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24.ミルクとハニーは相性ばつぐん


やばい。
やばいっていう以外の言葉が見つからない。

「…じゃあ……おやすみなさい」

「………オヤスミ」

ベッドに2人で入り目を閉じる。なんでこうなったんだっけ。えーと………。
受け持ちのクラスの夜の親睦会でガチの心霊体験をしてしまったかもしれない俺たち1年Z組の連中は蜘蛛の子を散らすような早さで解散した。車を飛ばしまくって帰ってきた俺は自分の部屋には一歩たりとも入らず手前の姫の部屋に駆け込んだ。会う予定じゃなかったから姫はもう風呂入ってふわふわのパジャマに着替えて寝る準備万端で…、そんなことに気付かない俺は一緒に寝てくれと懇願して部屋に上がり込んだ。

姫について来てもらって自分の部屋からスウェットと歯ブラシだけ持って風呂を借りた。間取りは同じはずなのに何故こんなにやらしい気持ちになるんだってくらい甘い香りが漂うシャンプーとボディソープを使い心なしかいつもよりふわんふわんに仕上がった髪を乾かして同じベッドに入った。のだが。
全然眠れない………!幽霊のドキドキより隣にいるふわふわの女の子のことが気になって気になって全然眠れない!そういえば留守番してた時にこのベッドで1人寝転がったなぁ。やましい気持ちになってしまい途中退場したけど。ああ、なんか悶々としてきた。すぐ隣に横になっている姫の髪から同じ香りがする。

「……銀時さん、寝ました?」

「ね、寝てません」

唐突に話しかけられて思わず変な声が出た。

「明日はお休みだし、夜更かししませんか?もう少し」

「…そうですね」

眠れないのは同じだったようでリビングに戻ってソファに腰かけると姫は鍋に火をつけた。何か作ってくれるらしい。

「なにすんの?」

「ホットミルク作ろうかなって」

「いいね」

マグカップを出して隣で様子を見ているとそれに気づいた姫が微笑んだ。

「テレビ付けていいですよ」

「隣にいちゃダメ?」

「いいですけど、」

「なに?」

「なんかパジャマパーティー思い出しますね」

「…懐かしいなぁ」

想いを通わせた夜に開いたパジャマパーティー。あの時はホットチョコレートだったな。

「眠れないくらい怖かったですか?今日の親睦会」

半分はそうだけどもう半分はお前のせいだ…とは言えないので黙っておこう。

「もーめちゃくちゃ怖かったよ。マジで呪われたかもしんない……車ん中で姫のことずーっと考えてた。早くぎゅってしてーってさ」

「わたしに幽霊を追い払う力はないですよ」

「そーじゃなくて、安心したいんだよ」

子どもみたいな言い分がおかしいのかくすくす笑いながら湯気が立つミルクをカップに注いで蜂蜜の瓶を取り出した。

「さっきさ、姫のおにぎりみんな喜んで食べてたよ。あんないろんな具材準備してくれたんだな。姫が作った飯が褒められんのすげー嬉しかった。ありがとな」

「…はい、」

目線は手元から動かないけれど照れているのがわかった。

「…実はちょっと反省しました。あんな…わかりやすく彼女アピールしたりして。具材も張り切りすぎたかもって…でも銀時さんモテちゃうから出しゃばっちゃいました。心狭いですよね」

「えっ、そんなこと考えたの?普通に嬉しかったけど。アイツらもニコニコしながら食ってたし、ちょっとからかわれたくらいだからそんな気にしないでいいよ」

彼女がいることは初対面で既に知られてるからアピールもなにもないし。むしろ姫の気遣いと飯のうまさを存分に知らしめただけのような気がする。
それにしても彼女アピール、か。なんかいい響きだ。生徒が恋愛対象になることなんてこの先あり得ないと断言できる。でもまぁ姫にしたら不安だよなぁ、奴らと毎日顔を合わせてんだから。確かに先生と生徒ってシチュエーションに憧れてしまう女子がいないこともない。今までに告白されたこともある。まぁでもそう言うのって一過性のものだ。時間が過ぎてもやっぱ好きですとか諦められないとかそういうことは全くなかった。いつの間にか同級生の彼氏ができていたりするもんだ。一途すぎる姫にはわかんない感覚かもしれないが。

「そうかなぁ」とホットミルクの上でハニーディッパーをくるくる回している手を取って、もう一度容器にそれを落とす。

「めちゃくちゃ甘くして」

「はーい」

「牛乳と蜂蜜、1:1でいいよ」

「ドロドロですね」

笑いながら作ってくれたホットミルクを持ってリビングのソファに並んで腰を下ろした。

「あ、前に友達から貰ったキャンドルがあったんですよ」

「へーめっちゃ雰囲気出るなぁ」

キャンドルに火をつけてリビングのライトを暗くするとぼうっとした光が揺れる。

「第2回、パジャマパーティースタート」

「わーい。今日もお疲れさまでした」

カップをカチンと合わせて熱々のホットミルクを飲みながら今日あったことを話した。山田太郎が実は用務主事の長谷川さんの作り話で、でもあそこには絶対なんかいたって。クラスの生徒たちが全然まとまんねーってぼやきも笑って聞いてくれた。楽しそう、いいなぁって何回も言いながら。

「姫は最近どう?2年生忙しい?」

「んー…取った単位数は去年とそんなに変わらないのでまだ忙しくはないですけど…バイトも楽しいし。その…」

「ん?」

「…………ちょっと、気になることがあって」

ぽつりと溢したのはきっとあの着信のことだ。やっと言ってくれた。

「うん。気づいてた。4月になってからめっちゃ着信来てるよな?誰から?」

「…後輩の男の子なんですけど、少し前に知り合ってて…その時はまだ銀時さんと付き合ってなかったから彼氏いないって言って、今はちょっと強引に誘われてる感じで」

「やっぱ男か。そんで今はどんな感じ?」

「銀時さんのことはちゃんと伝えました。でも諦めてなくて、なんていうか……いい子なんですけどプライベートのこととなるとちょっと苦手です」

「なんか面倒くさそうだなーそいつ。彼氏持ちでも諦めないってところに執念を感じるわ。マジでやばそうなら俺が直接言ってやろうか?」

「いえ、多分そのうち飽きると思います。ゲーム感覚なのかなって感じがするから」

「あーなかなか振り向かない子とか人のモンって余計欲しくなる子どもみたいな奴っているじゃん。そういう感じ?」

「んー……そうかも。しんどくなったら頼っていいですか?」

「しんどくなくても頼ってよ。俺結構頼られたいんだけど」

「幽霊系でも守ってくれますか?」

「………ま……、守るに決まってんじゃん。めちゃくちゃこえーけど頑張るわ」

「あはは、今日はかわいい銀時さんが見られてすごくいい日でした」

「俺は散々だったんですけどー……でも、姫とこうしてパジャマパーティーできたからまぁいいわ」

「銀時さん、好きです」

「姫って意外に情熱的だよなぁ」

俺もだよと囁いて髪を撫でた。同じにおいがする身体を寄せ合って親指でふにふにと唇を触る。

「姫がさ、俺の名前呼ぶのすげー好き」

「銀時さんって?」

「銀時って言ってよ」

「…ぎんとき……」

唇を合わせようとした時に時差式で呟かれた「さん」を塞いだ。なんでこの子の唇って甘いんだろうなぁ。ホットミルクのせいだけじゃない気がする。だっていつも、どんな時でも甘くて溶けてしまいそうになる。舌を絡めるとゾクゾクと背筋が痺れる。はぁ、と漏れる声も吐息も全部俺のためだけにあるかのようで自惚れだとわかっているけどこの子の相手は俺以外にないって気になる。
キャンドルの灯りが照らす姫の顔はほんのりと赤くなっていた。可愛い。可愛すぎる。

「そろそろ食べてぇなぁ」

「お腹空いてます?夕飯おにぎりだけでしたもんね」

「……そういう食べたいじゃねぇけど、」

「お茶漬けとかどうですか?」

「…いただきます」

すぐ作りますね〜と起き上がってキッチンに行ってしまった彼女が今まで押し倒されていた場所にがくりと倒れ込む。あー、あのままもうひと押しすればいけたんじゃね?今夜が記念すべき夜になったんじゃね?いや…待て待て落ち着け。そういえばいつまで待てばいいんだ?俺は俺自身をいつまで焦らす気なんだ?ここまで先に進まないとなると俺、姫に不能だと思われてんじゃねぇかな?不安になってきた。ていうか姫は平気なんすか?見れば軽く鼻歌を歌いながらお湯を沸かしている。

「姫ちゃん、あのさ」

「何ですか?」

「あのー……ちょっとお尋ねしたいんですけど」

手を止めて聞いてくれるその目がキラキラと純粋さを滲ませる。うっ、何て言えばいいんだこんなこと。最悪のタイミングで脳裏に兄貴の顔がチラつく。変なこと吹き込めばアイツが黙ってない。いやいずれはするんだけど。とんでもなくエロくてすごいことするんだけどさ。

「銀時さん」

「…はい」

「梅と鮭とたらこ、どれがいいですか?」

「…………鮭で」

「はーい」

こっちの気も知らないで「おにぎりの具材がちょうど余ってて〜」と言いながら冷蔵庫を開けた姫の身体を少し強引に抱き締める。ガタン、と何かが落ちた気がした。

「なぁ俺とキスしてる時どんな気持ち?なに考えてる?」

「…っ、ぎん、ときさ」

「俺さ、そろそろ姫のことちゃんと手に入れたいから……覚悟しといて」

改めて顔を見るとさっきよりも真っ赤になった顔が硬直していた。お、いい反応。

「もっと意識してくれる?俺のこと」

「…ずるい。銀時さんは、いつもずるい。わたしはずっと……」

「何?」

「ずっと…」

言いかけた言葉に重ねて部屋に響いたのは俺のスマホの着信音。誰だよこんな夜中に。しかもめちゃくちゃいい雰囲気の時に!

「…銀時さん電話…」

「無視。今はもう営業時間外。続きは?」

「あの…」

その時鳴ったのは姫のスマホ。ブーとバイブの音がテーブルに振動している。俺のスマホの着信音と相まって煩すぎる。

「……ちょっと休憩な」

2人してスマホを取って電話に出るとデカい声で話し出すのは辰馬だ。ざわざわと賑やかな音がする。居酒屋にでもいるのか。

『金時ぃ!どうじゃ仕事落ち着いたか!?そろそろ集まらんかって話してたとこでのう!明日の夜暇か!?』

「わざわざ電話じゃなくてもいいだろうが。今立て込んでんだよ切るぞ」

『おーヅラの方はOKか!じゃあ明日の夜行くからよろしく頼んますう!』

ブツッと通話が切れた。一体なんだったんだ意味わかんねー。明日の夜って言ってたけど。隣の姫も、じゃあ明日ねと言って通話を切った。

「そっち誰だった?」

「こたちゃんでした。明日の夜みんなで宅飲みしようって。うちで」

「はぁ?うちでって、ここで?」

「たこ焼きしようって…材料とかは持ってきてくれるそうです」

なんか楽しそう、と笑う姫に深い深いため息をついた。アイツら来るのかよ……せっかく休みなのに。

「でも、夜だから昼間はデートできますね!」

「そーだけどさー、なんか…姫の部屋に来るっつーのがなんか嫌だわ」

「お泊まりできるのは銀時さんだけですよ」

「絶対追い出す。どんだけ酔っていようと何がなんでも引きずり出してやるわ」

そんなわけで明日はたこパだし姫との大人の階段登ろう的な話もうやむやになってしまい、お茶漬けを食べてホットミルクを飲んで腹が膨れた俺はめちゃくちゃ心地の良い睡魔に襲われ片付けをしている姫を差し置いて先に就寝してしまった。
朝起きたらもう彼女はベッドにいなくて朝食の支度をしていた。やっちまった。せっかく一緒に夜を明かしたのに全く何もなく、すやすやと寝ただけになってしまった。俺たちの初体験は一体いつになるのやら。



title by Rachel
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