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02.ガトーショコラに紅茶を添えて

マンションに着き些か緊張しつつ姫ちゃんの部屋に通してもらい玄関から廊下を進むと、そこには予想通り綺麗に整えられた清潔な部屋があった。同じ間取りとは思えないほど広く見える。
白に統一された家具たちは、北欧風というのだろうか、雑誌で見るようなナチュラルな色合いの寝具やカーペットに囲まれて堅苦しくない程度に存在感を出している。

テレビが置かれている壁には、学生らしく友達と撮った写真や誕生日にもらったであろう色紙のようなボードが貼られていた。写真の中の姫ちゃんは少し初々しく笑っている。無意識に彼氏とのツーショット写真を探してしまったが、見当たらなかった。いや見たくないけど。
…ていうかすごいいい匂いがする。鼻をつく香水じゃなくて女の子〜って感じの。お風呂上がりです〜って感じの。思わず深呼吸しちゃうわ。そんですっごくソワソワするわ。煙草臭く薄汚れた自分がここに腰を下ろしていいのだろうか。

「朝急いで出たので散らかってますけど、その辺で寛いでくださいね」

「いや全然散らかってないけど?俺の部屋見てみ?ジャンプとゴミしかねーよ」

あははと笑って猫が入った段ボールをリビングの真ん中に置く。俺も覗き込むと病院でご飯を食べさせて貰ったからか丸くなって寝ていた。かわいいな。

「明日おうち作るからね、今日は段ボールでごめんね」

細い指先が猫の背中をすっと撫でる。優しく微笑んでいる姿を間近で見て、柄にもなく胸が高鳴る。

「じゃあご飯用意するので待っててください。坂田さん嫌いなものありますか?」

「いやねーよ。テレビ付けていい?」

「どうぞ〜」

すっと立ち上がって当たり前のようにエプロンを付ける姿に耐えられず目を逸らしてリモコンを取った。別に見たい番組はないが適当にバラエティものでボタンを操作する手を止めた。目線はテレビを見ているが、目の前に浮かんでいるのは姫ちゃんのエプロン姿である。フリフリのエプロンではなかったが、破壊力は抜群だった。

「……つーか、」

テレビから目が離せないのには理由がある。
この部屋の間取りに問題があるのだ。

このマンションは1LDKだがカウンターキッチンのため、リビング内にキッチンがある。リビングはキッチンを入れると一人暮らしには充分なくらいのスペースがあるが、姫ちゃんからは俺がどんな動きをしているか丸見えってわけだ。
だから姫ちゃんがどんな風にご飯を用意してくれているのかわからない。せっかくのチャンスだからキッチンに向かっているエプロン姿の彼女を目に焼き付けたいが、不用意に振り返るのも気が引ける。
そんなわけで俺はどーでもいいお笑いを見ながら段ボールの中で眠る猫を撫でたりつついたりしてドギマギしているしかなかった。

「坂田さーん、お待たせしましたー!食べられますか?」

「……やべ、寝てた?俺」

「10分くらいですよ」

気がつくとソファでうたた寝していたらしく、姫ちゃんがくすくす笑いながら起こしてくれた。エプロンはもう付けていなかった。残念。はじめは緊張していたのにだんだんと居心地良くなってつい寝てしまった。

「こっち来てください」

カウンターキッチンのすぐ向かいに置かれているダイニングテーブルに座ると、プレートにご飯とハンバーグと目玉焼きが乗った……なんだっけこれ。めっちゃ旨そう。

「おーうまそー。なんつーんだっけ?これ」

「ロコモコですよ。昨日ハンバーグたくさん作ったので…あまりものですみません」

「いやいやカップ麺が主食の俺としてはご馳走だわ。いただきまーす」

「はいどうぞ」

さっそく口に放り込むと予想通りめっちゃうまい。ロコモコなんてお洒落なモン初めて食べたわ。サラダとハンバーグと米がひとつになってていいなコレ。盛り付けによっちゃお子様ランチみたいだな。

「ん?これは?」

プレートの端っこにようじでできた旗を見つける。プチトマトに刺さったそれを手に取り良く見ると、旗には猫の顔が描かれていた。

「今日は猫ちゃん拾った記念日なので、旗立ててみました!お子様ランチっぽくないですか?」

ニコニコしながら言うので、俺も笑って頷く。

「俺もコレお子様ランチっぽいって思ったわ。姫ちゃん、めっちゃうまいよ」

「ありがとうございます!」

とても嬉しそうに笑うその顔に癒される。
気になってるお隣さんの部屋に上がり込んで向かい合って飯を食う事になるなんて誰が予想したただろうか。

それから飯を食いながらお互いのことを話した。俺が高校教師で毎日やんちゃな生徒たちに現国を教えてると言うと、姫ちゃんは驚いて言った。

「わたし、教員免許とるために大学行ってるんです!」

「え?そーなの?姫ちゃん教師志望なの?」

「その…親の勧めで専攻しているんです。まだ迷っているんですが、先生のお仕事素敵だなあと思います」

「まあ進路悩むよなぁ〜なんか懐かしいわ。聞きたいことあったらいつでも聞いて。お隣さんだし」

「ありがとうございます!まさか現役の先生に会えるなんて驚きましたー」

よくよく聞くと俺が卒業した大学に通っているらしい。すごい偶然だ。知らぬ間に先輩後輩だったのか。
話しながら食事していると、あっという間に時間が過ぎて行った。

「あっ、坂田さんまだ食べられますか?デザートいかがですか?」

「え?デザートまで付いてんの?レストランですかここは」

「えへへー、ちょっと待っててくださいね」

少し自慢気な表情をしてキッチンに向かい、紅茶を淹れている。それを頬杖をつきながら見ている俺。落ち着く。

「どうぞ」

「ガトーショコラじゃん、うまそー」

目の前に置かれたのは粉砂糖で白く薄化粧されたガトーショコラ。生クリームも添えられている。熱い紅茶もいい香りだ。フォークで切って口に入れるとサクリとした食感のあとに濃厚なチョコレートとバターの香りが広がって美味しい。甘いガトーショコラにストレートの紅茶が口の中をさっぱりとさせてくれる。

「コレめっちゃうまいよ!手作りだよな?なんつーか……ちゃんと作ったって感じがする」

「はい。お菓子作りが趣味で、作ってると気持ちもスッキリするんです。でもたまに食べてくれる人は甘いもの好きじゃないから張り合いなくて……坂田さん美味しそうに食べてくれるから嬉しいです」

ちょっと恥ずかしそうに言う彼女。
あー彼氏のために作ってるんじゃないのね。更にその彼氏は甘いもの好きじゃないんだ。こんなうまい物、俺だったら全部食ってやるのに。

「お菓子ってレシピ見ると混ぜて焼いたりするだけなのに、作ってみると少しの工夫や手間で全然味が変わるんです。丁寧に作った分だけ美味しくなるのが嬉しくて。次はどんなの作ろうかな?とかこうしてみようとか、考えるの楽しくて」

本当に楽しそうに笑う彼女に、俺が彼氏になればいくらでも食ってやるとか言ってしまいたくなる。だがそんなこと言ったらもう二度とここへは来られない気がする。あくまで俺はお隣さんなのだから。

その後は片付けを手伝って、ある物で猫の寝床や簡易的なトイレを用意してお開きになった。

「じゃあ坂田さん、明日よろしくお願いします」

「おーごちそうさま。本当美味しかった。なんか困ったらピンポンしてな。寝てるかもしれないけど」

「はい、ありがとうございます。おやすみなさい」

玄関先まで送ってくれた姫ちゃんのドアが閉まる。そして数歩進んだ先の隣のドアに鍵を入れて自分の部屋のドアを開けた。いつも見る男の一人暮らしの光景。夢から現実に帰ってきたようだった。
また明日会える。
喜んでいいのか、これ以上踏み込んでいいのか分からなくなっていた。



title by 子猫恋
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