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22.日曜日の午後、ケチャップにうずまく


慌ただしい4月が終わろうとしている。通勤にもまぁ慣れてきて生意気なガキ共も今のところは問題を起こさずに過ごしている。姫は大学とバイトを両立しつつ、すれ違って会えない日は合鍵を使ってこっそりとテーブルに弁当を置いて行く。起こしていいのに…気遣ってんだろうな。

最近ひとつ、気になることがある。春になってから姫のスマホが鳴りまくっているのだ。サイレントモードになってはいるが着信やメッセージ通知がひっきりなしに届いているのを偶然見てしまった。リビングのテーブルに無防備に置かれた姫のスマホを覗いてやろうかと何度も思ったが、さすがにそれはやってはいけないことだ。恋人とはいえ個人のプライバシーは守るべきというのが持論である。

様子は普段と変わらないからイタ電やスパム系なんだろうがそれにしてはあまりにも頻繁というか、着信拒否すればいいだけの話なのにそれをしないのは何故か疑問が残る。拒否できない理由があるとすればそれは電話の向こう側に相手がいるから。イタ電じゃなくてどこかの男からだったら?それも拒否できないような人物……例えばバイトの結野くんとか。まぁアイツはねーか……、姫を困らせるようなことはしないだろう。だったらこのアホみたいに届く通知は一体誰からなんだ。以前イタ電と言われていた手前、あまりしつこく突っ込んで聞くとはぐらかされそうな気がする。付き合ってから知ったが彼女は意外にも頑固な部分がある。

今日は休みだ。平日朝早い分、思う存分寝坊してほぼ昼になった頃にリビングに行くと俺の部屋ではまず有り得ない良い匂いがした。テーブルにラップされたオムライスとスープが置いてある。いつの間に来ていたんだ、気づかなかった。猫型のメモに『バイトに行きます。ゆっくり休んでください』と名前のない小さな字。休みの日くらい俺の飯の心配なんざしなくても大丈夫なのに。

「…つーか、こんな形で合鍵使わせるつもりじゃなかったんだけどな………」

元々は浮気の心配とかないからねって言う意味で渡した物だ。姫から合鍵貰って、信頼されてるって感じて嬉しかったから俺もその気持ちを返そうと思ったのにまさか初めて使われたのが俺の寝坊でそれからは飯を届けるためだとは。使い方間違ってんじゃねーかな。やっぱ姫に甘えすぎるているのかもしれない。

恐らくだが、姫は器用だがもともとそんなに要領が良いわけではないと思う。飯作っててもミトンするの忘れて熱い鉄板を触ろうとして火傷しそうになったり、買い物行っても前日に買った食材をまた買ってたりと唐突に危なっかしい凡ミスをする事がある。その度に肝を冷やすのだが、この状況に対して忙しいとか大変とか言ったことはない。いつも本当に楽しそうにキッチンに立っている。だからこそ知らず知らずのうちに姫がキャパオーバーしてしまわないか心配だったりする。そして例のスマホの件。あまりうるさく言って嫌われたくねーしなぁ。悶々としながら温めたオムライスにケチャップをかけるとまるで俺の気持ちを表したかのようなぐちゃぐちゃした線が綺麗な卵の上に落ちていた。







「………俺はストーカーかよ………」

夕方、自宅に持ち帰った仕事を片付けてなんとなく散歩に出た。煙草をふかしながら普段通らない道を徘徊していたつもりが自然と辿り着いたのは駅前のケーキ屋。姫のバイト先だ。ガラスの向こうの明るく洒落た店内は休日ながらティータイムのピークも過ぎて落ち着いているようだ。入り口近くには何とも煌びやかなケーキが並んでいる。姫の姿はない。さすがにもう上がったか。奥のカフェスペースに目をやると、栗色の毛の若い男が歩いているのが見えた。俺よりほんの少し高い身長。結野くんだ。確かに白いシャツに黒いエプロン着けてる姿はかなりキマってんな。ソイツがふとこっちを見て、目が合った。やべ、バレた。何故か近づいてきてカランとドアを開けた。

「姫の迎えっすか?さっき店出ましたよ」

「あーいや迎えに来たわけじゃねーけど近くまで来たからさ。まだ入ったことねーからどんな店か覗いちまった」

言い訳のようにすらすら言葉を述べて照れ隠しに勢いよく手元の煙を吸い込むと肺がじわっと重く膨らむ。うっ、最近減らしてるから効くなぁ。 

「じゃあ寄ってきません?ちょうど空いてるんで男1人でもそんな気まずくないっすよ。禁煙ですけど良ければ」

「…あー……じゃあ一杯だけ」

煙草を消して店内に入る。このやり取り、カフェってより居酒屋じゃん。男ひとりでカフェなんて初めてだけど大丈夫か?いやその前にここケーキ屋。ケーキ屋なら男でも来るから大丈夫だと謎に自分の行動を正当化させて奥の席に着いた。

「何にします?」

「めっちゃ美味いコーヒー淹れて」

「無茶振りっすね」

「姫がさ、結野くんコーヒー淹れるの上手いって言ってたから」

「俺のこと褒めてたんすか…!?あ、坂田さん甘いもの大丈夫っすか?」

姫の名前を出すとわかりやすく嬉しそうに笑う。なんかコイツ憎めないんだよなぁ、爽やかで。意外と懐っこいし、犬みてぇ。

「甘いもんめっちゃ好き」

「意外っすね」

適当に持ってきますとその場を離れていった結野くんから少し離れた入り口のショーケースに視線を移す。さっきまであそこに姫が立ってたのか。それはそれは可愛いんだろうな。前聞いたときはまだ来るなって言ってたけど、いつになったら働いてる姿を見れるんだろう。俺の知らない姫のことは、全部知りたい。着実に重い彼氏になってきてるぞ、俺。
ブィィンというくぐもった機械音が聞こえてきた方を見ると結野くんがデカいマシンを操作してコーヒーを淹れていた。おーすげぇ。様になるな。これはモテるのもわかる。ふわりと苦味のあるいい香りがこちらまで届く。なんか、雰囲気もいいし落ち着くな。

「お待たせしました。カフェラテです」

ことりと目の前に置かれたのは見たことのない光景だった。

「…何これ。俺の知ってるカフェラテじゃないんだけど」

「ラテアート初めてですか?」

なみなみと注がれた真っ白いミルクの上に繊細な模様が描かれていた。すげー綺麗。飲むの勿体ないぞこれ。飲むけど。

「聞いたことはあるけど初めて見たわ。すげーな結野くん………うわ、美味いわこれ。コーヒーって朝ブラックで飲むくらいだけど全然違うって分かる」

「ありがとうございます。これは基本的なやつで、もっと泡立たせたミルクで3Dのラテアートとか色付けてカラフルなのも作れるんで良かったらまた姫と来てください」

「サンキュー。…あ、あのさ、そういえばあの子のこと何か知らない?なんか最近イタ電とかかかってきてるみたいでさ」

ここのところの不安を口にすると神妙な表情で声を潜めた。

「ああ、それ俺も気になってます。姫に付き纏ってる…とまではいかないけど何かと引っ付いてる奴がいるんですよ。確か、姫のサークルが今年何人か入れないと人数足りないらしくて、そいつのこと断ると存続の危機だから無下にできないって……。まぁ面倒くさそうな奴なら断っていいと思うんすけどね」

「へぇ…思ったより訳ありなんだな。あの子気使えるし優しいもんなー…。悪いけど少し気にしてやってくんね?俺が首突っ込める話じゃなさそうだけど心配だからさ」

「それは勿論。何かあったら連絡していいですか?」

そりゃありがたい、ってことで連絡先を交換した。まさか10も下の男と友達になるとは思わなかった。いやまだライバルの域ではあるが。スマホをすいすい操作する手元は気持ちのいいほど迷いがない。こういうところで若さの差って出るよな。こっちなんてちょっとアップデートされたらもう訳わかんねーもん。目疲れるし。

「いいよなぁ結野くんは。姫と大学でもバイトでも一緒で。俺そこまで付いてったら犯罪者だよ」

ぽろりと本音を言うとスマホから顔を上げ眉がひそめられる。ここへ来て初めて俺に敵意を向けた。何か気に触ることを言ってしまったらしい。

「何言ってんすか?俺は坂田さんが羨ましいですよ。大学もバイトも、『学生とバイト』である姫のことしか見れないじゃないですか。家での自然体な姫のことが一番知りたいんですよ、俺は。どんな風に休みを過ごしているのか、何食ってんのかとか、1人の時何考えてるかとか」

返す言葉もない俺に畳みかけるように低く言葉を紡ぐ。

「ああ、言い忘れてたけど俺、貴方より前から姫のこと好きなんで」

そう言って俺を見下した。結野くんは立ってて俺は座ってんだから当然と言えば当然だが、最早さっきと空気が違った。

「坂田さんなら全部知ってるんじゃないっすか?そういうのって、どんだけ時間かけて同じ場所にいたってわからないんですよ。彼氏以外は」

「……そーだね、そーだわ。うん。つーか自然に言ったけどやっぱ姫のこと好きだったんだな」

「別に隠す必要もないと思って。今は仲良い友達として姫と一緒にいるんで」

「いいなそのさっぱりした性格。なんか話せば話すほど君のこと好きになってくるわ」

「…好きな子の彼氏に好かれるのは複雑っす」

恵まれているのはどちらかなんて比べるもんじゃない。でも俺は馬鹿だから、言葉にしてやっとわかる。自分は誰よりも贅沢な人間だと。

結局カフェラテを2杯飲み、サービスですと持ってきてくれたキャラメルケーキは文句なしに美味かった。でも、同じ店のケーキなのに前に姫と2人で食べたときの方がもっとずっと美味かった。俺の中であの子の存在は、つまりそういうことなんだ。






「あー行きたくねーー行きたくねーよーぉー」

「まぁまぁ、今日行けば明日はデートですよ!」

引きこもりの登校拒否並にぐずる俺を宥める姫の手は優しい。でも顔はめちゃくちゃ笑っている。

「ジャンプしたら明日になってねーかなー、今日すっ飛ばして明日になってくれーー頼むーー神様ーー100円あげるからーー」

「銀時さんおばけ苦手だったんだぁ、かわいい」

「笑い事じゃねーよ姫ちゃん…夜の学校なんてただでさえ不気味なのに何が楽しくて気色悪い怪談話の検証なんかしなくちゃんねーんだよ…あああ寒気がする無理今日休む。お母さん学校に電話してー」

「じゃあ代わりにわたしが銀高行こうかな?うちの子がおせわになってますーって挨拶しなきゃいけないですもんね?」

「………行ってきます」

「頑張って!坂田先生!」

てことで今日は遅くなるから、と言うとじゃあ帰りはきっとお腹空くからととんでもない量のおにぎりを持たされた。野球部の母ちゃんか。
あれから姫の様子は変わりなく顔を合わせる度にニコニコ幸せそうに笑っている。何事もなく片付けばいいんだけどな。とりあえず、まずは目の前のことからひとつずつだ。1年Z組の親睦会、『山田太郎を成仏させる会』、気が重すぎるがやるしかない。





title by 白桃
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