12.夢みるビスケット
「えっ坂田センセ今日弁当じゃん、しかもめっちゃ旨そう。絶対自分で作ってないでしょコレ。絶対この間のアップルパイの子でしょ」
「そーアップルパイの子」
昼休み恒例の裏庭の喫煙所。ベンチで弁当を広げていると服部先生がいつものように絡んできた。俺の膝の上にあるのは姫ちゃん…改め可愛い可愛い彼女の姫が朝持たせてくれた弁当だ。
『自分の多く作りすぎちゃったので…迷惑だったらごめんなさい』
恥ずかしそうにその包みを差し出して逃げるように大学へ向かっていったその背中を思い出して胸がギュンギュンする。めっちゃ可愛い。かわいすぎる。あの子絶対いい嫁になるよ断言するわ。もちろん俺の嫁な。
「ちょっと何、お弁当まで作ってもらってんの?それで付き合ってないなんてあり得ないでしょ普通」
「付き合ったんだよ」
「えっマジ!?」
「あれ服部先生に言ってなかったっけ」
「言ってねーよ!忘れてんじゃねーよ!俺たちの仲だろーが!報告しろよホウレンソウ大切にしてよ!」
横で腕を振って喚き散らすから弁当をさっと避けた。灰が入るだろうが。
「うわ、マジか…坂田センセも遂にかぁ〜、でいくつなのよその子。仕事は?お弁当作るくらいだから一人暮らし長いんじゃねぇの?そうだなー、26・27歳くらい?意外と歳上で30歳とか?」
「あー……ジュウク」
まるっと10歳差ですけど何か?胸張って言うことでもないが。
「……………」
服部先生は『生徒と歳変わんねーじゃねーかこの性犯罪者が』という捨て台詞を残し、煙草を揉み消してさっさと校舎に戻って行った。
「まぁそうだよなぁ、」
普通にこっちサイドで考えたらそうなんだよなぁ。
アラサーのおっさんが19歳に手出してんだもんな、しかも教育者が。引かれて当然だわ。別にいいけどね、どーでも。
食べ終えた弁当を戻そうとすると何か小さな包みが入っているのに気が付いた。それを開けてみると猫の形に象られたクッキーが数枚入っている。包みにはこれまた小さなメモ用紙が貼られ『お仕事頑張ってください』と綺麗な文字。自分の名前を書かないところが彼女らしい。
「多く作りすぎたとか嘘じゃん、絶対」
やべー、ニヤニヤする。
弁当の中身はどれも美味しかった。しかもおまけ付き。恐らく愛猫ミルクのつもりで顔を書いたであろうクッキーの猫の鳴き声が今にも聞こえてきそうだった。甘いそれを味わって食べているうちに午後の予鈴が聞こえてくる。立ち上がって校舎に歩き出しながら、食後の一服のことなんてすっかり忘れてあの子になんて言って弁当箱を返そうか、なんてことを考えていた。
きりーつ、れー。
気の抜けた日直の声で俺のやる気もダダ下がりする午後の授業。
「ハイ今日は予告した通り小テストしまーす。15分で集めるぞー、後ろに回して」
生徒たちが小テストを解いている間ぼけっとその様子を見ているとある一人の生徒が目に留まった。
「オイ神威シャーペン出せ。問題解きなさい」
「センセー聞いていいですかー?なんで今の時期小テスト?もう進路決まってる奴だっているのに」
「そりゃ推薦で決まってる奴もいるけどセンター控えてる奴らも多少はいるんだから小テストくらい付き合えよ。嫌ならたかが15分くらい黙ってなさい」
「じゃあもう帰っていい?」
「お前今まだ進路決まってない他の奴ら全員敵に回したぞ。あーもう好きにしろ」
「ラッキー、じゃあね坂田センセー」
肩にかけただけの学ランを翻し神威は手ブラで教室を出て行った。いない方が授業が円滑に進むから別に良しとする。追い出したわけじゃねーし。ただ開始早々退出したから欠席扱いにするけどな。
この学校は偏差値でいうとそんなに高くない。この辺でいうと中の下。進路はセンター受けて大学に進む生徒の方が少ないくらいだ。奴の言いたいことも分からなくもない。そういえばアイツ、確か大学を前期試験で受かってたな。あんな態度をしているが頭は悪くない。だが進学を選んだとは意外だった。まぁ高校出て早々に働くのも不真面目な俺からすると怠いけどなぁ。
12月。姫と出会った春からあっという間に冬を迎えた。もうすぐ冬休みだ。春になればコイツらともお別れか、なんて考えるがまた4月になればまたすぐに新しく生徒たちが入ってくる。送り出して、迎えて。その繰り返し。自分だけ時間が止まっているみたいだとこの時期特に思う。
姫ももうすぐ大学2年。あの頃俺は毎日何してたんだっけ。勉強とバイトと、ああ、もう思い出せねーな。姫とキャンパスを歩けたらさぞ楽しかっただろうな。
*
「姫、弁当ありがとな」
「いえいえ、あっ、わざわざ洗ってくれたんですか?ありがとうございます」
「作って貰ったんだから綺麗にして返すのは当然だろ。美味かったよ」
「えへへ、前から思ってたんですけど男の人が洗い物してくれるのって、なんかいいですね」
照れくさそうに笑う姫に釣られて俺もへらりと笑う。あったかくて心地良い部屋のソファでミルクをもふもふしながら2人で過ごす時間が何より大切なひとときになっていた。
「弁当に入ってたクッキー、あれミルクだろ」
「気づきました?ちょっと可愛くできたんですよ」
表情がくるくる変わるから見てて本当に飽きない。
にゃあ、とミルクが応えるように鳴いた。ちりん、と首についた赤いリボンの鈴が揺れた。
「あれ、お前こんなんつけてたっけ」
「ネット見てたら可愛くて買っちゃいました。ふわふわで、赤いと……さか、じゃなくて…銀時さんみたいだなって」
「何それ、俺が猫みてーってこと?」
「そう、ミルク見つけたときも銀時さんみたいだなって気になっちゃって…」
そこまで言ってハッとしたように口を噤んだ。ストーカーみたいですねと恥ずかしそうに言って笑う。全然そんなことない。むしろ、
「姫ちゃんてなんでそんなにかわいーの」
手を伸ばして頬に触れるとじわりとあったかい体温が移ってくる。俺が頬に触れるときはキスしてぇって合図なんだけど、そろそろわかってくれてんのかな。頬に手を当てたまま熱っぽく見つめて距離を詰めると姫は目を閉じた。じゃあ、遠慮なく。
「……、」
柔らかくて小さな唇を味わう。角度を変えて何度も触れるだけの優しいキスを繰り返す。それだけで姫はいっぱいいっぱいみたいで必死に俺の服を握る。それがまた可愛くて、本当はぐちゃぐちゃに可愛がってやりたいのを抑える。
この子は本当にこういうことに免疫がないらしく、たかがキスひとつで顔を真っ赤にして初々しい反応をする。なぁこれ、エッチしたらどうなっちゃうの。俺はいつでもしたいんだけど。今もこのままやろうと思えば致せちゃうからね。けど性急に事を進めて姫に嫌われたくない。
だからといっていつエッチさせてくれる?とか聞くわけにもいかない。最近の俺の悩みだ。くっだらねーと思われるかもしれないが、めちゃくちゃ大事だ。
「…さかたさ、」
びくっ、と姫の身体が跳ねた。戸惑うように小さな声が隙間から漏れた。やべ、エッチなこと考えてたら思わず下唇を甘噛みしていた。このままいくとフレンチキスに突入してしまう。
それもいいか、いや待て待て、いやこれチャンスじゃね?いやダメだろそんな急に、いやもう我慢できないんですけど。
姫がゆっくり瞬きした。多分俺が葛藤してて動きを止めたから。
「…ぎんときさん、」
「ん?どーした」
「大丈夫だから…もっと、キスしてください…」
ぎゅう、と俺の服の袖を握って言う。恥じらいながら顔を上げた。潤んだ目が俺を見上げてキスをねだっている。
「うわ、それ…すげぇクる」
思わず舌舐めずりしてその唇に柔く噛みついた。
安心させるように姫の小さな手を上から握って、下唇を舐めてから舌先に力を入れて唇を割ると抵抗せず少しだけ口を開いた。そこに入り込んで逃げようとする舌を捕まえて絡ませるとおもしろいくらいに動揺するのがわかってつい笑ってしまう。
姫の舌を追いかけて吸い、時折内側の肉を沿うように滑らせるうちに途切れ途切れの呼吸の中から苦しそうに声が漏れた。
「ふ、はぁ、」
「はは、息止めなくていいよ。リラックスして、自然にして」
「あたまのなか銀時さんでいっぱいで…むずかしい、です」
頬を桜色に染めて息も絶え絶えに言う姫がいじらしくて俺の心臓が締め付けられる。なんつー表情するんだ。
「可愛い、マジで」
もう一回と呟いて唇を奪った。今度は少し強弱をつけて俺の思うままに。すぐに温かい口の中に突っ込んで舌を絡ませた。開けたままの口の端から唾液が溢れてくるのを唇を押しつけてジュウと音を立てて吸うとまた姫の身体が震えた。喉の奥から苦しそうに息が漏れる。その呼吸さえも飲み込みたい。吐く息も全部。触れるもの全て。
「、はぁ、っ、ぎん、と…、」
「もっと俺でいっぱいになって」
もう少し、もう少しだけ。
そう思うとこの甘い唇を離したくなくて、結局俺は姫がぐったりして動けなくなるまで夢中でキスを繰り返した。
title by 子猫恋