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17.ショートケーキに埋もれる


「姫ちゃーん、コンビニ行くけどなんかいる?」

「わたしも行きたいです!コンビニ!」

じゃあ行くか、と上着を着て部屋を出る。姫が鍵を閉めるのをぼーっと見つつポケットに手を突っ込むとふわふわと指に何かが触れた。

「あ、コレ返すの忘れてた」

猫のマスコットが付いた姫の合鍵だ。この間姫が留守にした時に預かっていた物だった。ハイと鍵を渡そうとするがそれはいつまでも俺の指先でゆらゆら揺れている。

「…できれば持っていて欲しいです。もう使うことないかもしれないけど…ほら、わたしがバイトでいない日、突然ミルクと遊びたくなるかもしれないじゃないですか…」

もじもじと恥ずかしそうに言う。ああ、最初から貸したんじゃなくて俺にくれるつもりで渡してきたのか。大切な物を託される信頼関係の表れだと理解して頬が緩んだ。

「かわいいねぇ」

呟きは姫の耳に届かなかったらしく、え?と聞き返されたが代わりにじゃあもらっとく、と返してそれをポケットに戻した。ふわふわと姫の笑顔みたいに柔らかい感触が手の中にある。それが何故か心を落ち着かせた。

「そういやバイトどう?慣れた?」

「はい、もともと大好きなお店なのでケーキの名前とかは覚えてて…みんな優しいし好きな物に囲まれて楽しいです。あ、カフェスペースもあるので店内でも食べられますよ」

バイト先のケーキ屋のことを考えているのか幸せそうに笑いながら話す姫を見下ろして指を絡ませる。きゅっと握り返してくれる指先を愛おしく思いながらケーキに囲まれる彼女の姿を想像した。

「似合ってんだろうなぁ。今度行ってもいい?」

「ええ、それはちょっと恥ずかしいかも…」

「なんでだよ。俺にはケーキ売ってくれないわけ?店員が客を選ぶんですかぁ」

「ちがくて、その…バイト中はバイトモードになってるから」

「なんだバイトモードって。めっちゃ感じ悪くなったりすんの?ますます見てみたいわ」

「そう言うんじゃないけど…もー、銀時さん意地悪」

「悪ぃ、ついからかっちまった」

この子からかうのめっちゃ楽しいわ。ただ単に働いている姿を見られるのが恥ずかしいだけなんだろうが、俺の言葉に焦る姫が可愛くて気づかない振りをしてしまう。コンビニに着いて店内をうろうろ見ていると、姫の視線がある一点に留まった。透明なケースの中でほかほかと温まっている肉まん。あーうまそうだな。もう3月だがまだ寒い日もあるから売られているんだろう。

「買ってもいいですか?」

「ダメって言ったらどーすんの?」

「買います」

「はは、聞く意味ねー」

俺の目的は煙草。他に買う物がなさそうなのでレジに直行した。そういや姫はなんでコンビニに行きたいって言ったんだろう。袋をぶら下げてコンビニを出ると、入れ替わりで入ろうとした男の顔を見て姫があっと嬉しそうな声を上げる。

「晴明くん!」

「あ、姫」

馴れ馴れしく姫を下の名前で呼んだ男は栗色の毛に切れ長で純粋そうな青い瞳をしていてまだ若くハタチそこそこに見えた。

「銀時さん、同じ大学の結野晴明くんです。バイトも一緒なんですよ」

「あーども坂田です」

「初めまして。もしかして例の彼氏?」

「か、かれし……」

彼氏というキーワードに姫の頬に赤みが広がる。こうやって知り合いに紹介するのは初めてだから照れているんだろう。でもな姫ちゃん、そこはハッキリ言ってくれないと困るだろ。俺が。

「そう彼氏。この子バイト先でどんな感じなの?」

「あー……俺は主にカフェの方に入ってるからそんなにわかんねっすけど、なんか一人でテンパってますね」

「ちょっと晴明くん、銀時さんに変なこと教えないで!」

「この間もカフェの方からオーダーで苺のショート取ってって言ってんのに何故かチーズタルト出してくるし」

「あれはちょっと聞き間違えただけ!やめてってば、もう!」

「ふーん。そりゃまだしばらく店に顔出せねぇな」

あー、コイツ姫のこと好きだな。からかってるつもりでいるが姫を見下ろす視線は優しく細められている。俺に見られていることなんて気付いちゃいないだろう。彼氏が隣にいてもこんな顔できるんだ、相当自分に自信があるのかそれとも自分の気持ちに気付いてもいないのか。なんにせよ若いねぇ。

「じゃあまたお店でね、行きましょ銀時さん」

「おう、またな」

一通りからかわれてヘソを曲げた姫に手を引かれその場を後にした。細い指が俺の人差し指を握っている。

「姫から手繋いでくれたの初めてだな」

「あ、ごめんなさいつい」

「離さないで、そのまま」

指を絡めて恋人繋ぎにする。あの男の前でこの手は俺のものだとはっきり宣言した方が良かっただろうか。柄にもなく心に不安が落ちた。

「そういやコンビニで何買いたかったの?結局肉まんしか買ってねーじゃん」

「銀時さんとコンビニに行きたかっただけです」

当然のようににこりと笑って俺を見上げてくる優しい表情に、心が満ち足りていく。こんなにも簡単に俺の気持ちを上げたり下げたりする姫の存在は時に魔性の女よりタチが悪いんじゃないかと思う。でもそれも悪くない。

「肉まん冷えちゃいましたね」

部屋に戻ってコンビニの袋から肉まんを取り出し手のひらに乗せてまるでハムスターでも可愛がっているかのような手つきでそれをつんつんした姫は、キッチンからマグカップを持ってきて水を少し入れ蓋をするように肉まんをぽんと上に乗せた。そのままレンジに入れてあたためスタート。えっ、何してんのこの子。

「ちょっとちょっとなにそれ肉まん大丈夫なの」

「あれ?知りませんか?こうすると蒸気でふかふかほわほわになるんですよー、前テレビでやってました」

ほら、と取り出された肉まんは確かにふかふかに温まっていた。もうひとつも同じようにして姫は俺をソファに呼んだ。隣に座って、それを齧る。マジでふわふわだ。

「うまー。肉まんも食べ納めだな」

「コンビニの肉まん、たまに食べたくなりますよね」

「姫、店入ってそれしか見てなかったもんな」

「えへへ」

照れくさそうに肉まんを両手に持って食べる仕草が可愛い。料理を作っている時も楽しそうに笑うが、包丁を持つときや調味料を測るときなどにする真剣な表情で目を伏せる彼女の横顔を思い出してそのギャップに胸がじんと熱を持つ。

「本当は帰りに歩きながら食べようと思ったんだけどさ、なんか……手繋いでたくて気づいたら家だったわ」

「わたしも…ずっと繋いでいたかったです」

その言葉だけで顔が緩む。今俺はアホみたいににやにやした顔しているに違いない。大人?年上?そんなん知るか。

「結野くんとえらく仲良そうだったな」

「そう見えました?確かによく話しますけど…、お客さんから人気あるしコーヒー入れるの上手いし」

「……へぇ、」

「でもわたし、コーヒーより紅茶が好き」

銀時さんと飲むのが一番好き、と可愛いことをのたまうその唇を奪いたい。遠回しに俺のもんだって言ってくれるその微笑みを残さず食べて胃袋に押し込んでしまいたい。そんで柔らかく溶けて、全部、俺の体の一部になってしまえばいい。

「…もしかして、嫉妬、してくれたり……しますか?」

「アホみたいにしてる。カッコ悪くてごめんな。大人なのに姫のことになると余裕ないんだわ」

「カッコ悪くなんてないです。嬉しい」

「あれ姫ちゃんちょっと喜んでる?俺は真剣に、」

「大好きです。銀時さん」

「………知ってるよ」

あー、手のひらでコロコロされてんなぁ。おでこにキスしてやると嬉しそうに笑う。

「あ、可愛いおでこが肉まんの油のせいでテカっちまったわ」

「あははっ」

にゃあー、とミルクも足元で笑ったように鳴いた。



数日後、姫に呼ばれて部屋を訪れるとテーブルに白い箱が置かれていた。金色のテープで封がされたその四角い箱からは甘い匂いがする。

「ケーキ?」

「はい、バイト先のです!売れ残りなんですが、まだ食べたことのないのを貰ってきました」

食べましょと笑って熱い紅茶を入れてくれる。姫のバイト先のケーキ屋か。コンビニですれ違ったあの男を思い出す。いや、思い出すな俺。恐らくもう会うことはない。多分。

「お、うまそー」

箱の中には想像以上にたくさんのケーキが詰められていた。色とりどりのそれは見ていてもわくわくするほど美しい。

「ケーキって芸術作品みたいだよなぁ、食うの勿体ねー」

「ほんと、こんな素敵なケーキ、作りたいな……」

ぽつりと溢したその声は聞いたことのない色をしていた。ケーキから視線を移すと何か物思いにふけっている姫の表情があった。……いろんな感情が渦巻いているように見えるのは気のせいだろうか。出会った頃にスイーツ作りが好きだと言っていた笑顔は目の前になかった。

「どうした?」

頬に手を当てるとはっとして俺の顔を見て、逸らす。それが何か隠したように移り、距離を詰めて瞳を覗き込む。

「姫ちゃんなに考えてる?言ってみ?」

「………、わたし…」

細い声で何か言いかけた。その唇が言葉を紡ぐのを待っていると姫の瞳の中の光が揺らいだ。そしてひとつ瞬きをすると、背伸びして身体を引き寄せて俺の頬にそれを軽く押し当てた。彼女にしては大胆な行動に目を見開き驚いているとすぐに離れてキッチンに向かい皿やフォークを手に取っていた。

「プリンもあるんですよ、スプーンも出しますね」

カチャリと食器が音を立てる。ああと返事をするが心はそこになかった。それは姫が初めて俺に見せた拒絶だった。




title by スピリタス
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