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20.だからブラック・コーヒーは大事


ものすごく遠くで電話が鳴った気がした。だが生憎今日は寝室じゃなくてリビングでスマホを充電してるから遠くて出る気にならない。空耳かも知れねーし。無視しているとしばらくしてものすごく遠くでピンポーンとインターフォンが来客を告げた気がした。だが生憎こんな朝っぱらから出てやれるような菩薩精神は持ち合わせていない。薄明るくなってきた部屋で、カーテンから光がほんのりと漏れる。まだ全然早ぇーじゃねーか。誰だピンポン押した奴。覚醒しそうになった頭をもう一度枕に押しつけて毛布を身体巻きつける。あー気持ちいい、

「ぎんときさん」

ものすごく遠くで愛しい彼女が俺を呼んだ気がした。あー姫、今日も可愛いんだろうなぁ。あの子大学でめちゃくちゃモテるんじゃねーかな。新入生が入って悪い虫がついたら嫌だなー、さすがに大学の中に高校教師は入って行けれねーし。既に結野くんっていう敵もいるし。ヒヤヒヤしてんだよ俺は。

「…銀時さん、起きて」

今度はかなり近くで甘い声がした。オイオイ朝からいい夢見ちゃったな。いいことありそうだなこりゃ。未だに敬語なんか使って、さん付けで控えめに呼ぶ声にいちいちときめいている。
そういやまだ俺の部屋に呼んだことねーな。合鍵は渡したが家デートはいつも姫の部屋だ。姫の飯を食べるときやまったりする時はあちらの方が何かと便利なのだ。ミルクもいるし。姫も用もないのにこんな男くせー部屋に入りたくねーだろうな。
ふわ、と頭を撫でられる感覚。あ、ものすごくリアル。細くて女らしい指がふわふわと優しく髪を撫でつける。きっと寝癖直してんだろうなぁ。キスしたい。夢の中でもできるだろうか。目を開けながらゆっくり頭を上げると少し困った顔で俺を見る彼女の姿があった。

「おはようございます」

「おはよー、めちゃくちゃリアルじゃん。俺の寝室に来るってことは襲われに来たってことでいいの?」

「わっ、ちょっと、銀時さん!」

ひょいとベッドに抱き上げて押し倒して唇を塞いだ。ん?やけに生々しくしっとりとした感触。温かな体温もしっかりと伝わってくる。息遣いも、本物もようだ。

「……あれ、もしかして姫ちゃん?」

「………誰と勘違いしてるんですか」

「いや違う違う、夢かと思ったらあんまりにもリアルだからさ……、え?夢?」

「夢じゃないです、寝ぼけてるんですよ」

「え、なに、じゃあマジで俺の寝込み襲いに来たの?で、襲われに来たの?」

「もー!違います!モーニングコールしても出ないから!銀時さん、今日から銀高でしょ!遅刻しますよ!」

「……銀高…………あーーーーー!!!!!」

がばりと勢いよく起き上がり時計を確認する。そうだ、今日から新年度の授業が始まる。そういえば姫が電話しますって言ってたな。うわ、なんで今日に限ってリビングで充電しちまったんだ俺!

「ごめん、寝ぼけてたわ!」

「だからさっきからそう言ってるじゃないですか」

「ごめんごめん、起こしに来てくれてありがとな」

ベッドから身を起こした姫を強く抱きしめて軽くキスをしてからクローゼットを開ける。夜に準備しておいて良かったと思いながらシワのない水色のワイシャツに腕を通すと姫はそそくさと寝室を出て行った。朝っぱらから迷惑かけちまったな。いやでも合鍵渡しといて本当に良かった。入学式を終えて一発目の授業から遅刻なんてこれからの俺の立場がなくなる。
洗面所で一通り身なりを整えてからリビングに行くとふわりとコーヒーの香りが身を包んだ。間取りは同じだから大体何がどこにあるのかわかるんだろう、湯気の立つマグカップをテーブルに置いた。

「うわ、姫ちゃん奥さんみてーだよ」

「銀時さんこそ、だ………旦那さん、みたい」

ネクタイを結びながら近づいて自分が発した言葉に照れている可愛い恋人にキスをするとすぐに顔を逸らされた。おや、全然こっちを見てくれない。さっき寝ぼけて押し倒したこと怒ってんのかな。

「…だめ、ネクタイ結んでるところなんて格好良くて直視できません…!」

「なんだそりゃ。こういうとこ見れるのって彼女の特権なんじゃねーの?ほら最後、ここキュって上げて」

壁際に追い詰めて見下ろすと顔を赤くしながらゆっくりと手を首元に持っていく。結び目を教えてやると慣れない手つきでネクタイの形を整えた。夫婦みてー。いいな、こういうの。

「サンキュー。今日一日ネクタイ見る度に姫のこと思い出すわ」

「恥ずかしいけど…お仕事頑張ってくださいね!あの、いるかわからなかったけど作ってきました。朝ごはんのおにぎりとお弁当…食べなかったらそのまま返してもらっていいので」

指差した先にあるのはカウンターに置かれているのは初めて見るランチバックだ。男向けの落ち着いた藍色でシンプルなデザイン。今まで弁当を作って貰った時はタッパーとか簡単な入れ物で、それが姫が持っている中の比較的シンプルな巾着袋に入れられていたのに。

「…高杉のとかじゃねーよな?わざわざ用意してくれたの?俺の弁当のために?」

「お祝いです。たくさん食べて、新しい学校でも頑張れるように」

「マジかお前、マジか………!」

朝からサプライズ続きだ。これは何がなんでも頑張らなくては。腕の中に姫を閉じ込めてぎゅうぎゅう力込めると「シャツがシワになるから!」って暴れた。じゃあ代わりにって唇にたくさん触れた。

「銀時さん、遅れちゃう…」

「あっそーだそろそろ出ねぇと。姫は今日講義あんの?」

「1年生がまだオリエンテーションなので上級生は明日まで講義は休みです。みんなサークルの勧誘とかに忙しいかな」

「あったねーそういうの。じゃあゆっくりしてな。帰り連絡する」

「待ってますね」

言いながらほどよく冷めたコーヒーを一気飲みして鞄を掴む。中身の確認をして真新しいランチバックを手に取った。

「マジで色々ありがとな!悪いけど鍵よろしく!」

「はい、いってらっしゃい」

バタバタと玄関を出て駐車場に向かいながら一晩放置したスマホを見ると姫からの不在着信があった。出てやらなくて悪かったな、しかも朝飯と昼飯用意してくれるとは。恐ろしいほどによくできた彼女だ。エレベーターに乗り込んでリダイヤルをかける。まだ俺の部屋から出ていないだろう。きっとカップを洗っているはず。

『もしもし銀時さん?忘れ物ですか?』

「姫、おはよう」

『…えっ?……あははっ!おはようございます』

「モーニングコール出れなくてごめんな。行ってきます」

『全然、大丈夫です。行ってらっしゃい』

通話を切る前に好きだよと呟いた声はきっと届いているはず。今頃俺の部屋のキッチンで顔を赤くしながら微笑んでいるに違いない。車に乗り込んでおにぎり片手に新しい職場へと向かった。起き抜けはあれだけ眠かったのに不思議と目が冴えていた。彼女の淹れてくれたブラックコーヒーのお陰だろう。






「……マジですか。いや、ちょっとまだ心の準備ができないっつーかホラ俺赴任してきたばっかなんで荷が重いっつーかそれもZ組ってヤバい奴らしかいないんスよね?ちょっと俺に務まるか自信ないんですけどかなりマジで」

とてつもなくいい朝だったのに職場に着いたら校長と1年の学年主任に呼ばれとんでもないお願いをされている。なんと今年1年Z組を持つはずだった教師がここへ来て御懐妊、同時にとてつもなく重い悪阻のお陰で急遽入院することになってしまいそのまま長期休暇に入らざるを得なくなったと。そこでなぜ俺が呼ばれたかというと空きが出た担任の枠を埋めて欲しいと言われているのだ。つまり1年Z組の担任を持てと言われている。今日から授業始まるっていうのに無茶振りもいいところだ。

「坂田先生、前の学校で評判良かったらしいね。無事に卒業生を全員見送ってるし1年生ならそこまで支障ないよ。こういうのも何だけどZ組は学力よりも個性や将来性を見据えて募集した枠だから変わり者が多くてね、坂田先生なら柔軟に対応してくれそうだって話になって。癖が強い生徒の扱いも上手いって服部先生言ってたし」

「いや〜ボクもまだ勉強中の身でして………」

服部先生ぇぇぇ!!!!何余計なこと言ってくれちゃってんの!?絶対俺のことダシにして逃れようとしてんじゃねーか!ただじゃ済まさねーぞ!!

「因みに特例で担任手当ての他にZ組の担任には校長からポケットマネーが出るんだけど…1年生持つと原則卒業見てもらうことになるけどそれだけ収入も変わるよ?どう?」

「最後は金っスか…………」

金ね、欲しいよそりゃ。最近いろいろ考えるし。あーでも姫との時間減るかな、いや上手くやれば大丈夫か、この空気絶対逃れられないやつだし。

「あー………わかりました。Z組、引き受けます」

というわけで1年目は大人しくしていようと思っていた計画は見事にパァとなり担任を持つことになりました。しかもよりによって問題児が集まるZ組。あー早く帰って癒されたい。姫ちゃん今頃何してっかなー。サークルの勧誘っつってたな、あれあの子サークル入ってたっけ?帰ったら聞いてみるか。
黒表紙を肩に担いで教室の扉をガラリと開けるととんでもない騒音が鳴っていた。入学して数日で早くも意気投合した奴ら、喧嘩をおっ始めてる奴ら、それを止めようとしているまともな奴が少人数………野生児の集まりかここは。義務教育でどういう教育されてきてんだお前たちは。こんなんでよく受験通ったな。個性と将来性?どこにあるんだそんなもん。

「はーい静かにぃー。HR始めるぞー」

「あれ?担任の先生はどうしたんですか?」

「あーちょっと大人の都合で今日から俺が1年Z組の担任になった。坂田銀時だ。科目は現国。お前らくれぐれも問題とか起こすなよマジで。責任取るの俺なんだからな」

クラスを見回してひとまず釘を刺しておく。言葉の節々にやる気のない空気が滲み出てしまっているが許せ。俺だって初めから言われてりゃあちっとは心構えがあったんだ。それがまるで天国から地獄の状況。泣きたいくらいだぜ。

「じゃあまず出席確認も兼ねて自己紹介を………」

「あーーー!あの先生この間ビニールハウスでチューしてたバカップルネ!!!」

「…………は?」

今なんて?ビニールハウスでチュー?

「あ、本当だよく見たらこの間いちご狩りに来てたカップルの男性の方ですよね」

「あら本当!この学校の先生だったのねぇ」

「センセー!あのごっつカワイイ彼女、どうやって落としたんですかァー!?流行りのマッチングアプリですかー!?」

「何!?お妙さんを落とす秘訣!?是非知りたいです先生!今日の授業は1日それでお願いしまグハアァァ!!」

「へェ、教師が堂々と人前でキスなんざなかなかSっ気があるみたいですねィ」

「いやただの変態だろ。ああいう天パって全員変態って聞いたことあるぞ」

「……………オイオイ…………」

よくよく生徒を見ると確かにこの間行ったいちご狩りで同じビニールハウスにいた三人の学生の顔があった。最低最悪だ。教え子にデート現場を見られその上キスしたのをバラされるなんざもう俺の立場はない。終わった………。果てしない絶望感が襲う。こいつらと3年間毎日一緒?ふざけんなよマジで。

「あのー、えーと……神楽さん?人違いじゃないかな?ボクいちご狩りなんて行った覚えないんだけど」

「えー?彼女、センセーのこと『銀時さん』って呼んでたアルよー?センセー、坂田銀時って言うんデショ?」

「……あー…双子の坂田銀八っていうのと間違えたんじゃねーかな、すげー似てるんだよな俺たち」

「でもあの彼女さん、かなり美人で若そうな人だったけどもしかして援交だったりして…だからあんなに必死になって隠してるんじゃない?」

「オイこら勝手な妄想コソコソ言ってんじゃねーよ姫は正真正銘俺の彼女だっつーの!」

あ、やべ。もうダメだ。

「「「へぇ〜〜〜〜?」」」

クラス全員のニヤニヤとした視線が痛すぎる。こんな場面で一体感出してくるんじゃねーよ!くそ、もう威厳も面子もなにもかも丸潰れだ!

「いいかーお前ら!大人の恋愛に首突っ込むと痛い目見るからな!ガキはガキらしく健全な男女交際をするようにー!あと今後一切俺の彼女について散策しないように!以上!ハイ出席番号順に自己紹介して!」

あーーーーーもう大人しくなんて夢のまた夢だ。Z組、予想以上に恐ろしいクラスだ。とんでもないことになっちまった。無意識にネクタイに触れた。姫、俺頑張れないかもしれない。




title by すてき
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