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19.5キャラメルフレーバーの悪戯
『俺は…姫ちゃんが好きだよ』

ずっとずっと好きだった人がそう言ってくれた瞬間、わたしの初恋はシャーベットのように溶けていきました。


いつから、どこを好きになったかなんて明確なことはもう覚えていない。ただキラキラ輝く銀色の髪が綺麗だなって目が追った。お兄ちゃんが楽しそうに笑うその視線の先にはいつもその人がいた。剣道の道場で負けて泣いている年下の子がいたら肩を叩いて慰めていた。道端で困ってるお婆ちゃんに声をかけて道を案内してあげていた。見かける度にその人は優しく笑っていた。ただいつも一人で家に帰るその背中はほんの少し、寂しそうだった。
お兄ちゃんの『親友』になっていた銀時さんの話をせがんではその言葉に彼の人となりを想像した。

『なんでお前はアイツのことをそんなに好きなんだ?』

『かっこよくて、優しいから』

『お前は優しくしてもらったことなんて一度もねーだろ。悪いことは言わねぇから辞めとけ。アイツは全員に優しいわけじゃねぇ…特に女には』

『いいの。付き合いたいなんて思ってないの、ただ見ていることができればそれでいいの』

『…馬鹿だな』

馬鹿でもいい。初恋は実らないって知ってる。こんな年下の子どもっぽいわたしなんて釣り合わないことは言われなくてもわかってる。視界に入らなくていい。ただ、その人の幸せを願いながら過ごせればいい。映画の中の脇役どころかエキストラにさえもならなくていい。ただあなたが笑っていてくれたなら、それがわたしの幸せになる。そうして積み上げられた長い片思いはもうわたしの人生の一部になっていた。

『家庭的な女が好みらしいぜ。姫には言ってなかったがアイツ、高校出るまで施設で過ごしてたんだ。幸せな家庭っつーモンに憧れがあるのかもな』

それを聞いてからは彼のことを考えるとキッチンに立つようになった。坂田さんが望む家庭ってどんな風だろう。どんな味が好みなのかな?甘いものは好き?嫌いな食べ物は?
本当は包丁を使うのも火を扱うのも怖かった。でも少しでも彼が思い描く理想を目指したかった。理想は夢じゃない、温かいご飯とおんなじように作り出すことができるって、わたしが証明したかっただけ。どうかとびきり素敵な人が坂田さんの目の前に現れますように。美味しいねって笑いながら温かいご飯を食べる日々が訪れますように。そう願いながら。次第にお菓子作りが楽しくなってきて、趣味みたいなものになっていた。片付けをした後、キッチンから少しずつ消えていく甘い香りを坂田さんの面影に重ねた。初恋は叶わない。いつか忘れていくものだ。あと少し、もう少しで思い出になる。きっと。そう思いながら高校生活が終わった。

だから、大学生になって一人暮らしを始めた頃にお隣さんに挨拶をしに行って坂田さんが出てきた時は本当に驚いたし、もう何年も姿を見ていなかったその凛々しい姿を見られるなんて思いもしていなかった。消えていくだけだと思っていたその人の姿が上塗りされて、その上ついに彼の瞳がわたしを映したのだ。このマンションを紹介してくれたのはお兄ちゃんだ。セキュリティもしっかりしてて辰馬くんのおうちが大家さんだから一人暮らしも安心だと言っていたけど、あの人の部屋の隣になったことはいい加減に焦れたお兄ちゃんの仕業だとすぐに分かった。さっさと告白でもしてフラれて諦めて欲しかったのか、それとも長い恋の手助けをしたかったのかは知らないけど。

とにかくわたしは坂田さん主演の映画でただの観客だったのがいきなり隣人という脇役へと昇格し、更に捨て猫のミルクとの出会いによってご飯友達へ、そしてなんと今では彼女になんてポジションまでのし上がってしまっている。たった一年でこんなに大きな変化があるなんて人生はわからないものだ。

本音を言うとこの展開に未だについていけてない。だって絶対に叶わないと思っていたことが現実になって目の前にある。坂田さんを銀時さんと呼ぶようになり、彼はわたしのことを姫と優しく呼んでその綺麗な顔を近づけて唇を重ねる。かつて竹刀を握っていた大きな手が頭を撫で、ほどよく引き締まった腕が身体を抱き寄せて、低い声が恥ずかしいほどに何度も愛を囁く。夢でもこんなに甘い夢は見ない。

好きな人が自分のことを好きになってくれるなんてこと、あるんだ、本当に。今はとにかく毎日がドキドキして心臓が忙しくて仕方ない。
ある日夕食の準備をしていると、ピンポーンとインターフォンが鳴った。まだ銀時さんは仕事の時間だ。モニターを確認して玄関を開けた。

「お兄ちゃん、どうしたの?ご飯?」

「忘れ物取りに来た」

「忘れ物?」

以前は仕事帰りにちょくちょく来ては夕飯を食べて帰っていったのに銀時さんと付き合ってからはぱったりと来なくなった。遠慮してるんだろうか。この人にこんな配慮ができたなんて。スーツ姿で我が家のようにリビングに入りベランダのガラス戸をあげた。

「姫、なんか袋くれ」

「これでいい?」

適当に出したスーパーの袋を渡すとそこに黒いサンダルと灰皿を入れた。食後よくこのベランダで煙草を吸っていた。もうここに夕飯を食べに来る気はないんだろうなと確信した。

「坂田さんに気使ってるの?」

「付き合ったなら兄貴は身を引くモンだろ。お前の長年に渡ったその銀時オタクも無駄じゃなかったってわけだ」

「…はじめはそうだったけど今はちゃんと楽しんでご飯作ってるよ」

「俺はもうちょいと甘さ控えめが好みだぜ」

「そんなことわかってるよ」

「泣かされたらいつでも来い」

クク、と笑ってさっさと帰って行ってしまった。あれでもちゃんと祝ってくれているんだろうということは理解している。お兄ちゃんが暮らすマンションは駅から反対方向だ。わざわざこっちまで来て帰るのは遠回りになる。口数は多い方ではないものの優しくて頼りになる兄だ。それから本当にうちに来ることはなくなった。

恋人になってから日々痛感する。銀時さんは大人だ。基本的にはゆるい性格でたまに無邪気に笑ったり悪戯してくるけれど、わたしが大学の話をするときや生徒さんのことを話すときはすごく真面目な表情をする。その瞳に何度ときめいただろう。
こんな子どもっぽいわたしを彼女にしてくれているなんて未だに信じられないしずっと彼のこと思って作ってきた料理を食べて貰えて、「美味い」と言ってもらえる日がくるなんて。同じ食卓を囲むことができる幸せにふとした時に感情が溢れて涙が出そうになる。
付き合ってから知ったのは銀時さんはスキンシップが好きだということ。まさか憧れの人とこんなに素敵な恋愛をするとは思っていなかったからそういうことに全く免疫がない自分が恥ずかしい。あまりに不慣れでそのうち幻滅されたり飽きられたらどうしようと不安になる。あんなに格好いいんだもん、モテないわけがない。経験だってたくさんあるだろう。本当にどうしてわたしなんかを彼女にしてくれているんだろう。気持ちを疑うわけじゃない。与えてくれる優しい体温が好きだって教えてくれる。ただ自分に自信を持てないだけ。

「姫?」

「…あ、銀時さん、」

「どっか行ってきたの?お洒落して」

「友達と映画に行った帰りです。銀時さんは?」

「早く終わったから車置いてコンビニ行ってきた。……どうした?楽しくなかったか?」

「いえ、ちょっと考えごとしてて」

「なんかあったら頼れよな、姫より無駄に人生経験長ぇから」

「……好きです、銀時さん」

「なに?珍しいじゃん外で姫から好きって言ってくれるなんて。嬉しいけど」

「手、繋いでくれますか?」

「言われなくても繋ごうと思ってたんですけど」

指が絡まる。当然だという態度でしっかりと手を繋いでくれた体温でじわじわと心が温かくなっていく。好き。ずっと好きだった。これからもずっと。

「お、それもしかしてポップコーン?しかもキャラメル!?甘い匂いする」

「そうです、映画館で買って食べきれなくて…駅前の映画館、カップにビニール袋つけてくれて溢れるくらいいっぱい入れてくれるんですよ」

ガサリと音を立てて銀時さんがビニール袋に手を入れてポップコーンを掴んで口の中に放り込む。「やっぱポップコーンはキャラメルだよな」と幸せそうに甘さを噛みしめる表情が好き。美味しいものを食べた時にだけに見せる顔があることを知ったのは初めて手料理を振る舞った時だ。
一緒にいるうちに、遠くから見たり話を聞いていただけではわからなかった銀時さんの優しいところや格好いい部分をたくさん知った。恋人に見せる笑顔がどうしようもないくらい甘くとろけるくらい優しいってことも。全部、目の前の人が教えてくれた。

「映画館かー、絶対途中で寝ちまうんだよな。ポップコーンのためだけに映画館行ったらやべーかな」

「わたしたまにやりますよ」

「マジで!?姫って食のことになると意外とチャレンジャーだよな」

「映画館でバイトしてる友達が言ってたけど、意外と多いみたいですよ。ポップコーン目的の人」

「マジでか……よし、今度行ってみるか」

「わたしも行きたいです」

「カップルがデートじゃなくてポップコーンのためだけに映画館行くわけ?大丈夫なのそれ。すげぇ冷たい彼氏って思われそうじゃん」

「わたしたちならポップコーン買いに行くのも立派なデートです」

「…はは、そーだな」

何でもない日々がキラキラと輝くようになったのは銀時さんのお陰だ。遠くから幸せを祈る日々は終わりを告げた。これからは、誰よりも近くであなたと幸せを感じていたい。



title by さよならの惑星
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