01.月夜のティラミス
「坂田せんせー ばいばーい」
「おー気ィつけろよー」
はーやれやれ今日もやっと終わったか。
毎日授業と授業準備、ガキどもの悩み聞いて定期的な職員会議。不真面目な俺が教師なんてよく続いてるなぁと感心する。まぁまぁな給料と短調な日々。その中で最近気になっているものがひとつある。
教師になってから住みはじめた一人暮らし用のマンションの隣に、若い女の子が入居してきたのだ。
『はじめまして』
すこし緊張しながら笑顔で挨拶に来た彼女。
親しいわけでもないが勝手に姫ちゃんと呼ばせてもらっている。小柄でいかにも女の子と言った雰囲気の子だった。顔はかなりタイプだったがたぶんまだ学生で年も離れているし肉付きのいい女が好みだったりするので、あら君可愛いねくらいの感情だったのだが。それから顔を合わせるとこんにちはーなんて軽く挨拶するようになった顔見知りのお隣さん程度の関係である。
で、本題はここからだ。
その姫ちゃん、なんと、お菓子作るんだよ!!!!あの顔で!あの雰囲気で!お菓子作りなんかしちゃうんですよ奥さん!
残業で遅くなった帰りに姫ちゃんの部屋の辺りからめちゃくちゃ甘い匂いがすんだよおおおおおおおもうほぼほぼパーフェクト……これでダイナマイトボディだったらもう俺マジで本気だして狙っちゃうとこだったわ。いや現状かなり狙いたいところだけど。
このあまーーーーーーい匂いは週に3回ほどあってその度に俺はインターホンを押して『突撃!隣の晩ご飯!』とか言いながら部屋に入り込んでしまいたくなる。速攻で通報されそうだ。
彼氏にでも作ってるんだろうか。
あの可愛らしさで可愛いふりふりのエプロンつけてお菓子作ってんの?ふりふりかは知らんけど。女子すぎるだろ。可愛すぎるだろ。あああーーーーー姫ちゃんの彼氏になりてー。毎日あまーいお菓子作って欲しいぜ彼氏羨ましすぎんだろコノヤロー。別れろ。お前に姫ちゃんは勿体ねぇ。そして俺のところにおいで姫ちゃんよ。
というわけで最近の俺の楽しみは、姫ちゃんちの甘い匂いをおかずにラーメンをすすること。ひもじすぎるわ。心も体も。
いつものように煙草をふかしながら愛車を駐車場に入れてエントランスに向かうと、姫ちゃんを見つける。おー今日も可愛いね。
「お、姫ちゃんなにどうしたのこんなとこで。鍵無くした?」
「あ、坂田さん……実は」
これ、といって向き直った彼女の腕の中には小さな段ボール。中には子猫。ミー、と鳴くクリーム色の塊と目が合う。捨て猫拾うとか、姫ちゃんらしい。
「おー拾っちゃったの?」
「公園の隅で見つけちゃって…さすがに置いとけなくて。でもこんなに小さい子どうすればいいのかわからなくて…坂田さん猫ちゃんのこと詳しいですか?」
「飼ったことはねぇけど ちょっと待ってな」
ジーンズのケツポケットからスマホを取り出してこの辺の動物病院を検索する。車で20分、まぁまぁか。
「夜間病院になるけどこの動物病院に連れて行こうぜ。どのくらいの時間外にいたのかわかんねぇから一回健康状態見てもらった方がいい」
スマホをしまい代わりに車のキーを取り出す。
おいでと言うと姫ちゃんは笑顔でついてきた。
「ありがとうございます坂田さん!」
おーかわいいかわいい。
おじさんアッシーでも何でもやっちゃうよ。
助手席に姫ちゃんが座ってるなんてこれだけ見りゃ恋人っぽくね?むしろカップルっぽくね?恋人とカップルって意味同じじゃね?俺がアホなこと考えてる横で姫ちゃんは猫にお腹空いてない?寒くない?と話しかけていた。
姫ちゃん僕お腹空いてます寒いですあっためてくださいとか言いたくなってくる。猫羨ましいなコンチクショー。
子猫は4ヵ月になったばかりだろうとのことで、健康状態も良く、ご飯やトイレなどの世話の仕方を教わって帰ることになった。
「坂田さん、ほんとにありがとうございました!明日、必要な物いろいろ買いに行きますね」
「いいえーーっていうかさ、」
ハンドルを握る手に力が入る。
「それ俺も行こうか?ていうか行っていい?」
「え……」
「いやほらホームセンター距離あるしさ〜姫ちゃん車ねーだろ?大きいモン買うならアッシーやるよ明日土曜だしーってこと」
なんて言い訳しちまった。アホか。誰にでもしねぇよこんな腹の足しにもならないようなこと。
「坂田さん、そんなにこの子のこと心配してくれるなんて嬉しいです!お言葉に甘えて、お願いします!」
ぱあああっと笑顔全開に言うもんだから、もうそれでいいや取り敢えず。兎にも角にも明日はデートみたいなもんができるってことだよな?心の中でガッツポーズをかました。
「そうだ、坂田さん、お腹空いてませんか?今日のお礼にうちでお夕飯一緒にいかがですか?作り置きのもので良ければですけど」
「まじでか!行く行く!めっちゃ腹減ってんだわ」
思わぬイベント発生しましたーー!!!!
今日、めちゃくちゃついてるわ、俺。
姫ちゃんの横顔をチラ見するためにわざといつもよりゆっくり運転してることは秘密だ。
title by 子猫恋