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21.ハニービターな予感

最悪な1日だった。
どうしてこうなったんだ。学校に着くまでは幸せいっぱい気合い十分だったのに何もかもめちゃくちゃだ。ここ逆パワースポットなんじゃねーの?運気だだ下がりになる呪われた場所だったりして。

「さーかたセンセ、お疲れ!Z組どーだったー?」

「…出たな巨悪の権化。てめーのせいで初っ端からメンタルズタボロなんだよ」

「まーまーそう睨むなって!今度酒奢ってやるから!いやマジであんな奴らまとめられんの坂田先生だけだと思うわけよ、俺は絶対無理だもん」

「何でそんなに俺を過大評価するんだよ。俺が人一倍やる気ねーの知ってるだろ。向上心もねーし現状維持できればそれでいーんだよ」

「でもさ、なんだかんだ坂田センセすげー面倒見いいじゃん。やる気ねーのに生徒に慕われてさ。生徒に媚び売ってる俺らとは違う空気があんのよ。自然と生徒が寄ってくるのって才能だと思うぜ。だから上手くいけばすげー良いクラスになると思うんだよねー、Z組」

「はっ、当事者じゃねー奴がよく言うよ」

「それより坂田センセ!聞きたいことあるんだけど!その新しいランチバックに入ってるのってもしかして愛妻弁当?昼休み喫煙所来なかったけどどこで食ってんの?」

「あー屋上だよ屋上。減煙中なんだよ」

「え、煙草止めんの?」

「すぐには止めらんねーけど本数減らしてんの。喫煙所たまにしか行かねーと思うぜ」

「ヘビースモーカーの坂田センセが禁煙…、あそっか、アップルパイちゃんと10個も年離れてりゃあ自分の健康に気遣うようになるか。健康寿命伸ばしたいもんな!」

「だーかーら言い方…まぁそんなとこ、副流煙もあるしな」

「マジで恋は人を変えるんだなぁ」

「俺が一番驚いてるわ。あ、やべ帰らねーと」

「何なんか用事?」

「残業せずに真っ直ぐ家に帰るのが一番の用事」

「この職種で不可能なこと言うねー。じゃあまた明日な」

「お疲れさん」

家までは飛ばしても50分弱。この時間がもどかしくてたまらない。姫にただいまって言ってようやく長い1日が終わる気がする。

「あー疲れた」

車を降りて部屋がある階のエレベーターを降りるとふわりと香るこの良い匂いは俺を待っていると言うメッセージ。その出所に向かっているとガチャリとドアが開いて姫が顔を出した。

「お帰りなさい!」

「おわ、なんでわかったの」

「『これから帰る』って連絡来てから待ちくたびれちゃって…ベランダから銀時さんの車が入ってくるの見てました」

「なーに可愛いことしてんの。でも冷えるから次からは禁止な」

ただいま、と頭に手を乗せて部屋に入る。手を洗ってミルクをもふもふしてようやく深い溜息をついた。終わった。長かった。

「疲れてますね。やっぱり覚えることたくさんありそうだし通勤も長いし…心配です」

「んーその辺は想定内なんだけど……まさかアイツらがいるとはなぁ………」

「ん?」

頭の上にハテナを飛ばしつつキッチンで夕飯の支度をする姫に後ろから抱きついた。

「あーこれこれ。やっぱこれだよなぁ」

「おじいちゃんみたいになってますよ」

ひとつにくくった髪の間から見える頸に顔を寄せる。女の子のふわふわした良い匂い。

「俺さー、急遽担任持つことになっちまってさ、しかもZ組。これから3年間」

「えっ!」

動かしていた手を止めて振り返る。新年度始まってからいきなり担任なんてそりゃ驚くよな。

「だからさ、今日よりも全然帰ってくんの遅せーしテスト期間とかになれば一緒に飯を食うのも難しくなると思う。何より姫の負担になりたくねーの。まだお前も学生だから俺のことばっか優先するわけにもいかなくなる。バイトあるし一限ある日とか無理しなくていいから」

「………そう、ですか…。ちょっと寂しいけどしょうがないですね。……うん、わたし応援します!」

「ん。ありがとな」

それから夕飯を食べながらこれからのことを話した。一緒に食事するのは俺が早く帰れた日、そして姫の次の日の講義に支障がない日だけにする。あとはお互いが休みの日。これは姫の方がバイトもあるからどのくらいの頻度になるかはまだわからないが。俺の分の弁当も無理のない日だけ。因みに食材費は随分前から俺持ちで毎月充分な額を渡していてその中から姫がやりくりしている。はじめは自分のついでだからと拒否されたけどこれは譲らなかった。貴重な学生の時間割いて飯作ってもらってんだから当然だ。つーか将来的に養いてぇし。

「Z組、どうでした?やんちゃな子たちばっかりでした?ボロボロの子とかいませんでした?危ない暴力団に囲まれてピンチの所を助けに行ったりしました?」

「なんで目キラキラさせてんの?ドラマの見過ぎだぞそれ。もー最悪だよ生意気だしうるせーし口答えするし。それにこの間の……」

言いかけてさっきからずっとバイブ音が鳴っているのに気がつく。俺のじゃない。

「姫、電話?出ていいよ」

「あ……えと……イタ電だから大丈夫です」

「イタ電?このご時世に誰がすんのそんなの。俺出て一言言ってやろうか?」

「ううん、大丈夫です!なんでだろう……しつこくて」

「ふーん?着拒した方がいいよそういうの。いつまでもかかってくっから」

「…ですね」

「そーいえば姫ってサークル入ってんの?」

「実はすごーく小っちゃいのに入ってます。月に1回しか活動しないんですけど」

「へー、どんな?」

「笑わない?」

「聞いてみなきゃわかんねー」

「…笑わない?」

「だからわかんねーって」

「………『美味しいスイーツのお店に出会う会』」

「へっ?」

「月に1度集まって隠れ家カフェとか巡るサークル、です。個人でもお店見つけたりして、その年に回ったお店をまとめて本にするんです」

「……っくく、…それ、めっちゃ姫ちゃんぽいね」

「……笑ってる」

「笑ってない。微笑んでるだけ。めちゃくちゃ平和じゃん。微笑ましいわマジで」

「笑ってる!ほら!すっごく笑ってる!」

「だって何その、のほほんとしたサークル!そんなんあったっけ!?超カワイイんですけど!しかも月1って!サークルじゃなくて友達とお茶する会みてーなもんじゃん!よく認可降りたな!」

「だから笑わない?って聞いたのに……」

「いや馬鹿にしてんじゃないんだよ?ただめっちゃかわいーって話をしてるだけであって」

「その『かわいー』には悪意がありますよね」

「ないってーの。機嫌直してくんない?むくれてる顔も可愛いけど」

「……もー」

「はいこっち来て」

「この流れ、またキスして誤魔化そうとしてる」

「俺とのキス嫌いになっちゃった?」

「そういう聞き方ずるい……嫌いになるわけないのに」

「いい子」

弁当ありがとう、美味かったよと言うと嬉しそうに微笑んで唇を寄せてくる。この瞬間が好きだ。何度も角度を変えて愛情を伝えるその向こうで、姫のスマホのバイブはずっと鳴り続けていた。







「あ、坂田センセー」

「げ。おめーらは確か」

「アンタのクラスの沖田でさァ。であっちが土方コノヤローマヨ死ね十四郎」

「余計な名前つけてんじゃねーよ」

「あーハイハイ沖田総一郎くんに土方マヨラくんね。可愛い教え子の名前は覚えてるよ」

「死んだ目でめっちゃ喧嘩売ってますねィ、殺していいですか」

「お前こそ入学早々教師に殺すなんて言うんじゃねーよ。職員会議にかけるぞコラ。つーかお前らも屋上で昼飯?」

「今ザキに購買までパシらせてるんでさァ……お、こりゃ意外。不摂生の塊みてーな面してるのにお手製弁当ですかィ」

「誰が不摂生の塊だしばき倒すぞ」

「もしかして例の彼女?」

「『彼女ですか?』だろーが。そーだよ可愛い彼女が弁当作ってくれてんの」

「どうせそれも付き合いたてのはじめだけですぜ。そのうちコンビニ弁当、カップラーメンへと格下げされていくのを見るの楽しみにしてまさァ」

「されねーから。ウチの子めっちゃ料理うめーから。俺と飯食べるために生まれたかのような子だから」

「もーらい」

いつのまにか近づいてきた沖田が弁当の卵焼きを奪った。反応するも阻止できず。コイツすげぇ良い体幹してんな。

「オイてめーマジでそれはやったらダメなやつだから!先生この弁当のためにクッソつまんねー授業頑張ってんだからな!」

「ん、こりゃあマジで美味ぇや。今度俺の分も頼みまさァ」

「誰が頼むかっつーの」

「オイ総悟先公に喧嘩売るなよ内申下がるだろ」

「冷静に見てんじゃねーよ土方くん、暴走を止めてこそ友達ってもんだろ」

「別に友達ってわけでもねーよ」

「ならつるんでんじゃねーよ」

「友達と言えばあの噂、知ってるか先生」

「どの噂だよ、俺この辺のことわかんねーよ隣町からわざわざ来てやってんだぞ」

「それは今から30年前…1年Z組の教室でいじめを苦に首吊り自殺が起きたんでさァ。その生徒の名前は山田太郎。入学して1人も友達ができずに死んだ山田はこの世を彷徨い夜な夜な自分と友達になってくれる奴を探している……らしいですぜ」

「……何それよくある怪談話じゃん。そんなんどの学校にもあるだろなに今更怖がっちゃってんの。お前ら意外と可愛いとこあんじゃん」

「足ガクガク震わせながら言う台詞じゃねーっすよ先生」

「ちょっと待て、それを俺に言ってどうしたいわけ?お前ら生徒は夕方で帰れるけど俺らは夜まで残ってんだよ!?そんなこと言ったら…そんなこと言ったらちょっとだけ怖ぇーじゃねーか!」

「探してみやせんか?山田太郎。成仏させてやればもう現れねーかもしませんぜ。てことで今度のクラス親睦会、夜の学校でやるってことで決まりでいいですかィ?」

「…………持ち帰らせてください」

どうやら『最悪』は1日では終わらないらしい。




title by Largo
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