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19.ベリーも君も甘すぎる


「銀時さん、今度のお休みなんですけど、行きたいところがあるんです」

「ん?どこ行きたいの?」

ここ、とスマホを見せられて思わず笑う。

「遊園地とか水族館辺りかと思ったら…めっちゃ姫らしいわ」

「嫌いですか?」

「好きだよ、いちご」

「やっぱり。いちご牛乳好きだからそうだと思った」

姫が見せてきたのはいちご狩りのHPだった。少し旬は過ぎているがまだまだ甘いいちごが食べられるだろう。そういや行ったことねーな。

「そんなに遠くねーな。これ予約取れんの?」

「うん、予約取っちゃってもいいですか?」

「いーよ」

「やったー!」

すっごく楽しみです!と嬉しそうにスマホを操作する横顔に唇を当てるとくすぐったそうに身をよじる。

「ミルクー、銀時さんとお出かけだよー!」

「ミルクは行かねーだろ」

予約を終えた姫はミルク(レープ)をわしゃわしゃと撫でくりまわしてる。

「そんなに俺と出かけるのが楽しみ?」

「もちろん!何着て行こうかな」

「初デートじゃねーんだから」

「わたしにとっては毎回初デートみたいなものなんです」

「すげぇ名言出たな」


そしてデートの日。マンションの駐車場で待ち合わせて現れた姫は一言で言うとめちゃくちゃ可愛かった。白い小花柄のシンプルなロングワンピースに大きめのデニムジャケット。アップにした髪にいつもより明るいメイクが良く似合う。ニコニコと俺に駆け寄ってくる後ろに花畑が見えそうだ。

「お待たせしました!」

「待ってねーよ。お、今日はスニーカーだからいつもよりちょっとちっちぇーな」

髪を崩さないように頭を撫でてやると嬉しそうに笑う。

「バレました?」

「こりゃ親子って思われるかもなー」

「もー、さすがにそれはないですよ」

車に乗り込んで出発。車内では右手でハンドルを操作して左手は姫と手を繋ぐのがいつの間にか癖になっていた。

「もうすぐ新年度ですね」

「おー、新しい学校で変な生徒ばっかだったらめんどくせーなぁ」

「銀高って…確かスポーツが強かったような気がするけど。色んなコースがありましたよね?」

「そうらしいな。偏差値もそんな悪くねーんだけどクラスが学力別に分かれてて、上からA、B、C…で最後に問題児が集められるZ組っつーのがあるらしいぜ。できればそこには当たりたくねーな」

「へぇ…喧嘩とか強かったりするのかなぁ。なんだかドラマみたいですね。賑やかで楽しそう」

「視聴者の視点から見りゃあ楽しいけどな、あんな奴ら実際にいたら胃に穴が開くわ。正直今は仕事より姫との時間大事にしてーからそこまで力入れようとは思ってねーんだけど」

教育者にあるまじき発言に姫は笑う。

「でも、わたしはずっと一緒にいられるけど生徒さんは長くて3年しか見れないでしょ?」

「あーなんでこううちの彼女は物わかりがいいのかね、『わたしと仕事どっちが大事なの!?』って台詞一回聞いてみてーんだけど聞く機会なさそうだな」

「わたしと仕事どっちが大事なの?」

「姫に決まってんだろーが」

「ダメです。やり直し」

「…姫も仕事も大事です」

「うふふ、頑張ってください。坂田先生」

「へーい」

車を走らせること1時間。農園が広がる景色は新鮮だ。駐車場に車を停めて受付を済ませてビニールハウスに入る。中は結構暖かい。上着いらねーなこれ。

「銀時さん、こっち!」

はいどうぞと渡されたのは白い液体が入ったカップ。

「なにこれ」

「ここにヘタを入れるんです。で、これは練乳!ここかけ放題なんですよ!」

「おー練乳!いちご狩りに練乳なんかあるんだな」

「いっぱい食べましょ!れっつごー!」

ずらりと並ぶ真っ赤ないちごを目の前にしてテンションが上がった姫はスタスタと先に行ってしまう。可愛い。子どもみたいにはしゃぐその姿を見て本当にあれが自分の彼女なのかと疑いたくなるほどだ。
ぎんときさーん!と名前を呼ばれて奥の方に行くとさっそくいちごを親指と人差し指で摘んだ姫はそれを俺に手渡した。

「すっごく甘そうなの、銀時さんにあげる」

「はは、サンキュー。じゃあ俺も姫の選ぶわ」

周りを見渡して形の良い赤いそれを一粒摘んで手のひらに乗せてやる。

「可愛い……食べるのもったいない」

「ポケットに入れて持って帰れば?帰る頃には服真っ赤になってそうだけど」

「そうしようかな」なんて言うのが本気に聞こえるからこの子は恐ろしい。自惚れているわけではないが、姫は俺のことがめちゃくちゃ好きだ。俺があげたそのいちごだって本当は宝物にして残しておきたいくらいなんだろう。嬉しいとか好きだって気持ちが言葉にしなくても溢れて伝わってくるなんて、姫と付き合って初めて知った感覚だ。隣でいちごの写真を撮った姫は、ぷちっとヘタを取った。

「食べちゃおう。ミルクに取られちゃうから」

「是非そうして。いただきまーす」

練乳を付けて一口。あっま。みずみずしい爽やかな香りが鼻腔をくすぐる。

「美味しい!」

「結構歯応えあるな、美味いわ」

「銀時さん、いちご似合いますね」

「姫もな。あ、練乳ついてる」

どこですか?と鏡を出そうとした姫の顎をあげさせてぺろりと舐めとってやると焦って「ちょ、ちょっと…!」と顔を赤くした。

「姫ちゃんいちごみてー。食べてもいい?」

「だめです!もう、あっち行ってきます!」

「おいおい置いてくなよ」

ハウスの中は小数組の貸切で俺たちの他には高校生らしき若い数人のグループしかいない。死角になってんだからキスくらいいいだろうと思うがどうにも恥ずかしがり屋な姫の機嫌を損ねないためにそれ以上はやめておいた。

「ここのいちご全部食い尽くしてやるアル!」

「ちょっと他のお客さんもいるんだからほどほどにしてよ」

「すみませーん練乳じゃなくてハーゲンダッツ置いてないんですか?」

若者たちの賑やかな声が聞こえる。楽しそうだなオイ。いいねぇ自由で。もうすぐ新年度か。新しい学校では前の学校で築いた信頼関係もなにもない。その学校それぞれのルールや方針がある。またイチからのスタートだ。唯一救いがあるとすれば服部先生が一緒に赴任するくらいか。
職場は家から遠くなるから通勤も今までより時間がかかるだろうし姫も学年が上がるにつれ今みたいに休みのたびに飯を食べたり一緒に出かける回数もそのうち減っていくだろう。仕方のないとこだとわかっているが、一分一秒でも長く隣にいたい。心底惚れてしまっている。

「銀時さん?もうお腹いっぱい?」

「いやまだ全然いけっから。練乳おかわりしてくるわ」

もっとずっと、姫の負担にならないように一緒にいるにはどうしたらいいか。最近ふと思うことがある。だがそれを口にして言っていいのかまだ迷っている。人生の全てはタイミングだ。機を見誤らないように待っているうちに心が変わってしまうのを恐れるのは意志の弱さかもしもの不安があるからか。
ぼーっとしていたお陰でなみなみとカップに入れてしまった練乳にいちごを突っ込んで真っ白になったそれを口に入れる。口の中が痺れるほど甘い。

「あ、銀時さん練乳いっぱい!わたしのなくなっちゃったのでちょっとください」

姫がちょんちょんと俺の練乳にいちごをつけてぱくりと食べた。幸せそうに口を動かすその柔らかな笑顔が好きだ。

「姫、これあげる」

「え?練乳こんなに使わないけど…」

「違う。こっち」

ポケットから出したのは何にもついてないただのシルバーの鍵。姫の部屋のものとほぼ同じ物だ。

「これ……合鍵?」

「姫の合鍵持ってて俺の渡してないなんてフェアじゃねーだろ?いつでも来て。姫だけ特別」

「ありがとうございます、嬉しい……」

カップを地面に置いて両手でそれを握りしめて本当に嬉しそうにする姫に、今はこれで満足しろと自分に言い聞かせる。前髪を分けておでこにキスすると、さっきは顔を赤くして怒ってたのに今度は受け入れてくれた。大切そうにバッグの中にそれをしまうのを見て心が落ち着いた。

「あのカップルこんなところでチューしてるネ。どうせこの後はホテルでしっぽりしけ込むつもりアル」

「ちょっと神楽ちゃん、邪魔しちゃダメだって…!」

「素敵ねぇ、わたしにも高校で素敵な殿方が現れるかしら」

「姉上ェェぇぇぇ!?」

野次馬の声がする。まぁ確かにこんなところで合鍵を渡すなんてどうかしてるのはわかっちゃいる。仕方ねーだろ、今どうしても渡したくなっちまったんだから。

「ふふ、バカップルみたい」

「充分バカップルだよ、俺たち」

それから腹いっぱいになるまでいちごを堪能して帰路に着いた。

「姫も春休み終わりだな。バイトどーすんの?もともと短期だったんだろ?」

「そのつもりだったんですけど楽しくて…オーナーさんもテスト期間とかは融通してくれるそうなので本格的に続けようと思います」

「へー良かったじゃん…てことは結野くんとこれからも一緒に働くのか」

「やだ、銀時さん変な想像してません?」

「してないしてない。俺の可愛い姫ちゃんが結野くんに取られないか心配してんの。どっちかっていうと傷心してんのよ」

「大丈夫ですってば。晴明くん好きな子いるって言ってたし」

だからそれがお前なんだよ。これだから天然は。

「あーもう拗ねちゃうよ?キスしてくんなきゃ許してあげないよ?」

「意味わかんないです」

「理由なんてどーでもいーんだよ。キスして、姫」

もう、と半分呆れ顔で近づいてきてソファの隣に座った姫は、穏やかに笑いながら俺の目を覗き込んだ。

「キスしてください、銀時さん」

「……おねだりはやべーだろ」

お望みどおりに抱きしめて唇を合わせる。呼吸の合間に何度も好きだと囁いてやると幸せそうに目を閉じた。



title by 水星
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