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24.5まぶたのうらがわに、チョコレート


「…で?結局悩みは何なんだ?いつまで経っても坂田さんが手出して来ないこと?それともお前に女としての魅力が足りないってこと?」

「………両方」

「俺に答えを求めてどうするんだ」

「だってこんなこと直接聞けないし…」

「だからって他人から彼氏の気持ちが聞けると思ってるなら小学生からやり直せ」

「晴明くんのそういうはっきりしたところに何度も背中押して貰ってます…」

ありがとうと眉を下げて紅茶を飲む女と向かい合う。この手の話ももう慣れた。高杉姫の相談事といえば1に銀時さん、2に銀時さん。3は愛猫の話。そして4つ目にやっと、共通の話題になる。

「ここの紅茶すごく美味しい。晴明くんのコーヒーは?」

「上手い」

「次のお茶会はここにしようかなぁ」

姫が活動しているサークル、なんだっけ。『美味しいスイーツのお店に出会う会』…だったか。月に1度集まる店を探すのは順番らしくそれが回ってくるとよくこうしてカフェ巡りに付き合わされている。俺もケーキ屋のカフェスペースでバイトしているから色んな店のコーヒーを飲んだりできて勉強になる。利害の一致だ。1年の時からのお約束みたいなものでやましいことは何もない。だが最近は2人で向かい合ってティータイムを嗜むことに後ろめたさを感じるようになってきている。それは姫に彼氏ができて…その人と偶然バイト先で会い連絡先を交換するような仲になったからだ。

坂田さん、という男性の名前を聞くようになったのはいつからだったか記憶にないがまぁ友達になって割とすぐだったように思う。姫との出会いは高2の春。家に筆箱を忘れた俺は選択授業でたまたま隣の席に座っていた彼女に声をかけた。とりあえずこの時間は借りたペンで過ごし空き時間に売店に走ろうと思っていると『良かったら今日一日使って』と微笑んだ。早い話が一目惚れってやつだ。それから何かと顔を合わせ同じ大学に進み…今に至る。

「…坂田さん、この間店に来た」

「えっ!?」

大きな瞳を大袈裟にまあるくして驚いた可愛らしい顔に『何だその間抜けな顔』と思ってもない言葉を投げる。

「なんで銀時さんが?初めて聞いた」

「散歩してたら近くに来たって言ってたけど。せっかくだから寄ってもらってケーキセット食べて帰った」

「…うわぁー……そうなんだぁ…」

「今の話のどこがそんなに感動できるのか理解できねぇ」

「なんか嬉しい。どの席だった?」

「アホか」

何故か少し照れながら嬉しそうにはにかむこの女の子の恋が実ったのは昨年の冬。出会ってすぐ彼氏はいるのかと聞くと話したこともない年上の男に長いこと片想いをしているんだと打ち明けてくれたあの日、俺の恋は一瞬で終わりを迎えた。
まぁあの頃はまだ俺にも可能性はあった。姫が恋をしていたのは直接話したこともないような男。いずれ気持ちも薄らいで目の前にいる俺のことを見てくれるようになるんじゃないかと思っていた。年上男だって結婚適齢期だ。そもそも想うだけで何も行動しない姫にその恋が実る確率はほぼゼロに等しかった。いつか告白しようと思っていたのだがその時は来なかったしこれからも永遠に来そうにない。

大学に進学し一人暮らしを始めたと思ったら『さささささ坂田さんが!!!坂田さんが隣に!!!どうしよう!どうしよう!!』と壊れたロボットのようにテンパりながら電話をしてきたのを覚えている。あれは今思い出しても傑作だった。そこからはもう坂田さん祭り。あの高校教師との一進一退を逐一報告されめでたく迎えたゴールイン。少しは落ち着くかと思えば今度は『わたしって子どもっぽいよね…』だの『男性から見る大人の魅力ってどんな感じ?』などと斜め上の方向に悩み始めたこの友達をどう導けばいいのやら。

「ケーキ何食べてた?今度作ってみようかな」

「覚えてねぇよそんなの」

「今頃生徒さんたちは銀時さんの授業聞いてるのかなぁ〜。いいなぁ1時間も見つめていられるなんて」

「通報してやろうか?ここにストーカーがいるって」

「あんなに格好良い人に教えてもらえるなんて…絶対好きになっちゃうよねテスト満点取っちゃうよね」

メニューを手に取りコーヒーのおかわりを注文する。この話まだまだ長くなりそうだ。

「あ、今日はご馳走するから!ずーっと相談聞いてもらったお礼まだしてなかったし」

「いやもうこの話題ありきの姫って感じだから別にいい。慣れてるし。今日は俺が払うよ、ホワイトデー返してなかったから」

「ホワイトデーって…もう5月になるよ。みんなにあげたものだしお返しは期待してないから全然いいけど」

「それも諸々チャラにして。ケーキもう一個食べていいから」

やった!とメニューを開くのがまた単純で思わず笑える。どれにしようかなーと悩む姿をあの男はどう思いながら見ているんだろう。

「そういえば坂田さんからは何もらったんだ?ホワイトデー」

「………あげてない、」

「は?」

俺がバレンタインにもらった友チョコのガトーショコラは学部の友達に大量に配っていたような気がする。友チョコはあげて本命を渡さないとか普通逆じゃないか?

「なんか毎年作っても渡せなかったからそれが当たり前になっちゃって、いざ受け取って貰える状況になったらもう緊張してダメで……。付き合ってくれたただけでもうお腹いっぱいっていうか…、銀時さんイベント事あんまり気にしないしほらお返しとか気を使わせちゃうし!」

「そこまでいくとドン引きするレベルだな」

呆れた。この子の彼氏愛はもう俺の理解の範疇を越えた。チョコを貰った俺と貰えなかった坂田さん。なんたる敗北感。貰えなかった方を心底羨ましいと思う。こんなこと初めてだ。

「…そろそろこうして2人で会うのも辞めるか」

「え?」

「こんなとこ見られて嫉妬されて大喧嘩…なんて嫌だからな」

「嫉妬するかなぁ…」

「多分あの人、結構嫉妬する方だと思う」

「そう?いつも余裕そうに見えるけど…」

気付いてないのか。男同士だからわかる感覚かもしれない。

「次からは坂田さん誘ってみたらどうだ?甘いもの好きならこういうところ付き合ってくれるだろ」

「そんなのデートじゃん」

「デートをしろって言ってるんだよ」

途端に恥ずかしそうにするものだから俺はつくづくなんとも思われていないんだと痛感する。まぁ別に構いはしない。この関係を続けていくことを決めたのは自分自身だ。可哀想でもなんでもない。友情はずっと続いていくものだから。

「確かに晴明くんの好きな子にも悪いよね」

「………まあな」

回り回ってお前が気を使ってるのはお前自身だ…と言っても理解されないだろう。

「じゃあ良さそうなお店見つけたら報告し合おう!連絡して。バイトの時でもいいし」

「了解」

ふたつめのケーキを食べてバイトのことや課題のことを話して和やかにその時間は終わった。こうして2人だけのティータイムは最終回を迎えた。夕飯の買い物して帰る、と言うのでスーパーまで送る途中、講義や課題の話をしていると『晴明くんの好きな人ってどんな感じの子?』と聞かれた。

「付き合ったらすげー面倒くさそう」

「…え、好きなんだよね?」

「想われたら一生幸せだろうなと思う」

素敵な人なんだねと言われたところでスーパーに着いた。

「じゃあまた明日学校でね」

「ああ、姫…さっき言ってた魅力がどうのって話だけど。色々考えるより口に出した方が話早いと思う。お前充分魅力的だから」

「……え?」

ぽかんと口を開けた姫にじゃあなと言って背を向けた。

「今度は姫がいる日に店に呼べよ」

会って話す度にその一途さと純粋さが好きだと思う。けれどそれはあの人の存在があってこその話。彼氏を想っている時の姫が一番可愛くて好きなんだと気付いたから。次に会ったら自慢してやろうか。あの子がバレンタインに作ったガトーショコラの話を。



title by 花洩
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