちゃ遊びましたよ。だから悩みながら手探りで、でも自分なりに精一杯大切にしてるんだよ。もっとあの子と一緒にいたいんだよ。

「せいぜい焦って断られないように気をつけな」

「わーってますよ」

その後は酔った勢いで好みの女のタイプについて無駄にディスカッションした。途中から『分かりにくいんだよお前の例えはよー!KJ法だKJ法!ペン貸して!』と謎にキレ始めた服部先生が仕事用のデカい付箋を取り出しお互い意中の女の好きな所を書き殴って貼りまくった。色とりどりの紙が走り書きの汚い言葉にまみれていき、更にその紙によってフローリングも埋め尽くされそうになる勢いだった。気付けばソファと床に雑魚寝。白熱し過ぎて微妙に記憶がない。とにかく嫁自慢と彼女自慢を経て高校教師二人のサシ飲みは幕を閉じた。

「あーなんか頭いてーし寝違えてるしで寝起き最悪だわ。坂田先生コーヒー淹れてー」

「へーへー」

俺の毛玉付きのスウェットを我が物顔で着こなす服部センセは朝の一服をしにベランダに出ていった。

「ねみー。酒とファストフードじゃ疲れ取れねーな」

欠伸を噛み殺しながらコーヒーを淹れてると昨夜姫が手渡してくれたパウンドケーキが目に入る。…朝からケーキもいいな。となればおかずでも作るか。

「おっめっちゃいい匂いすんじゃん。これベランダに落ちてたけどアップルパイちゃんのじゃね?」

戻ってきた服部先生の手には猫が描かれたピンク色のタオル。本当猫好きだな。

「多分そうだわ。今度返すわ。メシできたぞー」

コーヒーと姫のパウンドケーキに目玉焼きとベーコン焼いたやつ。これだけなのにめちゃくちゃ優雅なブラックファストだ。いただきまーすと手を合わせ目玉焼きに醤油を垂らしながらふと想像する。姫は目玉焼きに何かけんのかな。アパートのこと、いつ言おうか。もうすぐ二十歳の誕生日を迎える。その時に聞いてみるか。

「このケーキめっちゃうま!こっちバナナでこっちは…にんじんっぽいな。うわー、こんなん朝から帰るなんて確かに普通の干からびた生活には戻れねぇよな」

「いつも作って貰ってばっかだからたまには返したいんだよな」

「昨日も言ってたけど何返せんの?」

「…そこがなー、」

養うくらしいか考えが至らない。だからもし一緒に住むことになったら家賃はもちろん生活費も俺が出すつもりでいる。そういうのじゃダメなのかな。俺はあの子に何を返してあげられるだろう。

「ま、一度話してみたら?」

「そーだな」

一緒に住もう、そう言ったら姫はどんな顔するかな。

今日は休みだけど学校で作業があって服部先生を近くまで送りがてら午後から休日出勤した。キーボードを叩いていると姫からメール。『銀時さんのところにタオルないですか?』あるある、ありますよ。

『今日何時頃帰って来ますか?』

『帰りの時間分かんないからいつでも取ってっていーよ。リビングのソファんとこに畳んで置いてあるから』

『じゃあそうします!』

律儀でかわいーな本当。合鍵持ってんだから勝手に入っていいのに。あ、パウンドケーキのお礼言うの忘れた。服部先生に全部食べられそうになって死守すんの大変だった。部屋も片付けずに帰りやがってあの野郎…………いやちょっと待てよ。

「やっべ…!!」

KJ法に使った付箋、そのまんまだ!ついでに物件のファイルも確かテーブルの上にあったはず…!帰ったら片付けようと思って放置してきちまった。

『お邪魔しました』

時既に遅し。メールはそれだけだった。見てない、よな?いやソファの上のタオルを取りに行くにはリビングの床に散らばった下衆い単語が散りばめられた紙の上を通らなければならない。絶対見ただろ。あんな大量に落ちてたら何だろうって思うだろ絶対。

『部屋散らかっててごめんな』

言い訳にしかならない一言を添えて送るがその日姫から返事はなかった。




title by suteki
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