13. 紅茶と共に飲み込んで
12月も下旬の週末。
いつものように姫の部屋で昼飯を食べさせてもらい、食後の紅茶を楽しんでいた。
「そういえばさ、紅茶の葉っぱどこで買ってんの?いつも紅茶うまいって思ってたんだよな」
「紅茶の専門店があるんですよ」
え、専門店。そりゃまた本格的な。
ちょうど少なくなってきたから一緒に行きませんかと言われて頷いた。最近寒いから家デートが多かった。自分の部屋のリビングの椅子にかけてあったダウンを掻っさらい車を鍵を持って戻ると姫はバタバタと部屋を駆け回っていた。おうどーしたそんなに急いで。
「銀時さん、10分だけ待って!」
「10分でも30分でも待つけどどーしたの」
「だって…デートだから銀時さんと歩いてて恥ずかしくないようにしたくって」
「なんじゃそら。いつでも可愛いよ姫は。寝起きのパジャマ姿でも連れて歩くよ俺は」
「絶対うそ」
「嘘じゃねーって。ほらあと8分」
「覗かないでね!」
ぴしゃりと言って寝室に引っ込んでいった。
部屋着も、エプロン姿だって見てるのに今更外出の格好にあんなにテンパって支度する意図はわからないが俺のためにあんなに必死こいて準備してるって解釈してもいいんだよな?めっちゃ可愛いじゃんそれ。にゃあー、俺の足に絡んできたミルク(レープ)の首についた鈴がちりんと音を立てた。
待っている間ベランダを借りて一服しようと窓を開けると黒いサンダルと灰皿はもうなかった。高杉、来たのか。そして持って帰ったのだろうか。別に置いてっても良かったのに。元彼のだったら今頃燃やしてるけどな。アホみたいに勘違いして死ぬほど悩んでいたあの日々がもう遠い幻のようだった。
今はもう、勝手知ったる我が家のように姫の部屋で寛いで飯食ってキスをして、指を絡ませて手を繋ぐ。
そういえば、姫と付き合ってから煙草の本数がかなり減った。以前はだいたい食後やデスクワークしている時、運転中によく吸っていた。今は姫が作る食事のデザートや紅茶が一服の代わりになっているしデスクワークも煙草がなくても集中できている。姫を乗せる車が煙臭くなるのが嫌でいつの間にか火をつけなくなった。全ては、満たされているからだ。
食生活が整ったことで心身共に満足感を得、作業効率もあがり煙を欲しがらなくなってきている。それでも長年の習慣はすぐには無くなることはない。だが確実に変化があった。
「わかっちゃいたけどめちゃくちゃ惚れてんなぁ」
口に咥えた煙草を箱に戻して窓を閉めた。
*
「うわすげーいい香り」
「ね、つい深呼吸しちゃう」
紅茶専門店は隠れ家のようにひっそりと佇んでいた。こんなところにあったのか。言われなければ気付かないだろう。アンティーク調の小さな扉を開けると奥はカフェのようなスペースが設けられていた。棚に並ぶのはたくさんの茶葉。
「せっかくだから頂いていきませんか?ちょうどアフタヌーンティーの時間だし」
「そうだな」
マスター、と言っていいのだろうか。髭を生やした中年の男性が茶葉の説明をしてくれる。気になったものの香りを嗅いでみたりする。へえ、並べてみると意外に違うもんだな。
「いつも買うのはダージリンです。葉を摘む時期によって味も香りも全然違うんですって」
横から姫が指差すのを見ると確かに家にあるのと同じパッケージだ。
「あーなるほど。じゃあコレと…ミルクティに合うのって何?」
マスターに聞いてみるとひとつの茶葉を手に取った。
「アッサムのセカンドフラッシュ、夏に摘んだものです。一年のうちで最もコクがあって味わいも深いですよ」
「じゃあそれ」
かしこまりましたと言って包んでくれる。イートインコーナーに座りメニューを見るとケーキや軽食も用意されているようだ。
「わたしストロベリーのダージリンにします」
「うわそれ絶対うまいわ。俺はチャイミルクティーにする。スコーンも頼もうぜ」
「わあ、やった」
しばらくすると熱い湯気を立たせてそれが運ばれてくる。うわ、スパイスが効いた独特の香り。一口飲むとこっくりと甘くじわりと身体が熱くなる。
「うまー……あったまるわ」
「ストロベリーも美味しいです、甘酸っぱい香りが最高〜」
カップを交換して飲んでみる。苺の香りがすげぇ。果肉が浮かんでる。こういう店で飲むフレーバーティーって一番うまいよなぁ。目の前の姫もにこにことカップに口付ける。おっと、自然に間接キスしちまった。バカップルに見られてるかも知れない。辺りを伺うとマスターが棚の整理をしているだけだった。他に客はいない。
「隠れ家みたいでいいな、ここ。静かだし」
「いつもはもう少し混んでいるんですけどちょうどクリスマスだからですかね」
「あークリスマスね……えっ、クリスマス?今日?」
「やっぱり忘れてたんだ、銀時さん」
ふふ、と笑う。いや待て、そうかクリスマス。町の様子やイルミネーションを見てそういう時期だとは思っていたが今日だったか。長く独り身で一緒に過ごすような家族もいない俺には無縁なものだったからつい記憶から消していたが今年は目の前にいるじゃないか、一緒に過ごす子が。そう思うと激しい後悔に見舞われる。
「マジか…、ごめん俺学校の冬休みのことばっか考えたわ」
「偶然でもクリスマスにデートできて嬉しいです。だからちょっとお洒落しちゃった」
ああ、だからあんなに急いで準備してメイクも髪もふわふわに可愛くなってんのか。
「これ、クリスマスデートだったのか。悪い、ほんと。今頃気付いた」
「全然いいんですよ。わたし、憧れてたの。クリスマスに好きな人と過ごすの。叶って良かった」
「姫ちゃん、」
いい子過ぎるだろ、なんだこの子。そして俺のダメさがやべぇ。
「…来年リベンジさせて。めちゃくちゃ思い出に残るクリスマスにするから」
「来年も、一緒にいてくれるってことですか?」
「もちろんそうだけど?来年どころかずっと一緒の予定だけど嫌?」
「…幸せ。楽しみです」
頬を染めて小声で言うけどたぶんこの会話マスターに筒抜けだぞ。なんて言っても俺たちしか客いねーし。
「茶葉買うとき俺も来るから次から呼んで?そんで、またこうやって紅茶飲もう」
「…はい!」
未来の約束ができるって幸せなことだ。
帰りに寄り道してペアの箸とカップを買った。
長いこと姫の家の物を借りてたけどそろそろ自分用のものを用意しないとと思っていた。急ごしらえのクリスマスプレゼントってことで俺が支払った。
「嬉しい、すごくカップルっぽい」
「いやカップルだからね俺たち。あ、あそこ見て。すっげー綺麗」
ちょうどイルミネーションが点灯されていた。まだ薄暗かったが充分綺麗だ。
「綺麗ですね……」
イルミネーションなんて浮ついたものを綺麗だと思ったのはほとんど初めてじゃないかと思う。この子といると全てのものが鮮明に写る。
「銀時さん、きっと来年や再来年のクリスマスもすごく素敵で思い出に残ると思います。でもわたし今年が一番嬉しいです。だって……銀時さんと初めて過ごしたから」
ずっと忘れません、と言った瞳は少しだけ潤んでいた。
「俺もだよ。一生忘れない」
姫の肩を抱き寄せてキラキラと輝く光を目に焼き付けた。
title by 子猫恋